<カリマンタンの民話> 前のお話

ヤシの木巨人と兄妹

テキスト提供:小澤俊夫さん

 


 昔むかし、兄と妹がひどく人里離れたところに仲良く住んでいた。ふたりの両親は、ふたつの村の争いにまきこまれて、もうずいぶん前にこの世を去っていたということだ。ふたりのうちの年上のほうはりっぱな若者で、下のほうは十四歳くらいになる少女だった。ときどきこんなうわさを言うひともあった。ふたりは本当の兄と妹ではなくて、ただのいとこに過ぎないと。けれども、ふたりの若さと、ある悲しみをいっしょに経験したために、ひとが兄と妹だと思うほど仲が良かった。

 ふたりの家はとてもへんぴなところにあり、毎朝食べ物をたっぷり持って、きちんと田んぼへ働きに行った。そこまではとても遠かったので、ふたりはいつも足が棒のようになるのだった。最初に開墾した畑といわれるその田んぼは、密林のまんなかのあき地にあった。見渡す限りうっそうと葉のおい茂った木々ばかりで恐ろしい感じがした。

その密林はある悪い魔物のもので、ひとの生き血を吸うことに喜びを感じる巨人がひとり住んでいた。兄と妹の田んぼのはずれには低いやぶが広がり、そこにはよく鳥の群れが降りて来た。そしてそのやぶからそう遠くないところに巨大な密林があった。

 ある日、ふたりはいつものように田んぼへ働きにいった。稲はほとんど実り、仕事は日に日につらくなっていった。兄と妹はたえまなく見張り小屋から大声ですずめをおどし、鳥追いにかけた網を引いたけれど、たくさんのすずめがきてはふたりの作った米を食べてしまった。

けれども突然、どこからともなく美しい羽根をした鳥が一羽降りてきた。体じゅうが美しくきらめき、朝日にさんぜんと輝いていた。少女はちょうどその鳥がとまるところを偶然見て、喜びのあまり叫んだ。「カーク!(注)この鳥がほしいの。ほんとにきれいじゃない? ねえ、気ばらしに捕まえてよ」。

兄もその小さな鳥の美しさが気に入った。彼は見張り場からにこにこして降りてきて、妹に、よく気をつけているように言った。その鳥はおとなしそうにしていたが、兄が手を伸ばすたびに、ほかの枝へすばやく飛んで逃げた。じつはその鳥は、兄を森におびきよせ、道に迷わせるために巨人がそこへやったのだった。兄はひきょうな策略に気づかず、まんまと巨人の計略にはまってしまった。

もうとっくに正午を過ぎていた。小屋で待っていた妹は、兄がまだ帰らないのでだんだん心配になってきた。兄から離れてひとりぽっちでいるのはとてもこわかったので、妹はくり返し歌をうたった。そして巨人もその妹の声を聞き、その子がじょうずにうたうたびに兄の声をまねて答えた。少女は喜んで、その声が本当は密林で待ち伏せしている魔法使いの巨人の声であるとはちっとも気がつかなかった。

そのうちに声はどんどん小屋に近づいてきた。巨人はたちまち人間の血がほしくなった。そして巨人は、少女が熱心にうたっているその小屋まで来ると、少女におそいかかり、体をずたずたに裂き、のどがとてもかわいていたのでその血を吸いつくした。それから自分のすみかにもどった。

 兄は鳥を追いかけるのに疲れ、汗びっしょりになってやっと見張り小屋へもどってきた。けれどもそこの光景を見て兄は息がとまりそうに驚き、悲しんだ。小屋のまわりには妹の体や骨がばらまかれていて、そこここに血がはねていた。深い悲しみが、後悔の念とともに兄の青白い顔にあらわれた。

兄はあのいまいましい悪魔に復讐したいと思い、巨人が持っているような魔怯の力を授けてくださるようにと、自然の主である神に、陸と海にあるすべてのものに向けて祈った。

 神は公平だった。兄の美しい体は強い体に変わった。鋼鉄のようにひきしまった筋肉を与えられた。彼はもうか弱い少年ではなく、あらゆる災いに抵抗できるだけの強い魂と肉体をもった新しい人間としてこの世に生まれかわった。

それから兄は、もうすでに死んでしまった妹を生き返らせた。妹は以前と同じ生命をとりもどし、同時に、復讐へのやみがたい気持ちがあふれた。そして翌日、巨人が兄を襲いに小屋へ来ると、前にその血を吸い尽くした妹にまた出会った。

激しい戦いが起こった。たくさんの木が倒れ、大枝や小枝がガラスのようにくだかれた。密林の住人たちはみなその事件の目撃者となり、戦いの激しさに胸をどきどきさせた。魔法と魔法でやり合い、ついに巨人をうち負かすまでには、数日かかった。彼の体は打ち砕かれ、最期の叫びがあたりに響いた。

そう、目的を果たし、密林の呪いがはらわれたので、妹は満足し、ふたりに魔法の力を与えてくださった神のお慈悲に感謝した。ふたりはしっかりと抱き合い、妹は、自分を生き返らせてくれた兄に限りない感謝の気持ちをもった。

 

 注 「カーク」 本来は兄または姉の意で、妻が夫をよぶときに使う。カカク、あるいはカカンダともいう。

 


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