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ヤシの木王女と幽霊の王

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

    
 ある領主には十二人の息子がいたという話だ。ところが領主はとても娘が欲しかったので、有名なまじない師を捜し出して、助けを求めた。そのまじない師は、領主は娘のために十二人の息子たちをいけにえに捧げる覚悟をしなくてはならないと言った。領主はじっくり考えもせずに、よしと言った。

 おきさきもこのことを聞いた。しかし、領主の願いがたとえかなえられても、自分の十二人の息子たちの運命を思うと、夫とその喜びを分かち合うことはできなかった。数か月といってもいいほど長い間、おきさきは何も食べず、眠りもせずに、このむずかしい事態をなんとかする方法を考えた。

ついにある考えが浮かんだ。そして赤ちゃんがもうすぐ生まれるとわかったとき、息子たちを呼びよせて、領主は娘が欲しいという願いがかなうなら、おまえたちをいけにえにすると言っていると打ち明けた。おきさきは、もしも生まれてくる子どもが女の子だったら、息子たちが助かるためには、すぐに宮殿を出たほうがよいと考えた。宮殿の庭に立てられている旗を使って合図をしてあげよう。もし男の子が生まれたら、柱の先に白い旗をかかげ、女の子だったら赤い旗をあげよう。これが十二人の王子たちへの危険を知らせる合図だよ。きっと領主はすぐさま十二人の息子を殺せと命じてしまうだろうから。

いっしょに暮らすのもこれで終わりだった。おきさきは悲しみに沈んで自分の居間へ引き揚げ、十二人の息子たちは、外で自分たちの運命を決める合図を待つために宮殿を去る準備をした。宮殿の召し使いに気づかれずに王子たちは出ていき、母親が決めてくれた場所で待っていた。一か月ほどが過ぎた。十二人の王子たちは交代で、もし母が危険の合図を送ってきたばあいに、それを見逃すまいと見張りに立っていた。そして待っていた瞬間がきた。

 夜中に宮殿で鐘が鳴り響いた。ついで大太鼓と回教寺院の太鼓のどよめきが起こった。そして領主が王女の誕生を祝福されているのも聞こえてきた。そのうわさは、それを心配しながら待っていた十二人の領主の息子たちのもとへも伝わり、息子たちはいよいよ町を去る支度を始めた。けれども最後の確かな証拠として母親が息子たちに約束した知らせがまだだったので、息子たちは翌朝まで待った。ところが、夜中に受け取ったあの知らせが本当だということがすぐにわかった。朝早く、母が言っていた赤い旗があがったのだ。領主の十二人の息子たちは町を離れ、はっきりしたあてもないまま森へ入って行った。

 宮殿じゅうが、王女さまがお生まれになった幸せでいっぱいになっていたが、それもおきさきには不幸せに思えたと語り伝えられている。おきさきは死の危険から逃れるために逃げて行った十二人の息子たちにまた会えることなど決してないだろうと思っていた。おきさきはすべてを忘れてしまおうといろいろなことをしてみたが、心の絆はそうかんたんに断ち切ることなどできないもので、生みの母には忘れることはできないのだということがわかった。

日に日におきさきの心と体は弱って、とうとう骨と皮ばかりになってしまった。もちろん領主はそのことを知っていた。けれども領主からは、自分の望みがかなったという、とてつもなく大きな喜びしかうかがい知れなかった。しかし宮殿全部が喜びにひたっていたのではなかった。なにしろ払われた犠牲があまりに大きかったので。

 王女さまは大きくなり、おおぜいの宮殿の召し使いたちと会って話すうちに、良いことも悪いこともおぼえた。その話から、あるとき王女さまは母に、ひとの話によればわたしには十二人の兄さんたちがいたそうですがときいた。おきさきはこの問いにごまかしの答えをするのに苦労した。そして王女には兄さんなど絶対にいないのだと答えた。

ところが、王女さまはこの答えをはねつけてしまった。宮殿のある場所に、いろいろなおもちゃが、どれも十二個ずつあるのを見つけてしまっていたのだ。十二人の兄がいたと言っている人びとの言葉は真実だと、王女さまはかたく信じていた。

とうとうおきさきは否定のしようのないその証拠を認めないわけにはいかなかった。そして十二人の兄たちは父親の願いごとのいけにえとして宮殿を出て行かなくてはならなかったのだと、ありのままを悲しく語って聞かせた。そのとき出て行かなければ、兵士たちが父親の命令でその子たちを殺してしまうはずだったのだ。それまで秘密にされていたことをいくらか知らされて、王女さまはこの悲しい話をよく納得した。

 この瞬間から、王女さまは自分の十二人の兄たちを捜し出そうと決心した。そして、兄たちといっしょでなければ帰ってこない、と心に決めた。しかしおきさきはとても心配して、なんとかして王女さまにその計画をあきらめさせ、手元においておこうとした。

