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ヤシの木たる腹

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

 
 大臣のところで草刈りの仕事をしている男に、たる腹という名の息子がいた。この名まえはその子の体の形からきていた。頭と足は小さいのに、腹だけが前につき出て、ふくらんでいて、頭や足とつり合っていなかったのだ。
たる腹はいつもひとりだった。年上の友だちとは遊ぼうとしなかった。友だちは、ぶかっこうなやつだと言っていつもたる腹をからかった。

たる腹はそのかわり、やなをしかけるのは好きだった。一日じゅうやることといったらそれだけだった。たる腹は大きな川や深い川には決してやなをしかけなかった。やなが川の流れにさらわれて流れて行ってしまうのが心配だったからだ。たる腹は家の横の流れにしかけるほうが好きだった。そこには台所の水が流れ込んでいて、下水へつながっていた。もちろんそこには魚はいなかったから、しかけたやなに魚は一ぴきも入ってこなかった。たる腹がやなを持ち上げると、いつもそれはからっぽだった。

ところがある日、たいへんな雨が降り庭じゅう水浸しになってしまった。この機会を見逃さずに、たる腹はすぐに庭にやなをしかけた。雨がおさまって庭の水が引くと、たる腹はしかけたやなを引き上げにおりて行った。するとおお、アラーの神よ! やなの中に一ぴきの小さな魚がもがいていた。この日はたる腹にとっては最高にうれしい日になった。生まれてはじめて自分のやなに魚がかかったのだ。小さな魚を捕まえるのにはじめて成功したのだ。

たる腹はやなから魚をはずしてやると、すぐにココやしの皮のうつわに入れた。魚はあちこち泳ぎまわり、いつも狭いうつわの壁に登った。それを見るとたる腹は笑った。何度も魚をつかもうと人さし指を水につっ込んだ。けれども小さな魚はつかまるまいとして反対側へ泳いでいってしまった。たる腹はそれをとても喜んで、それからは小さな魚と遊ぶことのほかは何もしなくなってしまった。もう、やなもしかけなくなった。そして眠たくなると、いつも忘れずに自分の横にココやしのうつわを置いた。

捕まえた小さな魚に夢中になって、たる腹はおとうさんの手伝いをすることを忘れてしまった。おとうさんはついに腹を立てて、ある日目をむいてこう言った「小魚なんかと遊ぶのはいいかげんにしろ。わしの手伝いをして草を刈ったほうがましだ。お前がやめないならわしがその魚を殺しちまうぞ!」 たる腹は心配になった。たる腹は自分の小さな魚が好きだった。魚はもうすっかりなついていた。そこで、おとうさんに草集めの手伝いをしますと約束した。

 つぎの朝起きると、たる腹は草刈り場へついて行った。しかし、その前に魚を入れたうつわをおばあさんにあずけた。「おばあちゃん、ぼくの魚を守っておくれよ」。おばあさんはうなずいた。けれどもおばあさんは台所仕事がたくさんあったので、そのうつわをいつも持って歩くわけにもいかなくて、家の横においておいた。

おばあさんが仕事をしている間に一羽のにわとりがやって来て、うつわに近づいた。そのとき、たまたまおばあさんが台所から出てきた。自分のかわいい孫の魚をにわとりがつついているのを見ておばあさんは驚いた。おばあさんはにわとりのくちばしから魚を落とそうと、にわとりをおどした。ところがにわとりはぱたぱたと羽ばたいて、その拍子にくちばしの中に魚をのみ込んでしまった。なんと言ったらいいだろう。おばあさんはたる腹がかわいいと思う気持ちは大きかったが、どうすることもできない。魚はにわとりの胃袋の中なのだ。もういちど取り出すのは無理な話だ。

たる腹は家に帰るとまっ先に自分のかわいい宝物のことをたずねた「おばあちゃん、ぼくのちっちゃな魚はどこ?」 おばあさんは悲しい目ででか腹を見るとこう答えた「にわとりがあの魚を食っちゃったんだよ。孫や、また違うのを見つけようじゃないか」。自分の魚がにわとりに食べられてしまったと聞くと、たる腹は泣いて、代わりのものを欲しがった。けれども代わりにべつの魚が欲しいとは思わなかった。自分のあの魚か、そうでなげれば魚を食べてしまったにわとりが欲しかった。

