<ジャワの民話> 前のお話 次のお話

ヤシの木サンクリアン

    〜母を妻にしようとした青年〜

 

ダヤン・スンビ

天国に住む男の神と女の神がいました。彼らは悪い魔法を使ったため、裁きを受け、重い罰を与えられることになりました。

天国の最高支配者であるヒャン・バタラ・グルは、この二人の神の恩赦の要求を受け入れませんでした。彼は、この二人の神に罰として地上に降りるよう宣告しました。動物の姿で地上の困難と危険に満ちた生活を送る罰です。

この裁きを受けた男神はとても凛々しく、女神はとても美しい姿でした。しかし、彼らは地上に降ろされると同時に動物の姿に変えられてしまったのです。男の神は薄茶色の美しい毛並みのすばしっこい犬に姿を変えられ、地上のパラーヤガン王国に降ろされました。

パラーヤガン王国のスンギン・プルバンカラ王は、その犬の毛並みの美しさに惹かれ、そして、その犬の敏捷な動きをみるとその犬をとても気に入りました。そして、その犬をトゥマンと名付け、自分の飼い犬にしました。

一方、女神の方は、深い森の中に降ろされました。彼女は太ったメスのイノシシの姿に変えられていました。森の中での生活は、常に危険にさらされ、とても厳しいものでした。少しでも気を緩めると、獰猛な動物達の餌食にされてしまったり、狩猟者の獲物にされてしまいます。

イノシシとして大密林の中で生きていくのは、とても困難で、また危険でもありました。自由に食べ物を探しまわることすらできません。

ある日、イノシシの姿の女神はのどが乾いてしまったので、用心深く巣を出て、巣から離れたところにある泉に行こうとしました。しかし、途中で、ますますのどが乾いてきてしまいました。彼女が木の間をすりぬ けて歩いて行くと、水の入った椰子の殻が転がっているのを見つけました。彼女は、その水を飲み干しました。

その椰子の殻に入っていた水は、普通の水とは味が少し違いました。しかし、のどの乾きはおさまったので、彼女は感謝しました。それどころか、水を飲んだだけなのに、食べ物をたくさん食べたかのようにお腹も一杯になりました。彼女は満足して、また自分の巣に戻って行きました。

その椰子の殻の水は、実は、水ではなかったのです。それは、パラーヤガン王国のスンギン・プルバンカラ王の小便でした。王は狩の最中、急にトイレに行きたくなってしまい、茂みの中で用をたしました。それが、偶然、椰子の殻に入ってしまったのです。

その椰子の殻の水を飲んで、イノシシの姿の女神は自分の体に変化を感じていました。お腹が次第に膨らんできたのです。妊娠していたのでした。彼女は何もしていないのに妊娠してしまったので、とても驚きました。

次第にお腹は大きくなり、そして、赤ん坊が生まれました。不思議なことに、その赤ん坊はイノシシではなく、小さな人間の女の子でした。彼女はその赤ん坊を育てることはできないと思い、心はとがめましたが、その子をその場に置き去りにしました。

その小さな赤ん坊は泣き叫びました。その泣き声は、森中にこだましまし、森の住民達はみな驚きました。普段は森閑とした森の空気も、赤ん坊の泣き声で打ち破られました。

ちょうどそのとき、スンギン・プルバンカラ王は狩の最中でした。彼は、数人の護衛官に守られながら狩をしていました。彼の護衛官の大部分は狩猟者です。彼らは朝から森の中を隈なく獲物を探しまわったのですが、獲物はまだ1匹も見つかりませんでした。いつもは、鹿や豚ならすぐに見つけることができるのですが、その日はハエ1匹見あたりませんでした。王も護衛の者たちも皆不思議に思いました。もう日が高くなるのに、獲物が1匹も見つからないのです。みんなもうあきらめかけていました。

そのとき、赤ん坊の泣き声が聞こえてきました。最初は、ただの聞き違えで、木の葉が風にそよぐ音か何かだろうと思っていました。しかし、よく耳を済まして聞いてみると、それは本当に赤ん坊の泣き声でした。

「人間の赤ん坊か?」と、王は額にしわをよせて、小さい声で言いました。護衛の者たちは、その泣いている赤ん坊はお化けか悪魔の子に違いないと思い、恐ろしくなりました。

スンギン・プルバンカラ王は、その泣き声が気になって、護衛官達に赤ん坊の泣き声のする方へ行って見てくるように命じました。彼らは用心深くその声のする方へ近づきました。すると、枯葉の上に仰向けになって手足をばたばたさせながら泣き叫んでいる人間の赤ん坊がいたのでした。彼らは、びっくりしましたが、その赤ん坊の体から発せられる光を見ると、魔法にかけられたかのようになってしまいました。

王は、その赤ん坊をよく見ました。そして、その赤ん坊が確かに人間の子だと分かると、可哀想な赤ん坊に同情し、赤ん坊を優しく抱き上げ、膝の上にのせました。すると、赤ん坊は泣き止みました。

「これはきっと神様から私への贈り物に違いない!」と、王は喜び叫びました。「私はもう何年も何年も子供を待ち望んでいたのだ。私の妃から産まれた子供ではないが、ついに私は子供を手に入れたのだ。ああ、なんて、初々しく可愛いのだろう!それにこのかわいらしさは光輝いているではないか。これは、この子が将来、王国中で一番の美人になるという証拠に違いない。美しい。この子は周囲の王国にまでその香りが届くほどの芳しい我が王国の花になるぞ。ハハハ!私はなんて幸運なのだろう!」