 王女さまに計画をあきらめさせようという努力は成功しなかった。そして、ある晩、宮殿じゅうが、番人もみんな眠っているころ、そのときを王女は利用して宮殿を抜け出し、両親のもとから去っていった。後を追ってくるかも知れない宮殿の番人に見つけられないように、王女さまはすぐに森に入った。

つぎの日の朝、宮殿じゅうは大騒ぎになった。そして領主は、ひとりきりで出て行ってしまった娘を捜し出せと命令した。おきさきの嘆きは口では言えないほどだった。そして、いつも不幸せでおきさきを苦しめてきたこの世は、もうこれ以上おきさきを引き止めておくことはできなかった。王女がいてくれたので、ずっと押しのけられていたおきさきの病気は、もう押さえられず、ますますひどくなり、ついにおきさきは無常なこの世から去ってしまった。

 森へ入っていった王女さまはといえば、こういう話だ。王女さまは宮殿のひとに出くわさないように、ひとが行くのもたいへんな土地ばかり歩き続けた。夕方になると、野生の獣におそわれないように、森の中で自分が登れる大きな木を見つけて、その上で夜を過ごした。そうやって数か月暮らした。

ある夜、ちょうど木に登ってねぐらを作ると、そこからあまり遠くないところに小さな光を見つけた。そのころには、もう何日も前からおなかを満たすための果物も、のどの乾きをいやす一滴の水も口にしていなかったので、空腹とのどのかわきをおさめるものを何かもらおうと思って、そのランプがついている場所へ行くことにした。

近くまで行くと、それが小さな小屋であることがわかった。その小屋のひどくいたんだ壁のすき間から、ランプのあかりがもれていた。王女さまがあいさつをすると、年とった女が戸をあけてくれた。このおばあさんはひととの交際をさけて、自分を清めるために、たったひとりで森に住んでいた。こうやって暮らしていれば、自分を清める目的が達成されると信じていたので、野生の獣たちのなかでもなんの心配もなく暮らしていた。

王女さまとおばあさんはいろいろ話しあった。そして最後に、おばあさんは食べ物と飲み物をくれて、連れとしていっしょに住むようにすすめ、娘として引きとってあげようと言った。自分のことを普通の家の出であると言った王女さまは、神さまの決断を待つためにいっしょに森に住もうというおばあさんの申し出を受けた。なぜなら王女さまは「自分のしごと」を成しとげるのを神さまが助けてくださることを信じていた。おばあさんも王女さまもお互いに愛情を感じていた。ふたりはこの世の中でひとつの運命に結びつけられているように思った。そして喜んで自分に与えられた分を受けとった。

 あるとき、おばあさんは森へ果物と葉を集めに家をあけていて、王女さまがひとりでるす番をしていた。そこへ幽霊の王がやってきた。幽霊の王はもう長いこと、ただの卑しい人間ではない王女さまの居場所を捜していたのだ。幽霊の首領は王女さまの匂いにひかれてやってきた。そして王女さまに自分の妻になってくれとたのむつもりだった。おべっかやお愛想を言って、幽霊の首領は自分の願いを伝えたが、王女さまはひとこともしゃべらなかった。

とうとう首領はカンカンにおこり、王女さまを抱き上げると、すばやく森の奥深くにある自分の宮殿へ連れていってしまった。そこに着くと自分の目的をとげようとして、もっとお世辞を言いながら王女さまにつきまとった。しまいに首領は王女さまをある場所へ連れていった。そこにはたくさんのダイヤモンドや金、いろいろな宝石が永遠の美しさをたたえて集められてあった。妻になれば、それらがもらえるのだった。けれども王女さまはがんこにひとこともしゃべらなかった。

そこで首領は、さまざまな花が美しく咲き誇っている庭へ王女さまを連れていった。それでも王女さまは固く口をとざしていた。幽霊の首領はカッカと怒って王女さまにつかみかかろうとした。しかし、王女さまはチャンスをねらって逃げ出してしまったので、幽霊の首領は王女さまを捕まえることができなかった。それで幽霊の首領は叫んだ「かわいい王女さん。あんたはどうしてわしのものになってくれんのかね。なんで犬がとらを見たみたいに逃げてしまうのかね」。

この瞬間王女さまはとても捕まえられないような犬になってしまった。王女さまは幽霊の首領のぜいたくな庭をあちこち駆けまわった。すると幽霊の首領は叫んだ「もし、どうしてもおれの女房になるのがいやなら、ずっと犬のままでいろ。だが、もし本当におれの女房になるというんなら、おまえがもう一度人間になれるよう命じてやろう。よーく考えてみるんだな。一日、時間をやろう。しかし、あしたには決心してもらわにゃならん。そしてわしに返事をするんだ」。

