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ヤシの木かわうそとカニ

テキスト提供:渡辺(岡崎)紀子さん

 

むかし、大きな川に一匹のカニが住んでいました。このカニは子どもを産むたびに、いつもかわうそに食べられてしまうので、たいそう悩んでおりました。

ある日、カニはカンチルのところに行き、いまいましいかわうそのことを訴えました。

「わかった、もう悲しまないで、カニ君」とカンチルはいいました。「ぼくがそのかわうそ君の恨みをはらしてあげよう。かわうその子どもを殺してやるからね。」

カンチルの約束を聞いて、カニは家へ帰って行きました。カンチルはすぐに策を練り始めました。

ある日のこと、かわうそは餌を探しに出かけていました。その時です、カンチルがかわうその家にやって来ました。

かわうその子どもたちはぐっすりと眠っていました。そしてたちまちカンチルに殺されてしまったのです。

カンチルはそのあとすぐ、走ってふくろうの所にやってきていいました。

「強くずっと鳴き続けておくれよ。かわうそがやって来て子どものことを聞いたら、こう答えてほしいんだ。『私はあんたの子どもが死んだことについては知らないよ。私がこうして強く鳴き続けているのはね、カタツムリ(原語・ブキチョット、カタツムリの一種で触角に毒がある)が怖いからなんだ、家をかついてあっちへ行ったりこっちへ来たりして歩いているんだもの。』」

「承知した」とふくろうは答えました。

それからカンチルはカタツムリに会いに行きました。

「やあ、カタツムリ君。かわうそがここに来て子どもの死んだことについて聞いたらね、こう返事してほしいんだ、『知らないよ、私がこうして歩いているのは、ふくろうを怖がらせるつもりじゃない、螢が怖いからなんだ。火を持ってあちこち歩いているんだもの。火事になるんじゃないかと気になって、家を持ち歩いているんだ』。」

カタツムリに頼むと、カンチルは螢の所に出かけて行き頼みました。

「やあ、螢くん、かわうそが死んだ子どものことについて聞いたらね、こう答えてほしいんだ。『私は知らないよ、私が火を持ってあちこち歩くのは、カニが怖いからなんだ。目を突き出してまるで攻めてくるようなんだもの』。」

螢に頼み終ると、カンチルは結果がどうなるのかと楽しみにしながら、家へ帰りました。

一方、かわうそは必要な食糧を集めると家路につきました。家に着いて、子どもたちが死んでいるのを見ると驚いたのはもちろんです。

「いったい誰が殺したんだ。」かわうそは悲しさと恨みのいり交った思いで考えました。

「どうやらカンチルの仕業らしいな。あいつはよくここへ来ていた。あいつはろくでもないやつだ。」

かわうそは怒りを爆発させて、カンチルの家へ向いました。「やい、カンチル。目には目をだ。お前は私の子どもを殺したね、今度は私がお前を殺してやる。」

ちょうどカンチルは、かわうそが怒ってやってくるのを家で待ちかまえていました。そして穏やかに声をかけたのです。

「おや、かわうそさん、何かお困りのようですね。どうしたのですか。ぼくに話してください、多分おやくにたちますよ。」

かわうそはカンチルのことばには耳をかさないで、つめよりました。「私の子どもは死んだのよ。どうして殺したのよ。」

カンチルはさも驚いたふりをして、たくみにいいました。

「ぼくがあなたの子どもを殺したなどとせっかちにいわないでください。」

「お前じゃなかったら、誰がやるというの。」

「まあ、落ち着いて」とカンチルがなだめました。「確かにぼくがあなたの子どもを死なせました。だけどわざとやったんじゃありません。」

「そんな!」とかわうそは怒鳴りました。「わざとじゃないなんて。」

「本当ですよ」とカンチル。「絶対にわざと殺したんじゃない。実は、ふくろうがあんまり強くいつまでも鳴くんで、ぞっとしたんです。怖くて夢中で走っていたら、思わず踏んでしまったのです。本当に、けっしてわざとじゃないんです。ぼくをせめるのはやめてください。もしあのふくろうの声に驚かされなかったら、きっとあなたの子どもを踏みつぶすこともなかったでしょう。」

「それなら、悪いのはふくろうだね。」とかわうそはいいました。

 

