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ヤシの木カンチル王の巨人退治

テキスト提供:渡辺(岡崎)紀子さん

 

ある日カンチル王は、小高い丘にあるプデンの木の下にトラや山羊たちを前にして坐っていました。紅葉した木の葉は王にふさわしい傘のようでした。

そこへ見張り役のトラがやって来てひざまずいていいました、「王様オオカミがお目にかかりたいそうです。」

オオカミは進み出て、敬礼すると話し始めました。「王様、この森のはずれにとても野蛮な巨人が住んでいます。ゲルガンという名前で、いつも私たちの平和を乱します。子どもたちは食い殺されるし、家畜は一匹ずつやられるし、田畑はメチャメチャにされるし。ここからやつを追い出す方法はないものでしょうか。王様が引き受けてくださるなら、私たちは王様をこの森全体の王様と認めましょう。」

「明日なんとかしてみよう」カンチルは短く答えました。

翌日、カンチル王はゴムの木の枝を探すと、足で木の皮をむき、ゴム液を出しました。それを頭の髪とヒゲにこすりつけ、綿のようにしました。それから巨人がよく通 る所へ行きました。そして道の真中に、穴を掘り始めました。彼は悲しみ嘆くふりをしながら、こんなことをいっています。「女房と子どもよ、すぐにここへおいで、一刻も早くだよ。お前たちはこの穴の中で隠れているんだよ。アラーの使いのお告げがあったんだ。もうすぐこの世の終りなんだって。天も地も崩壊するんだよ。早くおいで、ぐずぐずしてるんじゃないよ。早くこの中に入るんだ。」

突然地響きがして、巨人が獲物を探しにやってきました。

巨人はカンチルが妻子の名を呼びながらいっしょうけんめいに穴を掘っているのに目をとめました。するとカンチルはなおも大きな声で遠くまで聞えるように叫ぶのでした。「おおい、早くおいでよ、お前たち、アラーのお告げがあってね。この世はもう終りなんだ、いま天が崩れて頭の上に落ちてくるんだから。」

巨人のゲルガシはそれを聞くや、カンチルの所にやってきてたずねました、「おいカンチル、それは本当か?誰がお前にいったんだ?」大きな巨人の声にカンチルはびっくりしたようです。「わしはもう四十年も修行して、髪もヒゲも真白だ。昨日急にアラーが夢に現れてな、この世の終りが近いといったのだ。多分あと一日か二日で、天が崩れてくるだろうよ。信じないなら、空を自分で見てごらんよ。」

巨人は空を見上げました。雲は風に吹かれてあわただしげに動き、まるで壊れそうです。巨人はカンチルにいいました。「わしもその穴に入ってもいいか。」

「まさか、無理ですよ。私の家族にさえまだ小さいのですからね。」

巨人はあわれっぽい声で、「そんなこといわないで、お前の家族と一緒に入れてくれ。わしは場所をとらぬ ように、うずくまるから。」

「ほんとうに私たちと一緒に入りたいなら、穴を掘るのを手伝ってくださいよ。早く終わるから。」

巨人はカンチルに従いました。穴掘りを終えると、カンチルはいいました。「さあ、終わった。あなたからまず入ってみてください。あなたのほうがわたしより大きいですからね。それに私の女房と子どもがまだ来ないので、待たなければならないし。」

巨人はちょっと考えていましたが、「よかろう」といって中へ入りました。

巨人が穴の中に落ち着くと、カンチルは大きな腕環を二つ見せながらいうのでした、「この中に両方の膝とひじを入れてごらん。緊張がとけるおまじないだといって私の母がくれたんだ。あなたはずいぶん堅くなっているようだから。」

巨人はいわれた通り両方の膝と肘を大きな腕環の中に入れました。するともう身動きができなくなってしまいました。「その腕環を折れるかね」とカンチルがいいました。巨人は力いっぱい手足を動かしてみましたがダメです、それどころか腕環はいっそう手足にくいこんできます。あまりの痛さに悲鳴をあげると四方八方に響きわたりました。そしてぐったりと死んだようになってしまいました。

カンチル王はすばやく巨人の頭の上に飛び乗るとこおどりして叫ぶのでした。「おおい、みんな、悪者はここにいるぞ、手足を縛ってやった。首まで地面 に埋まっているぞ。もうみんなを悩ますことはない、見に来いよ。」

森中の住人たちがぞくぞくカンチル王のところへやってきました。そしてものすごく大きくて頑丈な怪物がカンチル王によって捕えられ、地面 に頭だけ出しているのを見るとびっくり仰天してしまいました。カンチル王の勇気と力を口ぐちにほめたたえました。

巨人の頭の上にいるカンチルの前に巨人退治を依頼したオオカミが進み出て、約束通 り、カンチルをこの森を統治する唯一の王として認めると誓いました。犀やヤマアラシ、鹿なども改めてカンチル王の足もとに膝まずくのでした。熊の親分も色とりどりの果 物を持って、王に敬意を表しました。

 


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