<カリマンタンの民話> 前のお話 次のお話

ヤシの木ダラ・ムニン石

テキスト提供:美野幸枝さん

 

ナガ・スラニというところに、ダラ・ムニンというはたを織る娘がいたのです。毎日毎日その娘さんはハタを織っていました。ところがある日、あおの娘さんの家から赤ん坊の泣き声がするので、近所の人たちはたまげてしまいました。ダラ・ムニンが男の子をうんだのです。誰がダラ・ムニンだんななのでしょう。

赤ん坊はブジャン・ムナンと名づけられて、丈夫で利口で器用な子に育ちました。この子は遊びごとに負けたことがありません。遊び仲間はくやしくて、いつもブジャン・ムナンをこうなじります。

「ててなしご。おとうさんの名をいってみろよ」

ブジャン・ムナンも黙ってはいません。こうして口喧嘩、とっくみあいの喧嘩が始まるのでした。そんなある日、ブジャン・ムナンがしくしく泣きながら家に帰ってきたのです。

「おかあちゃん。ボクのおとうちゃんは、どこにいるの。いつもお友だちがボクをバカにするんだ。ボクのことててなしごっていうんだ。のけものにして、つばをひっかける。ボクのおとうちゃんってどこにいるの、おしえて、おかあちゃん。そいつらにし返ししたいんだ」

ダラ・ムニンは胸がしめつけられるようでしたが、まだ年はもゆかない子にほんとうのことをいってみてもどうにもなりません。

「ブジャンや。おまえのおとうさんはね。とおいお国で、あきないをしているのよ。なんていうお国かしら。おかあさんも知らないの。今ごろ、どうしているのかしらね。おとうさんは、出かけたまま一度も、おたよりをよこさないのですもの。さあ、ブジャンや。もうおとうさんのことをいうのではありませんよ」

それからというものブジャン・ムナンはおとうさんのことを口にしたことがありませんでした。

その日は天気のよい日でした。ダラ・ムニンはやはりハタを織っていました。むかしのことを思い出させるかのように、気持よい風がそよそよと吹いていて仕事の手も休みがちです。そうしたはずみにハタ棹をとり落してしまったのです。とりにおりるには体がだるくておっくうでした。下では友だちと遊んでいるブジャン・ムナンの声がしていました。

「ムナンや。ハタ棹をとってちょうだいな」

ブジャン・ムナンはすぐハタ棹をひろいました。が遊びは一番おもしろいところだったのです。いくら待っても、いくら呼んでもブジャン・ムナンは返事もせず家にも入って来ません。見ると、ブジャン・ムナンは遊びに夢中です。カッとして母親は棒切れを息子に投げつけました。棒切れはブジャン・ムナンの頭にあたり、切れて血が流れ出しました。ダラ・ムニンはびっくりしてしまいました。いそいで家から走り出ると、ブジャン・ムナンをせおって家に入り、なんということをしてしまったのかと悔やみながら息子の傷の手当てをしたのです。ニ、三日でその傷は治りましたが跡になりました。

ブジャン・ムナンがりりしい若ものになった時のことです。

「母さん。オレ、オヤジの足取りをおってみる。探しだせるまで。いいね。オレ、オヤジに会えるまで戻らないつもりだ」

「いけません」

「それならオレは死ぬ」

こんな会話がいくどとなく繰返され、ダラ・ムニンはおれざるをえなくなりました。

ブジャン・ムナンは川に着くと帆かけ船でムラウィ川、カプアス川を下り海へと出ました。町という町、島という島はくまなく歩きまわったのですが、父親の消息はまったくつかめません。こうして再びカプアス川に着き、ムラウィ川をさかのぼってナガ・スラニに着いたのです。父親をたずね歩いてもう何十年になるでしょう。ブジャン・ムナンはそこが自分の生れ故郷であることを忘れていました。彼の遊び仲間はほとんどあの世に行っていました。やがてブジャン・ムナンはそこにダラ・ムニンというきれいな娘さんがいることを知ったのです。ブジャン・ムナンとダラ・ムニンは神さまがいつまでも若ものであるようにつくっておいた人だったのです。

ブジャン・ムナンはダラ・ムニンと知りあうと、くる日もくる日もダラ・ムニンの家にかよいました。こうして二人は愛しあうようになり、結婚したのです。

ある日、ブジャン・ムナンはあまり頭がかゆいのでダラ・ムニンの膝枕でしらみをとってもらっていました。ダラ・ムニンが冗談をいいながら、ブジャン・ムナンのしらみをとっていると傷跡があるのです。

「え!この傷はいったいどうしたことなの!」

「君、そうおこるなよ。そんなしかりつけるようないいかたをしなくたっていいだろう。信じてくれよ。ブジャン・ムナンは誠実ものだ。この傷跡はたわいない思い出の跡さ。こうなんだ。むかし、オレの母がオレに腹をたてたことがある。母は君と同じようにハタを織るのが好きだった。ある時、オレは母がおとしたハタ棹を持って行くのを忘れてしまった。母はおこって、とがった棒切れをオレに投げつけた。それが頭に当って、この傷跡になったという訳だ」

ダラ・ムニンは雷にうたれた思いでした。しばらくは口もきけません。

「ねえ、ブジャン。その話しがほんとうなら、あなたは、父親を探しに出たままたよりのない、あたしの息子なの。帰ってくるなんて、考えてもいなかったの」

ダラ・ムニンはむかしのことをすっかり話しました。始めのうちは信じられませんでしたが、きき終ると信じざるをえません。でも二人は別 れる気にはなれません。二人の結婚は神さまののろう結婚だったのです。二人は神さまがおこらないように、神さまにおそなえをさし出すことにしました。おそなえとは、高い柱をたて、その柱の上に小屋をつくり、そこにいろいろな食べ物を置くのです。そして客を呼んで、きよめをしながら動物を殺すのです。

ブジャン・ムナンはその小屋をつくっていました。木を割っているはずみに、斧がおちんちんに当ってしまいました。ダラ・ムニンは助けにかけだしました。血を止めるためにダラ・ムニンがそこを手でおさえた瞬間でした。あたりはまっ暗になり、雷が鳴り、ピカピカ稲妻が走り、突風が吹き、大雨となったのです。

雨の止んだ時、ブジャン・ムナンとダラ・ムニン、それに神さまのおそなえのための小屋は石になっていました。

こうして掟を破った母と子は神のいかりにあって石となりました。この石は西カリマンタンのシンタン地方のナガ・スラウェイに今もあります。

 


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