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ヤシの木雨乞いする鳥

テキスト提供:渡辺(岡崎)紀子さん

 

美しい娘と二人暮しの女がいました。生活はたいそう貧しいものでした。この女にはたくましい息子を持った百姓の知りあいがいました。その百姓は豊かではありませんでしたが、親子して食べていくには充分の田畑がありました。

ある日、百姓は女にいいました、「あんたの娘をうちの嫁にほしいのだがの。」

「あんたの息子さんがいいというなら、私は賛成ですよ。あとで失望しないといいですがね。なにせ貧乏人の娘ですから」と女は答えました。

百姓は、「心配ない。それは承知の上だから。あんたがほんとうに賛成なら、明日にでも婚約して、来年は結婚させよう」といいました。

双方の意見は一致して、さっそく必要なことがなされました。それ以来、両家の結びつきは親密になりました。女はその百姓から衣類や時には食物などももらうようになりました。いずれ親類になるものが悲惨な生活をしているのを百姓は見かねたのです。

ある日のこと女は病気になってしまいました。女はバナナが食べたくてどうしようもありませんでした。買おうにもお金はなし、百姓にもらおうにも家が遠くてダメでした。そこで娘を近所の家へやらせました。娘は何軒もの家に行って頼んだのですが、一人としてバナナ一本くれようとはしませんでした。そればかりか平気で悪口をいうものもいました。

仕方なく娘は手ぶらで帰ってきました。

真夜中ごろ女は死にました。

女の死を見守ったのは娘のほかだあれもいませんでした。死体は古いムシロでつつまれて、家の片すみに置かれました。

近所のものは知らぬふりをしたり、敬遠したりするのでした。

一晩中娘は泣いて眠れませんでした。夜が明けると、母親の死体が置いてあるほうでガサガサ物音がしました。陽が高くなってから見に行きますと、死体が消えていました。家中探しても見つかりません。

家のそばに大きなパンヤの木がありました。その木のてっぺんからコレアンカ鳥の声が聞え、感情をこめて、こんな歌を歌っているのでした。

 娘よ
 もう泣くのはおよし
 母さんの影についておいで

娘が見あげると、一羽のコレアンカ鳥が優しく、彼女を見おろしていました。娘にはわかりました。彼女の母親はコレアンカ鳥に化身したのでした。その鳥はずっと歌いながら、枝から枝へ飛び、木から木へと移っていきます。娘は鳥の後を追い続け、疲れも、のどの乾きも忘れていました。とうとう鳥は百姓も住んでいる村へ着きました。百姓の家のカドの木に止まると、こんどは歌い出しました。

 コレアンカ、コレアンカ
 これがわたしのさだめです
 あなたにわたしの娘をまかせます

たまたま家にいた百姓夫婦は、コレアンカ鳥の珍しい歌を聞いて驚きました。聞き覚えのある声でしたし、大へんもの悲しく聞えたのでした。夫婦はすぐに外へ出て、声のするほうを探しました。カドの木のほうから聞えます。コレアンカ鳥を見つけると、急いで木に登りました。つかまえようとしますと、鳥はするりと飛んで、空高く舞い上がり、見えなくなってしまいました。

まもなく、娘が息を切らして走ってきました。娘は息をと切らせながら、コレアンカ鳥になってしまった母親のことを話しました。百姓夫婦はそれを聞いて感動しました。

娘は百姓の家に留まることになり、しばらくしてから、百姓の息子と結婚したのでした。

一年がたちました。若い夫婦は仲むつまじく暮しておりました。ある日、夫は妻にいいました、「ちょっとわしの頭を見てくれ。なんだかかゆいんだ。」

妻はそれには従わずにいいました。「もし私と一緒にいつまでも暮したいなら、私にシラミをとらせないで。私はそれをしてはいけないことになってるの。母さんが死ぬ まぎわにいったことばを忘れられないわ。こういったのよ。『結婚したら気をつけるんだよ。お前の夫のシラミをとってやるんじゃないよ。それはお前に神さまが禁じたことなんだから。けっして破らないようによくおぼえておくんだよ。母さんのことばをないがしろにしたら、お前はもとの姿に戻ってコレアンカ鳥になって、大空に飛び立ってしまうんだ』。」

しかし夫は妻のことばを気にかけるどころか頭を見てくれとせがむのでした。とうとう仕方なく彼女は夫に従いました。夫は妻のひざ枕でうとうとしはじめました。

妻はシラミをとりながら歌います。

 コレアンカ、コレアンカ 母さん
 神の国に帰えるのは待って
 まだ私がいるのだから

そして だんだん女の体には毛が生えてきたのです。しまいには母親のようにコレアンカ鳥になると、飛び立って屋根にとまりました。

男は妻の歌を聞きながらいい気持でシラミをとってもらっているうちに寝入ってしまいました。

しばらくして目が覚めると、そばに妻がいないので驚きました。名前を呼んでも返事がなく、辺りを探しても人影もないのです。

その時、屋根の上でコレアンカ鳥の声がしたので男は見上げました。コレアンカ鳥は悲しげに歌を歌っていました。くり返し、くり返し。

 コレアンカ、コレアンカ あなた
 コレアンカ、コレアンカ…… おとうさん
 コレアンカ、コレアンカ おかあさん
 私にシラミをとれといわないで
 私は両親のもとへ参ります。

コレアンカ鳥は夫を見ると、歌うのをやめ、夫に呼びかけました。

「私はここよ、もうシラミをとってあげられないわ。私は母さんの所へ行くの。さよなら。」

コレアンカ鳥は羽ばたくと、大空高く舞い上がり、やがて消えました。

男は悲しみと失望のあまり、とうとう病気になってしまいました。すっかり気力をなくし、自分の宿命をなげきました。そして薬の効きめもなく、この世を去ったのでした。

今でもコレアンカと鳥がなくと雨が降る、といわれています。というのは、娘の母親が死んだ時、マンディ(水浴)させなかったのでコレアンカ鳥になってからはずっとマンディさせてくれとなくからだそうです。

 


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