カンチルから情報を得たかわうそは、すぐふくろうの所へ行きました。ふくろうは絶え間なく鳴いていました。

かわうそはふくろうに近ずくや、怒鳴りました。

「やい、ふくろうの恥知らず! どうして私の子どもを殺したのさ。」

「まあ、まあ、かわうそさん落ち着いて。私には何のことかわかりませんが」とふくろうはいいました。

「なぜ私の子を殺したのさ。」

「私がですか。」

「そうさ、お前が死なせたんだ。」

「まあ、待ってください。あなたの子どもが死んだとか?さっぱりわかりません。何故わたしが死なせたというんです?」

「お前があんまり鳴き続けるから、カンチルがびっくりして逃げまわり、私の子を踏みつけて死なせてしまったのさ。」

「ああ、そういうわけなのか。」

「さうさ。何故そう鳴いているんだ。」

「それはですね、説明しましょう」とふくろうは落ちつきはらっていいました。「実はカタツムリが怖かったのです。あいつが家をかついであまりあっちこっち歩きまわるんで、私は怖くて鳴きわめいていたんです。」

「それなら、カタツムリが悪いというのか」とかわうそはいいました。

「そうだ、悪いのはカタツムリだ。簡単に私を悪者扱いしないでほしいよ」とふくろうがいいました。

かわうそはカタツムリの所へと出かけました。カタツムリが自分の家をかついで歩いているのを見つけるとカッとなって怒鳴りました。

「やい、カタツムリの悪党。お前が私の子どもを殺したんだね。」

「何ですって」とカタツムリは落ちつきはらって聞きかえしました。「私があんたの子どもを殺したって。」

「そうだ。お前が殺したんだ。」かわうそはくり返しました。

「ちょっと待ってください。何故そう私と決めつめるのか、私はわかりません。」

「とぼけないでよ」とかわうそは大声をあげました。

「とぼけてなんていませんよ。あなたの子どもが死んだなんてちっとも知らなかったんです。その理由も知りません。だからどうして私のせいにするのか不思議ですよ。」

「お前が家をかついでよたよた歩いているから、ふくろうが驚き、怖がった。それでホーホー鳴きわめいたんだ。」

「それがどうしてあなたの子どもの死と関係あるのですか」とカタツムリはたずねました。

「ふくろうの鳴き声はカンチルをびっくりさせた。それがあわてふためいて走っているうちに私の子を踏み殺してしまったのさ。」

「それが原因ですか」とカタツムリは聞き返えしました。「何故私をせめるのです。踏み殺したのはカンチルでしょうに。」

「カンチルがびっくりしなかったら、私の子を踏まなかったさ、カンチルはふくろうの鳴き声に驚かされたんだ。そしてふくろうはお前の様子に驚いたんだからね。つまりお前が私の子を死なせたんだ。」

「ああ、そうですか」とカタツムリはいいました。「実をいうと、私が家をかついでどこへでも行くのは、わけがあるんですよ。」

「どんなわけさ」とかわうそはききました。

「あれを見てください」とカタツムリはちょうど通りかかった螢を指さしながらいいました。「あいつは火を持ってあちこち飛びます。あの火で家が焼かれるんじゃないかと恐ろしいので、私は家を持ち歩くんですよ。」

「それじゃああの螢が悪い」とかわうそはいいました。

「そうです、悪いのはあの螢です。あわてて私をせめるものじゃありません。」

「おおい、螢」とかわうそはたまたまそこを飛んでいた螢に呼びかけました。「おい、螢、お前が私の子を殺したんだ。」

「どうして、そんな。」

「お前じゃなくて他に誰が。」かわうそはきっぱりいいました。

「まあ、落ちついて。」螢はいいました。「あんたの子どもが死んだなんて、さっぱりわかりませんでしたよ。どうしてそう決めつけるんですか。」

「お前はどこに行くにも火を持って行くじゃあないか。」かわうそは説明するのでした。「カタツムリはお前の火で家が焼かれるのが怖くてどこへ行くにも家をかついで行くのさ。」

「私とあんたの子どもの死とはどう関係があるんです」と螢はききました。

「そのカタツムリの様子を見てふくろうが驚いてね、鳴きわめいたんだ。カンチルはその鳴き声にびっくりしてあわてふためいて走ったものだから、私の子どもが踏みつけられ、それで死んでしまったのさ。これで、お前のせいだってことがわかったろ。」

「ちょっと待って。私が火を持ち歩くのは、カニにふいうちされるのが心配なんですよ。カニの目は突き出ていますからね」と螢はいいました。

「そうするとカニが悪いわけだ」とかわうそはいいました。

かわうそは大急ぎでカニを探しに行きました。

一方カニはかわうそに子どもを全部食べられてしまったのが悔しくて泣いているところでした。

「やい、カニの悪魔」とかわうそはいいました。「お前のしたことはのろわれているぞ。お前は螢やカタツムリやふくろう、それにカンチルに恐怖をいだかせた。だから私の子どもがカンチルに踏み殺されたんだ。」

「当然の報いさ。あんたは他人の子どもをいつも殺すから、自分の子も殺されるんだ。私の子はお前に全部食べられたんだよ。」

カニのことばを聞くや、かわうそはもう我慢できませんでした。カッとなってカニに飛びかかるとカニを食べてしまいました。

 


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