たる腹があまり泣き続けるので、おばあさんはとうとう同意して、あのにわとりをやることにした。にわとりを手に入れると、やっとたる腹は泣くのをやめた。けれども、それからというもの、たる腹は魚の代わりに手に入れたにわとりと遊ぶ以外は何もしなくなった。片方の足にひもを結びつけて、ひものはしを手から放さないようにした。にわとりがなついてくると、もうしばりつけたりしなかった。たる腹の行くところへはどこへでもにわとりがついていった。

 ある日、たる腹は遠いところで、おとうさんを手伝って草集めをしなくてはならなくなった。にわとりを連れていくことはできなかった。そこでおばあさんににわとりをあずけた。おばあさんはその日、お米をついていた。お米をついている間、にわとりはおばあさんからあまり遠くないところで遊んでいて、お米の粒をねらってきた。にわとりはたる腹といっしょに暮らすのに慣れていた。だからひとをこわがらず、おばあさんの近くでお米をけちらした。おばあさんが米つきのきねをふり上げたとき、にわとりは頭をのばしておばあさんの足の前でお米粒をついばもうとした。そしてちょうどきねがふりおろされたとき、にわとりの頭はその真下にあった。そして打ち砕かれてしまった。

おばあさんは言った「ああ。たる腹はどんなにおこるだろう。このにわとりもいたずらが過ぎたんだけど」。おばあさんは死がいをとり上げると、ごみの積んである上に投げた。ちょうどそのとき、たる腹が家に帰ってきて、自分のにわとりがいないのに気がついた。たる腹はすぐにたずねた「おばあちゃん、ぼくのにわとりはどこ?」

  「たる腹や、おこらないでおくれよ。あれは米つきのきねに押しつぶされて死んだんだよ。あれはお米をついてるところのすぐ近くで遊んでいたんだ」。たる腹は黙っていた。それからこう言った「代わりにそのきねをぼくにおくれ!」  「あれ、なんていう子だろう。たる腹や、今度はきねがいるのかい。代わりにべつのにわとりをやったほうがまだいいよ。もっと大きいやつだよ」。「いやだよ。ぼくが欲しいのはそのきねだけなんだ」。たる腹の気持ちを変えさせることはできなかったので、とうとうおばあさんはにわとりの頭を砕いてしまったきねを代わりにやった。

 ある日、たる腹はまたおとうさんと草刈りに行った。そしてきねはひとりの牛飼いにあずけた。たる腹がいない間に一ぴきの水牛がきねを踏んでこわしてしまった。たる腹は代わりのものを欲しがったが、べつのきねを受けとろうとはしなかった。そして牛飼いに、きねをこわしてしまった水牛をくれとたのんだ。けれども牛飼いは水牛を決してくれようとはしなかった。たる腹はこのでき事をおとうさんに報告した。すると父はご主人に報告した。ご主人はこの訴えを認め、たる腹が勝った。そして代わりに水牛をもらった。

たる腹はたびたび水牛を連れて牧草地へ行った。水牛に乗って、草のたくさん生えているかわいた野原へ行った。そのとき、たる腹は幸せな気持ちでうたった「ぼくはやなを庭の中にしかけた。雨が降って小さな魚を手に入れた。その魚はにわとりに食われちまって、そのにわとりが魚の代わりになった。そのにわとりは黒い羽。だけどきねで砕かれて死んじゃった。おばあさんは代わりにきねをくれた。きねがにわとりの代わりになった。月桂樹の木でできたきねをぼくは牛飼いにあずけた。きねは水牛に踏みつぶされてこわれちまった。そして水牛が代わりになった。この水牛は太ってて、とがった角。緑の草が生えてる牧場に、ぼくはこいつを連れていくんだ。ぼくはなんてついてるんだろう!」

 おとうさんとまた草刈りに行くとき、たる腹は水牛を、実がたわわになっているドリアンの木にしっかりつないだ。木の下には緑の草がぐるりと生えていて、水牛はつながれていても胃袋をいつもいっぱいにしていた。ところが運が悪いことに、熟したドリアンの実(注1)がひとつ、水牛の頭の真上に落ちた。それは木当に大きなドリアンで、水牛の頭を砕いてしまった。水牛はころりと死んでしまった。

