サグマン
テキスト提供:美野幸枝さん
森のはずれに一軒のボロ家がありました。ボロ家の住人は夫に死に別 れたやもめで、その暮しは森で役に立つ葉っぱをとって来て市場で売るのですが、こんなことでいい生活が出来るはずはありません。朝、食事をしたら夕食は抜き、夕食を食べたら朝食は抜き。着るものはもちろんボロきれを体にくっつけているだけといったところです。
このやもめにハンサムなむすこがいました。たいへんな怠け者ですがね。母親の手伝いなんてごめんだし、母親が困っていることなんてどうでもいいといった男でした。
本来なら、このやもめもハンサムボーイのサグマンもこんな貧乏をする必要なんてちっともないはずだったんです。というのは、このやもめの弟、つまりサグマンのおじさんにあたる人はこの土地の王さまだったからです。
しかし、この王さまは姉さんのめんどうなんて少しもみたがりません。彼女がどん底の生活をしていたって知らん顔でした。
サグマンがある日母親にいったんです。「母さん、オレ、おじさんに会いに行っていいだろう。」
「いけません!おじさんに会いにいってはいけないのです。おじさんは王様で大金持ち。行けば必ず笑い者にされます。」
母親はこの怠け者のサグマンを弟が心底から嫌っていることぐらい百も承知だったのです。
「構わないさ。どんなふうにされたって、オレはおじさんに会いたいんだ。母さん、心配するなよ。」
「それならそうしなさい。ただ分不相応ということを忘れないでちょうだい。」
こうしてサグマンは町に出かけて行ったのですが、城下町の入口で門衛に呼び止められました。
「おい、若いの。お前一体何者かね。」
「私はサグマンと申し、おじさま、つまり王さまの甥です。」
「よろしい。どうぞお通り下さい。」
城門まで来るとまた門衛に呼び止められました。
「君、待ちたまえ。城に入る理由をいうのだ。」
「私は王さまに会いに来ました。」
「王さまに会いに?」顔こそハンサムですが、着ているものといったらひどいボロなので、門衛はジロジロとサグマンを見、もう一度きき直したのです。「王さまに会いに?君は何者かね?なぜ王さまに会うのかね?」
「私はサグマンと申し、王さまの甥にあたる者です。」
「王さまの親類だという書きつけは?」
「そんなもの不要です。」
サグマンは構わず、どんどん御殿へと歩いて行きました。
たまたま王さま、つまりサグマンのおじさんは奥さん、お嬢さんたちと一緒にベランダにいましたからサグマンの来るのが遠くから目についたのです。サグマンの怠け者ぶりならとことん知っているので、彼に来られてはおもしろくありません。
「変りないか、サグマン。呼ばれもしないのに来るとは何の用だね。」サグマンが坐ると王さまが口をきりました。
「ええ。用というのは他でもないのですが、私と母がみじめな思いをしなくて済むようにしていただきたいと思いまして」
「何だって?みじめな思いをしなくて済むようにしていただきたい?みじめになるまで、お前、毎日何をしていたのだね。何もしなかった。そうではないかね。サグマン。よい暮しが出来るのは他人からものをもらったからではない。一心に働くからだ。お前のようにブラブラしていたんではない。帰りたまえ。私はお前のような者に何一つあげたりはしない。」
帰れといわれて、サグマンはショックのあまりお辞儀もせずに家に帰って来ました。そして、母親にみんな話して、それから川に出かけて行きました。ウンコしにですがね。まあ、ウンコのよく出ること。それで魚たちは食べる物にありつけたのですから大喜び、大宴会にぶつかったようなものです。けれどもサグマンがウンコをし続けるものだから、まあくさいこと、魚たちはそれでガス中毒にかかってしまったんです。魚大衆がそろいもそろってガス中毒ときては、魚の王さまも頭をかかえざるをえません。そこで原因を調査したところ、悪臭の発生源がサグマンとわかったわけです。
魚の王さま自らサグマンに申し出ました。
「サグマン。私の国民たちのことも考えて下さらんか。あまり君がウンコをするので、国民たちはガス中毒になっている。どうかウンコをするのを止めて下さらんか。」
サグマンはおかまいなくウンコをしつづけます。魚の王さまはほんとうに弱りきりました。魚大衆はどんどん死んで行きます。困りきった魚の王さまがいいました。
「サグマン。ウンコをするのをよしたら、君にまか不思議な指輪をあげるがね。まか不思議と申すのは、君のいいつけなら、何でも実行するということなのだが。」
もちろんサグマンはその申し出の指輪を受け取ってから、ウンコをするのをやめたわけです。ガス中毒の災難が去って魚たちは大喜びでした。
その晩、サグマンは寝る前に、「夜中、音がゴロゴロ鳴っても、じっとしていてね」と母親に注意しました。夜もふけてシーンとしています。
サグマンは例の指輪をとり出しました。
「指輪!お前のまか不思議というのをやるんだ。オレは国民つきの、大きくて、豊かで、平和な国が欲しい。」
たちまちゴロゴロと心も凍るすさまじい音がしはじめ、やむことを知りません。まッくら闇の夜でした。
朝、サグマンが目を覚すと、あたりの森は華麗な大都会、そのにぎやかなこと、大勢の人々が行き来しています。ボロ家は豪奢な御殿に、官女、召し使い、近衛兵がおおぜいいます。母親を探してみると、彼女はすでにベランダでおつきの者にかしづかれています。つまりサグマンは新国家の王さまになっていたというわけです。食べるものはおいしい、着るものは上等、何の不足もありません。
サグマンのおじさんは新生サグマン王国の話しを耳にすると、自分の目と耳で確かめずにはおられません。
おじさんが近衛兵をしたがえ、立派な馬車に乗ってやって来ました。彼の驚きようといったら。
サグマンは母親とベランダに坐っていたので、おじさんが来たのを知ると、家来を迎えに出しました。おじさんは国賓として迎えられたのです。
とりどりのごちそうを目の前におじさんは腰を落ちつけると、聞かずにはおれません。
「サグマン、君はどこでこんな大きいもらいものをしたのだね。」
「神さま以外にはございません。」
上品にサグマンは答えたのですが、例の指輪のことなど、一言も話す気はありません。
おじさんは大喜び。お返しに自分の美しい娘を彼の嫁に出しました。
サグマン、サグマンの妻、サグマンの母親は、この日以来、みじめさとは縁を切って幸せにくらしたそうです。