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ヤシの木デワ・カラドリ

テキスト提供:渡辺(岡崎)紀子さん

 

おおむかし、神々の住む国にサンヤンサクティという名の神がいました。彼には男の子が一人おりましたが、その子はたいそう醜い顔をしており、肌は汚らしく、お腹は突き出ていました。

サンヤンはそんな子どもがいることに恥じていました。そこでその子を神の国から地上へ降ろして、修業させ、地上を歩かせることにしました。

さてクジャン山におり立ったサンヤンの子どもは、大きな石の上に腹ばいになって、じっと動かずに修業していました。

ある日のこと、サンカンという名のお役人がこの山に登ってきました。そして修業している子どもを見てかわいそうに思い家に連れ帰ったのです。家に着くと、その子の身のまわりをていねいに整えるまで自分の子のように世話をするのでした。

男の子は毎日川で魚をとるのが好きになりました。カンカンでりの暑さと汚ない泥水の川で水浴びをするのとで、彼の醜い顔と汚ない皮膚はなおいっそうひどいものとなりました。

サンカン夫人はこの子のことをよく思っていませんでした。家に来た時からずっと好きになれませんでした。その子を見るだけで気味わるくなるのでした。でも面 には出しませんでした。追い出そうにも、夫があまりにも可愛がっているのでできません。

子どもがにげだすようにいろいろやってみましたがダメでした。しかし子どもはしだいにサンカン夫人が自分を嫌っているということに気づきました。これ以上ここに留まっていては、いつもつらい目にあわされると考えました。そしてついにサンカンの家を去ることにしました。彼はパクアンバラット国へ向かって飛び立ち、山の頂上におりると修業に入りました。

パクアンバラット国の王にはとても美しい娘がありました。名はタシック・ラランといいました。もう年ごろでしたがまだ結婚の相手を決めていませんでした。たくさんの王子たちが結婚の申込みにやってきましたが、みな断わっていたのです。

お腹の突き出た男の子も今ではすっかり成長し、若者になっていました。相変らずお腹は出っぱり、汚れた体をして、パクアンバラットの山の頂上でいっしんに修業をしていました。

ある日、この大太鼓の若者が「永遠の湖」でマンディをしていた時です。不思議なことが起こりました。この気味悪い体つきをした若者がマンディをし終わると、たくましい、立派な若者に変ったではありませんか。

たくましい体に変身した若者は、名前もたくましくプラブ・アノム・ムンデン・カワギと名のりました。

タシク・ララン姫の美しさを耳にすると、プラブ・アノムはさっそく結婚を申し込むためにパクアン・バラット王国へ出かけて行きました。

プラブ・アノムは国王に気に入られ、まもなくタシク・ララン姫と結婚しました。いづれ国王がなくなられれば、王位 を継ぐのは彼です。

王宮に数ヶ月滞在したプラブ・アノムは、兄弟に会うためにパラン・クジャンへ行きたいと王様に願い出ました。その兄弟の名はラト・バグス。実をいえば、兄弟ではなく親友でした。二人の友情の絆(きずな)が強いので本当の兄弟のようにしていたのです。

国王が許してくれたので、プラブ・アノムはタシク姫とパラン・クジャンへと向かいました。

数日が過ぎた時、プラブ・アノムはラト・バグスにいいました。

「なあ、ラト・バグス。私をしばらくの間ジャラディ山に行かせてくれ。あそこまでの旅は大変だから、妻は連れて行けない。ここに置いていくから、どうか妹だと思って面 倒をみてほしいんだ。修業がすんだら、すぐにここへ戻ってくるよ。」

「いいだろう」とラト・パグスは短かく答えました。ほんとうのことをいうと、一目見た時から、彼はタシク姫にひかれていたのです。プラブ・アノムのことばを聞いて、内心とても喜びました。プラブ・アノムが出かけてしまうと、さっそく彼はタシク姫を自分の妻にしてしまいました。姫は夫をとても愛していたので、いやがりましたが、どうしようもなかったのです。

プラブ・アノムは楽しく修業をしておりました。父のサンヤン・サクティに地上におろされたのは修業するためでしたから、宮廷で華やかに明け暮れしていても、彼は満足感にひたることができなかったのです。彼は修業を続けました。ジャラディ山での修業を始めてから、彼は名をデワ・カラドリと改めました。

七ヶ月後、彼はパラン・クジャンへ戻って妻といっしょに、パクアン・バラットの宮殿へ帰ろうと思いました。

パラン・クジャンに着くと、彼はラト・バグスの家へまっすぐ行く気になれませんでした。妻がラト・バグスの奥さんになっていることを知ったからです。彼は深い悲しみを味わいました。しかしラト・バグスを兄弟のように思っていたので、彼を責める気にはなれませんでした。怒りをかくし、愛する妻をラト・バグスに託しました。心を静めるため、彼は再び隠遁生活に入り、パラン・クジャンの町から近い、草原にある小屋の中で腹ばいになりました。

ラト・バグスの家来はデワ・カラドリが小屋で苦行をしていることを知りさっそくラト・バグスに知らせました。ラト・バグスは家来たちにデワ・カラドリを捕えて、殺すように命じました。家来たちは小屋を包囲しました。デワ・カラドリは抵抗しようとはせず、東南のほうへ逃げました。家来たちはずっと追い続けました。