たる腹は自分の水牛が死んでいるのに気づいて、そのそばにドリアンがひとつあるのを見ると、水牛がかわいそうな目に会ったことを知った。けれどもドリアンの木の下に水牛をつないだのは自分だったので、だれのせいにすることもできなかった。自分の失敗だと思った。たる腹は悲しい気持ちで、水牛の頭を砕いてしまったドリアンを取り上げた。そして、その実を持って、馬の草を運ぶためにおとうさんについて大臣の屋敷へ向かった。草のかごを背負って先に立って急いでいくおとうさんに続いて、たる腹はうしろから走っていった。

 ふたりがお姫さまの宮殿まで来ると、マヤンサリという、美人で有名なお姫さまが、重そうなドリアンの実を持って通るたる腹を見つけた。ドリアンのにおいが鼻をかすめたとき、お姫さまは口の中につばきがわいてくるのがわかった。お姫さまはドリアンを運んでいる少年を呼んだ「たる腹、おまえはどこでそのドリアンを手に入れたの?」 たる腹はあたりを見まわした。そして、すてきなお姫さまが自分に話しかけているとわかって驚いた。たる腹はすぐに答えた「このドリアンは、水牛の代わりに手に入れたんです。ぼくの水牛はこの実で頭を砕かれて死んでしまいました」。

 「わたしにそれをちょうだい。ね?」  「だめです」とたる腹は言った。「このドリアンのせいでぼくの水牛は死んだんです。それをひとにやってしまうなんてできません」。お姫さまはたる腹と言い争いたくなかったので、こう言った「馬小屋へ行くのならドリアンをここに置いていきなさい。わたしが預かってあげるわ」。たる腹は答えた「あとで帰ってきたらぼくはそれを受け取りますよ」。

マヤンサリ姫にドリアンを預けると、たる腹はおとうさんを追って急いで馬小屋へ行った。マヤンサリ姫は、すぐ、そのおいしそうな実をすっかりたいらげてしまった。ドリアンはもぎたての味がした。その肉はしまっていて、たねは小さかった。「あんなにすばらしいドリアンはめったにないわ」と姫は何回も言った。

おとうさんは馬にえさをやり終えると、もどってきた。おとうさんは、えさをやるのを手伝っていた息子に、ついて来るように言った。お姫さまの宮殿のところでたる腹は立ちどまり、マヤンサリ姫のところへ行った。たる腹はきいた「お姫さま、ぼくのドリアンはどこですか?」 マヤンサリ姫は声を立てて笑った。笑うといっそう美しかった。「たる腹、どうしておまえはあのドリアンをかえせと言うの。わたし、もう食べちゃったのよ。お味は本当に格別だったわ」。

たる腹は黙ったまま立っていた。目は鋭くマヤンサリ姫を見つめていた。そのようすは自分の信頼が裏切られたのでおこっているように見えた。たる腹のようすに気づくとマヤンサリ姫は言った「いいわ。たる腹、おこらないでちょうだい。わたし、つぐないはするわ。あれはいったい、いくらなの。わたし、おまえにドリアン十個分のお金をあげるわ。だからそんなにおこらないでちょうだいな」。

姫はたる腹にお金をやろうとしたが、たる腹はそれを受け取ろうとしなかった。姫は、たる腹は差し出されたお金が少なすぎると思ったのだと考えた。姫はもっとたくさん出した。しかし、たる腹はまたはねつけてしまった。途方にくれてマヤンサリ姫は、黙ったままそこに立っているたる腹にたずねた「いったい何で、わたしはお前にあのドリアンのつぐないをすればいいの。たる腹、わたしがあげるものをおまえは全部はねつけてしまったわ」。しっかりとした、まばたきもしない目で姫を見つめて、たる腹は答えた「あなたはぼくのドリアンを食べてしまったのだから、あなたがあれの代わりにならなければいけません」。

マヤンサリ姫は返す言葉がなかった。姫は悪いのは自分だとわかっていた。けれど、少年が醜くて、そのうえあつかましくしゃべるのを見ると、怒りがこみあげてきた。少年がただの草刈り男の息子だということも頭に浮かんだ。「とんでもないひとね、たる腹」と姫は怒りにふるえる声で言った。しかし、たる腹は決心を変えようとはしなかった。「お姫さまはドリアンを預かってやるからとおっしゃって、ぼくを信用させました。それなのにどうして食べてしまったんですか?」

