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ヤシの木予言者パソパティ

テキスト提供:渡辺(岡崎)紀子さん

 

むかし、イスラム教がまだジャワ島に広まらないころ、ジョモジョヨという名の、強くて勇ましい王様がいました。王は多くの敵国と戦っていつも勝利をおさめていました。戦争の時には兵隊たちと前線で剣をふるいました。右手に短剣を握って敵の真ただ中おどり出るのでした。戦いでは一歩も後退したことがなく、どんな鋭い敵の武器でも王の身体を傷つけることは出来ませんでした。王は魔法の短剣に守られていたからです。

その短剣はひとりの隠者から条件つきで授かったもので、王は大切に身につけていなければなりませんでした。もしその短剣が他人の手に渡れば王はもう敵に勝つことは出来ないというのです。

ところがこの秘密が敵国の大王レクロダタに知られてしまいました。

ある夜、ジョモジョヨ王は強敵との激しい闘いに疲れ木の下で寝入ってしまっていたところを、レクロダタが数人の兵士とやって来て捕え、不思議な短剣を奪ってしまいました。

捕虜になった王はくやしくて夜も眠れず、食事さえ喉を通 らないありさまでした。ある晩王はぐったりと横になってうとうと眠っていました。その時、王は夢をみました。一人の天女がやって来て、こういうのです。「ジョモジョヨ様、あなたの短剣は奪われてしまいましたが、あなたはかわりのものを不思議な方法で手に入れることになるでしょう」

ジョモジョヨが、「どんな方法で……」とたずねようとするとその天女は消えてしまいました。

王が長いことその夢のことばかり考えていると、ある晩また夢をみました。夢に現れたのはこんどは天女ではなく、たいそう美しい女神のドゥルガでした。「ジョモジョヨ、そなたは幸福をもたらす王子を授かるだろう。その王子からそなたにはレクロダタに奪われた短剣よりももっとすばらしい、不思議な短剣を手に入れるだろう」と女神はいいました。

ジョモジョヨが声をかけようとした時、女神ドゥルガは消えてしまいました。王は夢の意味がわかりませんでした。毎日毎晩王は考えました。

やがて王は寝不足と空腹のためやせ細り病気になってしまいました。

大王レクロダタはジョモジョヨ王のこのようすを見ると同情して、最後の敵をたおしたら自由にしてやると約束しました。間もなくレクロダタは勝利を収めて帰国すると、約束を果 たしました。ジョモジョヨは自由の身になりましたがひとつの条件がつきました。それは彼の王国内にあるすべての武器を引渡し、二度と戦争をしないで平穏に暮らすこと、というものでした。

王はその条件を聞くと、敵の前にひざまずき武器をすべて引き渡すことを約束しました。王にとってその条件をのむことはつらいことでしたが王はまず自由になることを望みました。

ジョモジョヨ王は自国に戻ると国民に武器という武器をすべてさし出させました。すべての武器が集まったらレクロダタの宮殿に運ばせるつもりでした。

一番最後にひとりの老人が武器をさし出そうとやってきました。その老人は王国で最初にイスラム教を信仰した人でした。老人はいいました。「王さま、私たちはあの大王に私たちの武器を全部渡さなければなりません。けれど王さま、心配はいりません。王さまはあのレクロダタに奪われた短剣より、もっとすばらしい武器を授かることでしょう。アラーがそのようにおおせられたのです…………」

王と大臣たちは皆その言葉を聞いて笑いました。

「そのアラーというのは誰なのだ。」ジョモジョヨはたずねました。「我々はそのような名を知らぬ が」

「自分の名前を言っているのでしょう」と大臣のひとりがいいました。「まだ武器をどこかにかくしているかも知れません」

「王はその大臣の言葉を信じて、「我々はお前に欺されないぞ」といいました。「よそに武器をかくしておいて、あとで我々に売りつける基に違いない。さあ、ここへ持って参れ、さもないと…………」

その老人は悲しそうに頭を横に振っていいました、自分は武器をかくしてはいない、そしてアラーというのは人間ではなく、またこの世に存在するものでもなく天に存在するものだ、と。

誰ひとりその言葉を信用しませんでした。老人は人をたぶらかしたとして牢獄に入れられてしまいました。

いつしか王さまはじめ宮殿の人々は老人のことなどすっかり忘れてしまったのでした。

ある日、王のお后さまは王子を産みました。不思議なことに、金の短剣を持って生まれたのです。

ジョモジョヨと大臣たちはそれを見て驚き、そして以前夢の中で王が聞いたことばと、投獄してある老人パソパティがいったことばを思い出したのです。

「パソパティをすぐ牢から出してここに連れてこい」、と王はいいました。

パソパティは王の前に連れて来られひざまずこうとした時、床に倒れてそのまま最後の息を引きとったのです。パソパティはアラーに召されたのでした。ただ一度だけ彼は死ぬ 前に絹の敷物に寝せられている王子をじっと見つめながら弱々しい声でいいました、「偉大なるアラーがすべてをお定めになったのだ。しかしその短剣は戦争のためには使われないだろう…………」。それから老人はジョモジョヨの方を見て殆んど聞きとれない声でいいました。「王さま、国民は皆あの短剣のような武器を作るでしょう。そして王さまはいつか必ずアラーのご意志に従うことになるでしょう。アラーは偉大で公平なおかたです。覚えておいてください。」そしてパソパティは永遠の眠りについたのでした。

王は心から非のない老人を苦しめたことに後悔して、王子が持って生まれた短剣を「パソパティの剣」と名づけました。今でもジャワの人々は王子が持って生まれた剣と同じ形の剣を「クリス・パソパティ」と呼んでいるそうです。

 


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