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ヤシの木ニャイ・ウダン王女伝説

テキスト提供:守谷幸則さん

 

天女と見まがうような、美しい姫がいる。

クパン島クパン国の大臣スンパンと、その妃ニャイ・ヌニャンの娘ニャイ・ウダンの噂は、遠くの国々まで鳴りひびいておりました。「誰が嫁に欲しいといっても、うんと言わぬ そうな」噂は噂をよんで、多くの若い男たちの心をかきたてます。

そんなある日、ニャイ・ウダン姫の両親は、ひそかにカランカン国の王ムラン・チュチュの息子とニャイ・ウダン姫の婚約をとりかわしたのです。

数日遅れて、ニャイ・ウダン姫の噂が、海賊王サワンの耳に届きました。

「天女のように美しい姫なら、余の妃にふさわしかろう。また余の妃となれるなら、天女も幸せであろう。ものども、陣ぶれをいたせ。軍船をそろえよ!軍鼓を叩け!
今より余の妃をむかえに参るぞ」

海賊王サワンは、一大海軍をひきいて、クパン国へと出帆しました。めざすはまだ見ぬ いとしいニャイ・ウダン姫。サワン王の心は潮風になぶられて、若々しく躍っておりました。

南海にあまねく知られたサワン王とその海軍が、クパン島の港に入ったとき、クパン国の人びとは、その威容にふるえあがりました。

「さあ、余の使いのものよ、余の心を伝えにいけ!余の心のままに、天女をつれてまいれよ」

サワン王の命令どおり、使者はまず姫の母親ニャイ・ヌニャン妃の館にいきました。

「海賊王、南海の大王、最強の大王サワン様の親書を持ってまいりました。栄誉なことでありましょう。王は、そのほうの娘ニャイ・ウダン姫を妃としてむかえると申しておるのです。ご内意を示されよ。王のお怒りで、クパン国を灰とする前に、ご承知なさるが得でござろう」

青ざめてニャイ・ヌニャン妃は答礼しました。「大そううれしゅうございますが、当家の作法として失礼ながら王自らニャイ・ウダン姫を訪れ、婚儀をおととのえ下さいませ」

使者はただちにニャイ・ウダン姫の館へ出むきました。使者が館の門を叩いているとき、ニャイ・ウダン姫は、クパン国の平和と幸福について考えていたのです。召し使いがサワン王の使者を案内してきたときも、姫はクパン国の民衆のことを思いやっておりました。

「ニャイ・ウダン姫に、お初にお目通りいたします。私は、海賊王、南海の大王、最強の大王そして姫をこよなく愛する青年王サワン様より、姫のご内意をうかがってくるよう申しつけられたものでございます。美しい姫よ、クパン国の永遠の幸せを考えられて、私めにご内示下さいませ」

「使者どの。姫は光栄に思います。もし王が、この国のしきたりを守って下さるなら、もっとうれしいことでしょう。お伝え下さい。王に姫がまっている、と。ただ一人でステキな王が姫のもとへまいられるのを、せつない思いで待ちつづけます、と」

サワン王は使者より姫の伝言をきいて胸を高ならせました。

「みなのもの、余はただちに姫の屋敷へまいるぞ。兵をそろえよ。威儀をただせ。余が余の妃をつれてまいるまで、軍をそろえてここに待っていよ」

海賊王サワンは単身こしにのりこみ、一路姫の館へむかいました。

思わず喜悦の表情が王の顔に現われます。「余は誰も得られなかった天女を得た。誰もが妃へと欲しがった天女をついに余が、余の力で、余の海軍力で、ものにしたのだ」と王は心中、得意げに叫びつづけました。

姫の館へとむかう道中、耳がろうせんばかりの歓呼が王を包みました。クパン国の人びとが王と姫との婚儀を祝う、喜びの騒ぎなのです。その民衆の騒々しい祝福に、やがて王はしごく気分がよくなってきました。「余は幸福であるぞ。者どもも幸福であろう。安心せよ、お前たちの安全と平和は余が一生つうじて守ってやる」サワン王は歓声に酔いながら、民衆の中をわけて、姫の館へといったのです。

 

ニャイ・ウダン姫は王がこしからおりて、門の中へ入ってくるのを待っていました。

王はにこやかに待っていた姫を見つけるとつい喜びのあまり、注意もせずに門の中へ足を踏み入れたのです。

美しい姫にたどりつこうとしたとき、はじめて王は自分をおそった忌わしい呪いに気づきました。体から魂を吸いとるというニィルーの木が仕掛けられていたのです。

全身から力が抜けていきます。あと一歩で美しい天女が自分のものになるというのに、王は自分がおかした、ほんの小さな油断をうらみました。

「余…………は、海賊王、南海の大王、最強の海軍王………………サワンなるぞ………………」

サワン王のいい終らぬうちに、ニャイ・ウダン姫は手づからロンジョ槍で王の胸板を突き通 しました。

悲鳴すらあげられず、あわれ海賊王サワンは、恋しい天女の手によって、突き殺されてしまったのです。

絶命したサワン王から槍をぬきとると、姫は高々と宣告しました。

「いざ、姫とともに戦うものよ。いまだ!海賊王の軍へかかれ、兵たりともかえさずに、打ち破れ!」

一せいにニャイ・ウダン姫を信ずる兵士たちが海賊王の軍におそいかかりました。この急撃をサワン王のいない軍がなんで持ちこたえられましょう。血を血で洗う、すさまじい闘いがくりひろげられました。まず上陸軍が敗走し、つづいてサワン海軍が全滅しました。

