<カリマンタンの民話> 次のお話

ヤシの木アンタン・タミアンとアンタン・タラリ

テキスト提供:美野幸枝さん

 

お化けの住む森にかこまれて小さな村がありました。この森のお化けたちは、夜でも昼でもさまよい歩いていて、人にあうと必ず悪さをするのです。

この小さな村に仲よし兄弟のアンタン・タミアンとアンタン・タラリがおたがい助けあって暮していました。お父さん、お母さんは神さまの国に帰ってしまって、二人には頼れる人もお友だちもありません。隣り村はとても遠く、自分たちのことは自分たちでしなければなりません。なぜ二人は人がたくさん住んでいるところに引越さないのでしょうね。きっとその村が大好きだったのでしょう。つらいことでも、悲しいことでも、二人は、それらは神さまがおためしになるのだと思っているのでしょう。だからどんなことが起っても苦にはしませんでした。

兄さんのアンタン・タミアンが暮し向きのことw一切していました。お母さんが死ぬ 前にこういったからです。「私がいなくなったら、二人ともよく気をつけるのですよ。なまけたりしてはいけませんよ。」お母さんは、アンタン・タミアンに弟の面 倒をみるようにいったわけではありませんでしたが、この時アンタン・タラリも一緒でしたので、お母さんは悪いいい方をしてしまった、よくないことにならなければよいがと思いました。お母さんの目は愛情をたたえてじっと弟を見つめている。それでアンタン・タミアンはお母さんが自分に弟の面 倒をよくみてね、といっているのだとさとったのでした。

こんなわけで、アンタン・タミアンは弟の面倒をよく見ました。弟が泣くとなだめすかします。時にはこんなことで両親をうらんだりもしました。それでも弟を甘えン坊にはすまいと、扱いにも苦労しました。こんな兄さんのおかげで、アンタン・タラリも兄さんのいいつけをよくきく、いい子に育ちました。

ある日、アンタン・タラリは閉めきった家に一人でいました。兄さんが、外へ出てはいけないよ、変ったことがあったら兄さんを呼ぶんだよといって、窓も戸もしっかり鍵をかけ、遠くへ出かけて行ったからです。こんなことはしょっちゅうでしたし、この家に変なことが起るのもしょっちゅうでした。だから兄さんは弟の身に万一のことでも起ってはと用心をおこたらなかったわけでした。

ところが、アンタン・タミアンの出かけたことをお化けたちが知ったらしいのです。人を食べるのが大好きという大きなお化けが、アンタン・タラリをかどわかしに来ました。サツマイモで地面 の中を横に這って育ってゆくのがあるでしょう。彼はそのサツマイモに化けたのです。それから地面 の中を這いずって家の中に入りました。そして芽を出すと、アンタン・タラリに近づいて行きます。サツマイモなんて普段その家にはないのです。さあ、このサツマイモはいつ、どこで芽を出したのでしょう。

アンタン・タラリは怖くなって叫びました。「兄ちゃん!サツマイモが僕ちゃんをいじめに来た!」

「エヘン、エヘン……」サツマイモはどんどん近づいて来ました。

あまりのこわさに、アンタン・タラリの毛という毛はみんな逆立ち、体はガタガタ震え、口はまるで栓でもされたかのようです。彼はやっとこさの思いで金切声をあげました。「兄ちゃん、助けて、助けてー!サツマイモが僕ちゃんをいじめるー!」

「ヘエーン、エヘ−−!さっきよりずっと声を引いてサツマイモが答えました。逃げる余地はもうありません。アンタン・タラリはこわさのあまりもう声も出ません。サツマイモはアンタン・タラリにとびかかると、彼を丸のまんま飲みこんでしまいました。こうして満足したサツマイモは帰って行ったのです。

夕方、アンタン・タミアンが帰って来ました。アンタン・タラリと呼んでも、戸を何度たたいても返事がありません。何かあったに違いないのです。鍵を開け、家に入ると弟の姿はもちろんありません。血が点々とあるだけなのです。「弟の血に違いない。やっぱり何かあったんだ。」アンタン・タミアンはその血を集めると、おそなえもののふたで、集めた血にふたをし、ウチワであおいではいいました。「ウチワ、ウチワ、弟の血よ、人間になれ!」こうしてあおいでいると、血はやがて弟のアンタン・タラリになりました。アンタン・タミアンは、早く弟が元通 り元気になりますようにと、胸をときめかせて待ちました。弟が目を覚すと、彼をしっかり抱き、何度も何度も頬ずりをし、髪をなで、嬉し泣きに泣きました。

「兄ちゃん、僕いっぱい眠ったみたいだよ。」

「眠ってたんじゃないの。死んでいたの。どうしてこんなことになったの。くわしく兄ちゃんにお話してごらん。」

アンタン・タラリ兄さんに何が起ったかを話しましたが、何だか要領をえません。でも兄さんには分かりました。「お化けがサツマイモに化けて悪さをしたんだな。このお返しに奴をこらしめねばなるまい。俺たち二人がつつがなく暮してゆくには、奴をかたづけてしまうことだ。」

アンタン・タミアンはこう決心すると、遠くへ出かけたふりをして、家のそばのヤブに隠れました。じっと聞き耳をたて、様子をうかがっていると、昨日のお化けが、アンタン・タミアンが出かけたと思ってやって来て、またサツマイモに化けて家の中に入り込みました。

「兄ちゃん、助けて!たすけて!サツマイモがまたいじめに来た!」

と同時にアンタン・タミアンは走り出しました。地面からニョッキリ芽をだしたサツマイモにあわや弟が殺されようとしています。その時、斧がふりおろされました。死んだのはサツマイモです。

こうして二人はお化けにおそわれる死の危険から解放されて、幸せに静かに暮したということです。

 


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