ディアン・インスンとその息子
テキスト提供:守谷幸則さん
むかし、パガット村に、たいへん貧しい親子が住んでいました。
母をディアン・インスンといい、息子をラーデン・プガンテンといいました。
二人以外に身よりがなかったので、どちらもおたがいを、かけがえのない大切な人と思って、くらしておりました。
ある日は山で狩りをし、ある日は森の果実をとって、二人は細々と生きていたのです。
そんな一日、息子のラーデン・プガンテンは、村を出てよその国にいってみたいと、母親に言いました。
母親はたった一人の息子の言葉に驚いて、必死に反対しました。息子がもう二度とこの村に帰って来ないことをおそれたのです。
いく日かがたちました。
二人の家に、見なれないインド商人がやってきました。
「わしは商人です。お母さん、息子さんをわたしにあずけてはくださらんか」
ふいのことで、母親はびっくりしました。
インドの商人は熱心にいいます。
「息子さんには素質があります。何よりも目の中に幸運の星が宿っています。必らず成功するに違いありません。どうか、わたしを信じてまかせてください」
ラーデン・プガンテンは喜んでいくといいました。母親のディアン・インスンは、もう反対することができずに「体に気をつけて、おいき」としか言うことができませんでした。
ラーデン・プガンテンは「大金持になってきっと帰ってくるからね。お母さんを幸せにしてあげるからね」といい残して、インド商人とともに船に乗って旅立ちました。
国から国を、インド商人と二人でまわって歩きながら、ラーデン・プガンテンは、いろんな勉強をしました。いろんな悪いことも覚えました。賭け事をすること、遊ぶこと、またお金が入るとすぐつかってしまいます。ときには、インド商人から、商品を買い入れてこいといわれて、あずかったお金まで、つかってしまうのです。
そんなことが何度もあって、ついにインド商人はラーデン・プガンテンのことを見捨てました。
「わしはお前にだまされた。お前には幸運の星なんかありゃしない。お前は他人を不幸にする疫病神だ」
インド商人と別れて、はじめてラーデン・プガンテンは自分がいいかげんな、なまけ者であったことに気がつきました。乞食までしながら、ラーデン・プガンテンは、けんめいに働きはじめたのです。
運もあったのでしょう。やがてラーデン・プガンテンはインドで誰も知らぬ もののない、大金持になりました。
インドの王様は、この青年富豪の財産を認めて、自分の娘をラーデン・プガンテンに与えました。王女を嫁に貰ったラーデン・プガンテンの得意たるや絶頂でした。
嫁さんまで貰ってみると、ラーデン・プガンテンは母親をひきとらなければならないことに気がつきました。
特別にあつらえた豪華船に妻と二人で乗りこんで、故郷へ帰ることにしました。
美しい王女を妻にしたインドの大金持、ラーデン・プガンテンの噂は村中にきこえました。
ディアン・インスンも船つき場へ走って、かわいい息子ラーデン・プガンテンをむかえました。なんと、あのラーデン・プガンテンは、リッパになったことでしょう。
その嫁さんの王女も、なんと美しいことでしょう。
ディアン・インスンは、うれし涙をこぼしながらラーデン・プガンテンに声をかけました。
「わたしだよ。お母さんだよ、かわいい息子や」
ラーデン・プガンテンはなつかしい母の姿を見、なつかしい母の声をききました。
でも、あまりにつぎだらけで、貧相な格好をした老婆を母と呼ぶことはためらわれたのです。
美しい妻に対する、みえもありました。それで従者に命じて、自分の母親を追い払ってしまったのです。
母親の胸は悲しみではちきれそうでした。
泣きながら、ディアン・インスンは神に祈ったのです。
神よ!あの小利口ものを
神よ!あの薄情な見えっぱりを
血のつながらぬ人たちさえ
クスマの子だというだけで
大切にしてくれるのに
神よ!わが子に戒めを
薄情で見えっぱりな親不孝もの
ラーデン・プガンテンに戒めを!−−−−うたい終るや、天はまッ暗になり、風はうず巻き、稲妻が光り、雷鳴とどろき、一寸先も見えぬ ほどの大豪雨がやってきたのです。
ラーデン・プガンテンの豪華な船は、荒れ狂う波間でほんろうされ、ついにラーデン・プガンテンとその美しい妻をのせたまま、まっ二つに裂けました。
そして、その瞬間、ラーデン・プガンテンも、その妻も、多くの乗組員も、みんな石像になってしまいました。
−−−−神よ!わが子に戒めを!
薄情で見えっぱりな親不孝もの
ラーデン・プガンテンに戒めを!−−−−