犬に変えられた王女さまは幽霊の首領が言った言葉を全部聞きとった。そして心の中で神さまに、自分におそいかかってきたこの不幸からお救いくださいとお願いした。そうして行ったり来たりしていると、ひとつの大きな植木鉢からささやき声が聞こえてきた。それは人間が友達同志でしゃべっているように聞こえた。もうひとつべつの鉢からは答えがはっきりと聞きとれた。

話の内容は、近くをあちこち走りまわっている犬の美しさをたたえるものだった。あるものは毛を、あるものは尻尾を、あるいは耳を、それから体のべつの部分をほめたたえた。とうとう犬は思わず立ちどまってきいた「ねえ! あなたはだれ? どうして植木鉢がわたしと同じようにしゃべれるの。教えてちょうだい。もしかしたらわたしたち、お友だちになれるかも知れないわ。そしてわたしたちの運命をなんとかできるかも知れないわ」。

このかわいらしい問いに、きかれた植木鉢は始めから終わりまでたくさんのことを話してくれた。実は、自分たちは庭の持ち主である幽霊の首領ののろいで植木鉢に変えられてしまった十二人の兄弟だというのだ。今度は犬に変えられてしまった王女さまが、自分は宮殿の王女で兄さんたちを捜しに来てこういう運命になってしまったと話して聞かせた。

今や、植木鉢と犬は兄と妹のあいだで言葉をかわしていたことがわかった。そしてその先、こういう話になった。どうしたら今こうむっているこの苦しみから脱け出られるだろうか。犬は、本当は自分の兄たちである植木鉢をひとつずつ順々にまわった。そしてこういうふうに決められた。犬が幽霊の首領の妻になるふりをし、十二個の庭の植木鉢を人間にもどしてくれとたのむ。その後で妹が首領の弱点を聞き出して、それから兄たちがその弱点を狙って首領を殺そうというのだ。

 つぎの朝、幽霊の首領はまた現れてかわいい犬のところへ来た。犬はひとなつこく近づいてきて、もし願いごとを全部かなえてくれるならば妻になりましょうと言った。幽霊の首領の喜びがどんなに大きかったか、とても言い表すことなどできない。王女さまの願いはすべて聞き入れてやろうと言った。するとアッと言う間に犬はまた愛らしい王女さまになった。

幽霊の首領はすっかりうちょうてんになって、王女さまの願いごとをぐずぐずせずにすべてかなえてやった。最後の願いごとは十二個の植木鉢を人間にもどすことだった。これはすぐに実現し、十二人の王子たちが目の前に現れた。そしてひとりひとりが王女さまの召し使いになると言った。それで王子たちは宮殿の中にとどまることが許された。

二番めの願いは、幽霊の首領が王女に弱点を見せてくれということだった。そうすれば王女は妻として首領の体にさわったりしないで、不幸せなことも起こらないですむというのだった。すると幽霊の首領は笑いながら、自分の弱点は宮殿の裏のかごの中にいるきじばとの格好をした魂だから、王女にはまちがっても、さわることもつかむこともできないのだと答えた。王女がわざわざそうしようと思わないかぎり心配することはないとも言った。

王女は知りたいと願った秘密を全部知った。そして、こっそりとそれを十二人の兄たちに知らせた。幽霊の首領が、王女さまと、いや奥方さまと連れだって庭を悠然と歩き、さわやかな空気と美しい眺めを楽しんでいる間に、十二人の兄たちは、本当は幽霊の首領の魂であるきじばとを捕まえようと宮殿の裏へ行った。鳥かごは、特別に丈夫でかごの目が狭かったので鳥を捕まえて殺すことはできなかった。それで十二人の兄たちはほとんど手のくだしようがなかった。

やむなく兄たちはきじばとの入った黄金の鳥かごを取り上げて、池へ持って行き、浮き上がってこないように、かごの上に大きな石をおいて水の中に沈めた。幽霊の首領はちょうど、ぜいたくな庭で楽しんでいたところだったが、突然駆け出して堀に走って入ってしまった。そして、力を合わせてきじばとを溺れさせた兄たちのために、そこから二度と浮かび上がることはできなかった。

 それから、王女さまと十二人の兄たちは、とても幸せに、以前は幽霊の王が住んでいた宮殿で暮らした。いちばん上の兄が領主になり、ほかの兄たちは領主を助けた。宮殿の召し使いや魔物の家来たちは新しい領主に従った。なぜなら領主とその弟たちは、天下無敵の英雄として知れわたっていた前の領主の魂を打ち負かすことができたのだから、首領の家来や召し使いなどは無条件で負かされてしまうだろうと思ったのだ。そして、以前王女さまをいっしょに住まわせてくれたおばあさんは呼び寄せられて、王女さまといっしょに住まないかとすすめられた。

 


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