 マヤンサリ姫は、悪かったのは自分だともう一度思った。自分のものではないものを、持ち主の許しも得ないで、軽率にも食べてしまったのだから。自分が受けたこれまでの教育を通じて姫は、これは自分のような身分のものにも許されないことだと思った。いやしい罪だった。けれどもあのいやらしいたる腹の申し出のことを考えると、また怒りがこみあげてきた。あんなばかばかしい申し出にかかわり合ってはいられない。こちらは比べようもなく美しい領主のお姫さまなのに、たる腹はただの草刈り男の息子で、そのうえぶかっこうではないか。マヤンサリ姫はたる腹を追っ払ってしまおうとした。けれども草刈り男の息子は一歩もひかなかった。

たる腹は公正なさばきを求めた。そしてこの訴えを領主のところへ持ち込むようたのんだ。国じゅうの正義を守っている領主にさばいてもらおうと思ったのだ。この騒ぎに宮殿の召し使いがやって来て、たる腹を追っ払おうとした。たる腹は召し使いたちを何が正しいか知りもしないでとか、権利というものを知らないで恥知らずめ、などと言ってののしった。召し使いは、しまいには宮殿の見張り番といっしょになっておどしたが、それでもたる腹は退散しようとしなかった。たる腹の決心は固く、すこしも変わらなかった。

お姫さまの宮殿が騒がしいので、領主も何事かとききに来た。そして召し使いのひとりにきいた「姫の屋敷でのこの騒ぎはいったいなんだ?」 うやうやしく領主の前にひれふして、召し使いが言った「ここにおります若い男が、尊敬すべきお姫さまに向かって無礼なふるまいをいたしたのです。だんなさま」。「どんな無礼なふるまいをしたのか」と領主は念を入れてもう一度たずねた。「すみません、だんなさま。それについてはわたしは何も知りません」と召し使いは答えた。

そこで領主は怒りで顔をまっ赤にしているマヤンサリ姫のところへ行った。姫の前には、召し使いが追い払おうとした大きな腹をした少年が立っていた。領主は娘に話しかけた「マヤンサリ、この騒ぎはいったいなんだい?」 マヤンサリ姫は自分のおとうさんが来るのを見たとき、自分が悪かったということがわかった。姫は領主が公正なことを知っていた。きっと領主はひとのドリアンをもらってもいいかときかずに食べてしまった自分のおこないを罰するだろう。しかしうそはつけなかった。

姫は自分がたる腹にドリアンを預かってやろうとすすめた最初のところから、でき事をすっかり話して聞かせた。食欲をおさえることができなかったから、あのときは預かったドリアンを持ち主の許しも得ないで食べてしまったのです。たる腹は代わりのものを受け取ろうとしないのです。欲しいのは姫がすっかり食べてしまったドリアンか、さもなければそれを食べた姫自身だというのです。

娘の報告を聞いて、領主はたる腹の正義感の強さにたいへん驚いた。宮殿の召し使いたちが武器を持ってまで追い払ったのに、自分の意見を断固として変えなかったたる腹に領主は感心した。そして、よく考えたのち、罪は預かった実を食べてしまった姫にあることがはっきりわかった。領主は公正な人で知られていたが、この時ばかりは心が揺れ動いたのも当然だった。たったひとりの、このうえなくかわいい娘を草刈り男の息子でしかないたる腹に、嫁にやることができるだろうか。

領主は正義とひとり娘の幸せの間で揺れ動いた。しばらく考えていたが、ついに領主は正義のほうを取った。低い声で領主はマヤンサリ姫に言った「マヤンサリや、たる腹の妻になることが、たぶんおまえの運命なんだよ。ひとが持っていたドリアンを欲しがったことは、おまえのほうの罪なのだ」。マヤンサリ姫は自分の父のこのさばきを聞くと黙ってしまった。姫にはほかのだれよりも、このさばきはもう取り消すことができないことがわかっていた。姫は悲しい気持ちで言った「おとうさま、それがあなたのおさばきならば、わたしは従います」。

そのとき領主は、足を組んで、頭をうなだれてずっと座っていたたる腹を見た。領主は話しかけた「たる腹、おまえの父親はだれだ? おまえはどこに住んでおる?」 たる腹は敬意をはらって、ひれ伏して答えた。手はふるえていた。「わたしの父は大臣さまのところの草刈り男です。わたしたちは、山のふもとの森のそばの村に住んでいます」。領主はうなずいた。そして居合わせた宮殿の召し使いのひとりを見てこう命じた「大臣をここに呼べ」。