生き残ったものは、クパン国の捕りょとなるか、かろうじて自国へと帰っていきました。

 

ニャイ・ウダン姫の天女の伝説のほかに、伝説がひとつ、つけくわわりました。それは天女のように美しく、鬼のように惨酷な姫だという噂となって隣国へ伝わっていきました。ところが、天女のように美しく、戦の女神のように勇ましいという噂に、いつのまにか変ってしまったのです。それで近国、遠国を問わず、多くの王、王子が姫をもとめて、いっそうやってくるようになりました。そして、姫をもとめた王や王子は、きまってサワン王のように、あえない最期をとげたのです。

「われらが王の仇を討て!」「わが国をあげて、あの鬼姫を殺し、王の霊を安んじよ!」

全ての国々が連合し、クパン島へ押しよせました。それは海が軍船で黒くうまるほどの大軍勢でした。

さすがのニャイ・ウダン姫も、この報をきいておどろきました。こんどはクパン国軍だけをもってしては防ぎきれません。ついに姫は姫のロンジョ槍をそえて、使者に密書をたくしました。同盟国のカハヤン王国の首都トゥンバン・パジャゲイにいる四人の大臣に救援を依頼したのです。

ランバン、リンカイ、タンブン、ブガイの四大臣はただちに大軍をおこして、救援に向かいました。カハヤン王国がクパン国を援助に踏みきったという報せは、カハヤン川一帯に、あっというまに拡がりました。カハヤン川流域の二十五の部落も、この噂をきいて、クパン国を応援しようと決議しました。二十五ケ所の部族長と部族あわせて五千余の大兵力です。国を発つと夜についで、クパン島へ直行しました。

ニャイ・ウダン姫は大へん喜びました。こんなに心強い味方はありません。

カハヤン王国からは大将軍ルンダもやってきました。

ただちに軍議が開かれました。

「島を出て敵軍を迎え討つより、島全体を鉄木(てつぼく)で囲み、ろう城するのが得策でありましょう」

ルンダ将軍の意見にニャイ・ウダン姫も賛成しました。

クパン国全体を鉄木で囲め!

ルンダ将軍の指揮で鉄木の群生するカプアスル川の上流のマンクトポ・トゥンバン・ムルニ川から不眠不休で鉄木を切り出し、島全体をそれで囲ってしまうのです。七日七晩の労働のあとは、大軍のための兵糧を用意し、ニャイ・ウダンの館は勝利の館としてコタ・ソハ・フトカラン・ファト・ドホン・ホトサンというもので飾りたてました。

戦の準備がすすみました。ニャイ・ウダンの女神の館の前でときの声をあげて敵軍の来襲を、いまやおそしと待つだけです。さあ、敵よ、来い!

海を黒くうずめて一万もの大軍が押しよせてきました。その意気は天をつき、憎悪は空を暗くするほどです。

ランバン大臣は思わず目をつぶり、この戦いのゆく末を占いました。思いきって目をあけて空を眺めると、空には大鷲が一羽ゆう然と飛びまわっています。

「吉兆だ!この勝利、疑いなし!」

味方の意気も大いにあがりました。「この勝利、まちがいなし」

 

敵軍は鉄木をきりやぶり、一斉に上陸してきました。それは血なまぐさい戦いでした。双方とも一歩も引かず、斬り合い、殺し合うのです。

やがて、日が落ちるころ、敵兵は一兵また一兵と倒れ、クパン国側の勝利が確定しました。

敵軍はついに全滅しました。逃げる者とてなく、生きのびた者は捕りょとなってしまったのです。

軍功第一に、戦勝の占いをしたランバン大臣が選ばれました。戦功を祝し、盛大な式典がとりおこなわれます。

ランバン大臣は面目も新たに、国へ帰っていきました。カハラン流域の二十五部族もほうびを与えられて戻りました。

全てが平和な昔にもどったころ、ニャイ・ウダン姫とカランカンのムラン・チュチュの息子サガランとの結婚式がとりおこなわれました。四十日四十晩にわたる国をあげての大祝典でありました。

ニャイ・ウダン姫と夫君のサガランは、明るい政治をおこない、国はいっそう栄えたよいうことです。

 


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