タンジャカン・チバトまで来た時、デワ・カラドリは樹液を採っている一人の男に会いましら。名前はコンドイといいました。

「何故そう急いでいるんだね」と彼はききました。

「ラト・バグスの家来に追われているんです」とデワ・カラドリは答えました。「私を助けてください。」

「どうしたら助けられるんだね。私ひとりではとうていラト・バグスの軍勢にかないません。」

「それで、私はどうすればよいのです」となおもコンドイはたずねました。

「私をかくまってください。つかまらないようにかくまってくれさえすればいいのです。」

「いいとも、それだけなら」とコンドイはいいました。デワ・カラドリはゴミ捨て場の穴に横になり、ゴミをかぶせられました。

間もなくラト・バグスの家来たちがやって来てデワ・カラドリを探しました。

「おい、さっきここを通ったやつがいなかったか」と彼らは叫びました。

「いいえ」とコンドイは答えました。

「そんなはずはない。やつはこっちのほうへ逃げて来たのだ」と彼らはいいました。

「ほんとうです。私は見ませんでした」とコンドイははっきりいいました。「信じないなら自分たちで探してください。」

家来たちはあちらこちら探しまわりましたが見つけることはできず、パラン・クジャンへ戻って行きました。

敵が去ってしまうと、デワ・カラドリはゴミの穴から出てきました。

「コンドイさん、助けていただいてたいへん感謝しています。お礼のかわりにさしあげる物はなにももっていません。でもあなたのそのなみなみならぬ 好意に対して、私はただあなたが幸福で、仕事が順調にいって、金持ちになるよう、お祈りしています。」デワ・カラドリはちょっと話すのをやめ、しばらくしてこういいました。

「ただ、あなたをはじめ、あなたの子どもやお孫さんに覚えておいていただきたいことがあります。けっしてパラン・クジャンのラト・バグスの子孫を結婚するものではありません。彼は愛する私の妻を奪ったのです。私はのろう。」

コンドイはデワ・カラドリの忠告に従いました。現在でもコンドイの子孫であるチバト住民は衣食に不自由したことがなく、樹液採取者として生計をたてています。そしてパラン・クジャンの住民との結婚はいまでもタブーになっているのです。

デワ・カラドリはコンドイに忠告を与えると、どこへともなく消えてしまいました。何の音さたもなくしばらくすると、今度はチマスックに現れました。

チマスックの住民は大部分が豊かな生活をしており、家は大きくて、立派でした。デワ・カラドリは一軒の家を訪ねました。その家では一人の女がごはんをたいているところでした。

デワ・カラドリは空腹をよそおって、女に近ずいていき、声をかけました。「ご飯を分けてください。」

女は答えました、「ご飯はないよ、あるのはニラ(ヤシの発酵しない液)だけ、すっぱくならないようにちょっと煮たやつがね。」こういういいかたは依頼を拒否するためのものでした。

デワ・カラドリはそれでも引きさがらず「ご飯がないなら、そのニラでもいいですよ。」といいました。

女がたいていたごはんは、デワ・カラドリの神通力でたちまちニラになってしまいました。

「ウソをつくとそういうことになるんだよ、よく覚えておくことだ。お前は私をだました。私はその仕返しをしたのだ。チマスックのお前の子孫の畑には、これからさき稲は実らないだろう。これからはニッパヤシの葉だけで生計をたてるしかない。」

こんなわけで今でもチマスックの住民は米を作りません。苗が育たないのです。デワ・カラドリの祟りでしょう。彼らはニッパヤシを育て、それをタバコの葉用として売って生活しています。

デワ・カラドリは女のところをはなれると、どこへともなく消え去りました。

まもなく、デワ・カラドリは再び姿を現わし、パラカン・ダゴンというところで修業に入りました。

一方、バドイ族の長は、デワ・カラドリがパラカン・ダゴンに現われたことを伝え聞き、村の長老たちを集め、相談しました。三人の長老が集まり、バドイ族の長はその者たちに、それぞれ手下を連れてデワ・カラドリを探し、一刻も早く王座についてもらうよう、命令を下しました。

三人の長老たちはそれぞれ五人の手下をひき連れてきましたから、合計十八人でことにあたりました。

パラカン・ダゴンに着くと、彼らは石の上で修行中のデワ・カラドリに会いました。十八人もの一行を見たデワ・カラドリは驚きました。ラト・バグスの軍勢が自分を捕えにやって来たのかと思いました。

彼はすばやく立ちあがると、ものすごく大きな石を持ちあげ、一行にふりかざしながらいいました。「お前たちは何者だ。ラト・バグスの軍勢か。そうなら、すぐこちらへ来い、粉々にしてやる。」

十八人は皆、ひざまずいて、デワ・カラドリにおじぎをしました。一行のうちの一人がいいました。「いいえ、我われはラト・バグスの軍勢ではありません。ベオとケウシクとクルタワナから来ました。バドイ族の長から我われの王様になってくれるおかたを探すよう命じられたのです。」

それを聞いて、デワ・カラドリの怒りは静まりました。「そうであったか。だが残念ながら、私は地上の王になることができない。急いで神の国へ戻らなければならない。地上での私の仕事、即ち修業は終ったからだ。今日は、私が地上にいられる最後の日なのだ。地上を離れる前に、私はお前たちに忠告しておこう。お前たちはこれからさきよく気をつけて生活することだ。良い行いをし、老人を敬い、子どもたちをよく育てることだ。そうしていればいつも楽しく、平和に生きられよう。けっして先祖のいったことを破ってはならぬ 。例えば、盗みをしたり、人をだましたりしないこと、破った者は必ず不幸になるだろう。さあ、これまでだ。バドイ族の長にいいなさい。お前たちが私に会ったことをな。そして私が今いったことを伝えるのだ。」

こういうと、デワ・カラドリは消えてしまったのでした。

 


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