召し使いは領主の前にひざまずくと、すぐ大臣を呼びに行くために立ち上がった。やがて、召し使いは、大急ぎでかけつけてきた大臣のあとについてもどって来た。領主に忠誠を誓ったのち、大臣はたる腹がいるのに気づき、そして領主がこう言うのを聞くと、もの問いたげな顔をした。「大臣よ、おまえをこんな時間に呼び出したりしたが、驚かないでくれ。思いがけないことが起きたのだ。それでわれわれは、こんな時間におまえにもここへ来てもらったのだ」。うやうやしく大臣は言った「おたずねしてもよろしいでしょうか。こんな時間にあなたの前にこいとおっしゃるとは、いったいどんな思いがけないことが起きたのですか?」

  「わしのひとり娘マヤンサリの婚礼をとりおこなうときが来たのだ」。大臣はびっくりして言った「失礼ですが領主さま、いったい花婿になって姫の横にお座りになるのはどこの王子さまですか?」 領主は答えた「大臣よ、花婿は王子ではない。おまえには信じられないような若者が姫の花婿になるのだ」。「その幸せ者はだれです?」

  「大臣よ、左に若者が見えるだろう。その男が姫の夫になるのだ」。大臣は左のほうを見た。しかしそこにはたる腹しか見あたらなかった。左手にはたる腹以外だれもいなかった。「たる腹が?・・・・・・どうしてそんなことがありうるのですか?」 信じられずに大臣は言った。「そうなんだ。たる腹が本当にマヤンサリ姫の横に座るんだよ」。領主はまじめな声で言った。それで大臣はいやでも、自分が聞いたことを信じないわけにはいかなかった。「本当にたる腹が、あの草刈り男の息子が、大臣よ、おまえの家で働いているあの男の息子がマヤンサリ姫の横に座るんだよ」。大臣は聞いた「どうしてですか、領主。マヤンサリ姫の夫君にふさわしい王子さまはたくさんいらっしゃるじゃないですか」。

 「わたしの子にはそういうさだめがあったのだ、大臣よ」。領主はそう言うと、マヤンサリ姫とたる腹を結婚させなければならないわけを話して聞かせた。領主のその話を大臣は黙って聞いていた。そして、その公正さに感心した。ひとの外見に左右されずに、正義を通した領主をどんなに尊敬しただろう。領主が話し終えると、大臣は領主に忠誠を誓った「ご命令とあれば、わたくしは従います」。

領主は言った「まだひとつ、やっかいなことがある。たる腹は村の若者だ。たとえおまえの屋敷の中へ父親に連れられてたびたび行ったにしても、世の中の習慣は、きっと知らないだろう。あの子を連れていって、おまえの家に住まわせてやってほしい。そして、そこに住んでいる間、婚礼の日が来るまで世話をして、よく教育してやってくれ。それから、王子となったとき、知つていなくてはならないことを教えるのを決して忘れないでほしい」。大臣はうやうやしく答えた「できるかぎりの努力をいたします。領主」。そして別れを告げると、たる腹を連れて家へ帰った。

 大臣の妻は、結婚してもう十年になるのに子どもがいなかったので、とても喜んだ。すぐにたる腹は風呂に入れられ、服を着せられた。毎日、大臣は礼儀作法や政治を教えた。未来の領主の娘の夫として知っていなくてはならないことを教えた。たる腹は頭のよい人間であることがわかった。教わることをすべて、すぐに理解してしまうのだ。大臣とその妻の愛情はますます大きくなった。

しばらく大臣のところに住んでいる間に、たる腹はすっかり変わってしまった。腹は、今ではもう前につき出ていなかったし、体つき全体が機敏になり、丈夫そうになった。顔はきりっとしていて、肌はランサト(注2)の実のように黄金色だった。以前の腹のつき出た醜い若者のなごりはもうなかった。名まえも変わった。たる腹ではなくて、ラデン・ガンダラサと呼ばれるようになった。それは「よい香り」という意味だった。

 ときが来て、ラデン・ガンダラサは美しいマヤンサリ姫と結婚した。結婚のお祝いは四十日と四十夜続いた。領主のひとり娘が夫君を迎えたのだから、国じゅうが参列した。それからまもなく領主は年をとったために領主の座をしりぞいて、苦行者として森にこもった。そして新しい領主には花婿の、以前はたる腹と呼ばれていたラデン・ガンダラサがなった。

 

 注 (1)「ドリアンの実」 Durio Zibethinus. においは悪いがおいしい果物。
   (2)「ランサト」 Lansium domesticum. 

 


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