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ヤシの木ブガワ・カシサパ

テキスト提供:渡辺(岡崎)紀子さん

 

ブガワ・カシサパは象のような二本の牙を持って生まれました。母親が魔王の子孫であるためか彼の体は大きくて頑丈でした。

青年となったある日、彼はデウィ・ダヌという、湖で支配力のある水の女神と出会いました。その日デウィ・ダヌは大きくてキラキラ光る貝の船をこいで湖を巡っていました。女神は湖をとりまく自然の美しさにみとれていたのでした。そうして楽しげにあたりを見まわしていると、不意に湖の岸辺の大きな岩に腰をおろしていたブガワ・カシサパが目に入ったのです。

ブガワ・カシサパのほうもデウィ・ダヌに目をとめました。色とりどりの光の中に立っている女神のその美しさを見た瞬間、すさんだ彼の心はまるで母親が子どもに触れる優しい心のようになり、子どものように涙を流すのでした。

涙を流して泣くブガワ・カシサパを見ると、デウィ・ダヌは船を岸辺のほうへ寄せました。「どうしてそなたは悲しんでいるのですか。」よく透るきれいな声でした、「何を嘆いているのです?」

「美しい女神よ、私はあなたの美しさを見たくてたまらないのに神は私に二つの目しか与えてくれません、だから泣くのです。」カシサパは答えました。「なぜ神は私に千箇の目を授けてくれなかったのでしょう。でなければ私は狂い死にしてしまいます。」

カシサパの言葉と様子にデウィ・ダヌはすっかりとりこになってしまいました。そして二人は結婚し、やがてひとりの男の子をもうけたのです。男の子は輝く光の中から生まれた子どもなのでマサ・ダナワと呼ぶことにしました。

マサ・ダナワは日増しに大きくなり、父親のようにたくましくなりました。しかし大人になると高慢になり、いばるようになりました。自分は最もけ高い人間だ、いや神々よりもすぐれている、とまで思うようになったのです。

ある日彼は国民を集めていいました。「私はすべての生き物の中でもっとも高等な生き物である。いや神々よりも優秀なのだ。だから私は命令する、もう神にかしずくことは止めよ。この私を敬い、供物を持って来い。私はマサ・ダナワ、偉大な力の持ち主である。」

確かにマサ・ダナワはたくみな術者でした。彼の能力で綿の花を咲かせることもできましたし、それをたちまちのうちに女や男の衣裳にしてしまうこともできました。

彼の神通力は田んぼでもあらわれました。たちまちに稲に穂を実らせた束にしてしまうのでした。

神々たちは、マサ・ダナワが大人になってからというもの供物がいっこうに届けられないので不思議に思っておりました。ごはんもとうもろこしも果 物もあげてもらえません。線香の煙すらたたないのです。満月の夜、人々がいつも供えてくれたまんだらげの花も今ではもうみられなくなりました。

それはマサ・ダナワのしわざだと神々にわかりました。そこで神々は怒ってバリ島を立ち去るとジャワ島へ向けて出発しました。一方マサ・ダナワも魔術者や、悪霊や、巨人などからなる多ぜいの軍隊をひきいて神々を待ちうけておりました。しかしながらマサ・ダナワの軍勢は神たちにはかないませんでした。

マサ・ダナワだけは敗けまいと闘いを続けました。ところが戦闘のさ中に突然ウィシュヌ神がその戦闘を止めさせようとガルダに乗って天から降りてきたのです。マサ・ダナワはブラフマのいいつけで捕えられ、風の精にされ、もう地上には再び戻れなくなりました。

ブガワ・カシサパと妻のデウィ・ダヌは悲しみました。二人は愛するものをなくしたのですから。二人が泣きに泣いたので湖の水は涙で一杯になり、あふれでました。それはやがて大きな川になり、バリ島の山あいをぬ って流れるようになりました。

 


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