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ヤシの木偉人探し

テキスト提供:渡辺(岡崎)紀子さん

 

ムルバブ山の中腹にトラガ・ムンチャルという名の村がありました。その村の村長はもうたいそうな年寄で、名をキャイ・ダナラパといいました。彼にはジャカ・サルワナという息子がいました。頭は弱いけれど忠実で人のいう事をよくきく子でした。

ある日、キャイ・ダナラパは息子にこういいました。「サルワナよ、私はすっかり年をとってしまって、死期も近い。私がいなくなったら、偉い人のところへ行って仕えなさい。お前には幸せになってもらいたいし、りっぱな人間にもなってもらいたい。毎日私はお前の無事を祈ってきた。だから神はこの願いをかなえてくれると思う。そして、お前は忠実で真面 目でいい人間になるんだよ。」

父親の忠告を聞くと、サルワナはポロポロと涙を流しました。忠告が胸の奥にまでしみこんだのでしょう。彼はかしこまって、「はい、お父さん。お父さんのいう通 りにします。」と答えるのでした。

その後まもなく、キャイ・ダナラパはほんとうに病に倒れ、世を去りました。村人たちは新しい村長について話し合いました。その結果 サルワナを選んだのです。

しかしサルワナはいいました。「私は村長にはなれません。お父さんと約束したんです。お父さんが死んだら、偉い人のところへ行って仕えるんだと。だからこれからその偉い人を探しに行かなくては。どこにいるんだろう」

老人の一人が答えました、「探すならマタラムだな」

「オレそこに行こう」サルワナはいいました。

翌日彼はマタラムへ旅立ちました。マタラムに着くと彼はあちらこちら偉い人はどこにいるか、とたずね歩きました。人びとは彼に大官や王子や大臣、はてはスルタンの名まであげて教えてくれました。ところがサルワナは首を横に振るのです。「父が言ったような偉い人ではない。みんな普通 の人だ」。そう思って彼は旅を続けました。

もう何日かサルワナはマタラムを歩きまわりましたがまだ彼の探す偉い人には出会いません。と不意にスルタンの持ちものの一頭の象が目に入りました。むかし、ヌサンタラの王様たちは象に乗っていたそうです。その象は象飼いに連れられて王宮へ帰るところでした。

サルワナは思いました。「これがお父さんの言った偉い人らしいや。体はすごく大きいし、私が仕えるにはちょうどいいや」。そして彼は象の後について檻まで行きました。夜も昼もサルワナは王様に接するように象に対して振まいました。象の足をなでたり、さすったり、ほおづりしたりしました。檻はそうじしてきれいにしました。しまいにその象は彼とすっかり友だちになってしまいました。

四十日もの間サルワナは昼夜その「偉人」に仕えました。何度も象飼いに追い払われたのですが、彼は従いませんでした。

ある晩、サルワナは夢を見ました。その夢の中で一人の老人が彼に語りかけました。「ジャカ・サルワナよ、お前は間違っとる。偉い人というのはそれじゃないよ。それはただスルタンの乗る象ではないか。それは人間ではないよ。動物だ。だがお前のやっていることはお前が忠実で真面 目で言うことをよくきく子どもであることをあらわしている。偉い人というのは王様や大官や司令官のような人をいうんじゃ。つまり、支配力が大きい人のことであって、体が大きい人のことではない。明日この象は暴れるから覚えておきなさい。お前の他には誰もこの象を捕えることは出来ないだろう。だが、スルタンの命令があるまではこの象を捕えてはいけないよ」

サルワナが夢からさめると、もう昼でした。その朝、ほんとうにスルタンの象が逃げ、暴れました。誰も象に踏みつぶされるのを恐れてつかまえることができません。スルタンが申しました。象を生捕りにした者をウェダナ(郡長)に起用する、と。そのことはサルワナの耳にも入りました。そして彼は夢の中の老人の言葉を思い出したのです。彼はさっそく象を捕えに出かけました。彼はたやすく象の鼻をつかむとスルタンの前に連れて行きました。スルタンは若者の勇気をごらんになってたいそう喜びました。その上、彼のりっぱな態度に感心しました。すぐにサルワナは王様によって郡長に任用されました。それから聡明な先生に彼をゆだねました。

数年後、マタラムにニテ・ガディンという賢く博識の大官がいました。彼は忠実で勤勉、そして誠実なために、たいへんスルタンに大切にされていました。誰あろう、その人はあの頭が弱かったジャカ・サルワナだったのです。

 


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