幸せな気分で王はその子を連れて宮殿に帰りました。王の妃も、その赤ん坊を見ると驚きましたが、我が子のようにやさしく抱き上げました。

狩りがうまくいかなかった悔しさも、かわいらしい赤ん坊が来たことで、どこかへ吹き飛んでしまいました。王も妃も幸せそうでした。皆、神に感謝しました。そして、その赤ん坊を愛情をもって実の我が子のように大事に育てると誓いました。そして、その赤ん坊をダヤン・スンビと名づけました。

王はとても幸せだったので、王国の人々に贈り物を分け与えました。そして、彼は自らダヤン・スンビの養育係を数人選び、宮殿に呼びました。そして、さらに40日間にわたって感謝の儀式がとり行われました。

パラーヤガン王国の人々も一緒になって喜びました。彼らもまたダヤン・スンビ姫が国王や王妃に対して従順で、王国に対しても忠誠を尽くす娘に育ってくれるようにと祈りました。

 


 

ガルガ王のプロポーズ

ダヤン・スンビは健康にすくすくと育ちました。彼女はとても美しいパラーヤガン王国のお姫様に成長しました。まるで、芳しく花開いた1輪の花のようでした。王と妃は彼女にたくさんの愛情をそそぎました。

王国の人は誰もが彼女を褒め称えました。彼らはお喋りをするたびに、彼女の美しさを褒め称えるのでした。

ダヤン・スンビも自分の美しさに気づいていました。しかし、高慢な態度をとるということは全くなく、いつも謙虚でした。彼女は王と妃の言うことをよく聞きました。そして、誰に対しても尊敬の念をもってやさしく接しました。彼女は小さい頃から織物がとても上手でした。大人になるにつれ、織物の腕もさらに上達しました。

そして、成長するにしたがって、ますます彼女の美しさは輝きを増しました。彼女を見る者は皆、彼女に惹かれました。多くの若者達が彼女の虜になりました。しかし、彼女はまだ彼らに対して心を開こうとはしませんでした。毎日毎日彼女は彼女のために建てられた織物小屋で熱心に機織りをしていました。

神の化身のトゥマンは、ダヤン・スンビの忠実な友達でした。ダヤン・スンビがどこへ行くにも、トゥマンはいつも彼女の後を追って行きました。

ダヤン・スンビが機織りに夢中になっているときも、トゥマンはいつもそばにいました。トゥマンは、その静かな織物小屋の台の下や柱のそばで寝そべっていました。トゥマンには、ダヤン・スンビの操る機織り機の音が心地よい歌のように聞こえました。

ダヤン・スンビの美しさは、周囲の村にまで伝わりました。その噂は、ガルガ王国のガルガ王にまで伝わりました。

ガルガ王国は、広さの点ではパラーヤガン王国と大差ありませんでしたが、兵力ではパラーヤガン王国をはるかに勝っていました。ガルガ王国にはよく訓練された兵士がたくさんいました。

ダヤン・スンビの美しさについての噂を聞くと、ガルガ王は彼女に惹かれてしまいました。彼には妻もたくさんの妾いましたが、それでも彼女に夢中になってしまいました。そして、宰相に命じて、ダヤン・スンビの美しさが本物か調べさせることにしました。

偵察隊を連れて、ガルガの宰相はこっそりとパラーヤガン王国へ出発しました。そして、宰相はダヤン・スンビを間近で見るのに成功しました。彼は美しいダヤン・スンビを見ると、神の国から舞い降りた天使でも見たかのように、空いた口がふさがりませんでした。彼は早速、国王に報告しました。

「それならば、スンギン・プルバンカラに私からの求婚を伝えてきてくれ。」と、その報告を聞いたガルガ王は言いました。

「しかし閣下、スンギン・プルバンカラ王は閣下の状態を知っています。」と、宰相は不安げに答えました。

「つまり、彼は私に妻と大勢の妾がいるということを知っているとでもいうのか?」

「はい、閣下。」

「ふむ、それならば、ダヤン・スンビが私の求婚を受けるというのなら、妻や妾達を追い出してしまおう。しかし、もしも私の求婚を断るというのなら、パラーヤガン王国に攻め込んでやる。そして、王国をぶち壊してやる!」

ガルガの宰相は、また再びパラーヤガン王国に出かけました。今回は、きちんと盛装をし、大臣や選りすぐりの兵士達を付き人として従えて行きました。そして、ダイヤモンドやその他の宝石など高価な品々をダヤン・スンビへの求婚にあたっての貢物として運びました。

スンギン・プルバンカラ王は、ガルラ王の結婚の申し出を憂鬱な気持ちで聞きました。心の中では不安と恐怖が入り混じっていました。断りでもしたら、大変なことになってしまうでしょう。ガルガ王は怒り、残酷な行為に出るでしょう。しかし、承諾したところで、ダヤン・スンビは妻のある王の妃になることなど嫌がるに違いありません。ましてやガルガ王は妾がたくさんいることで知られているのです。それに、性格も荒々しく、暴力的です。

しかし、スンギン・プルバンカラはとても賢明です。彼は品よくこのように伝えました。

「ガルガの宰相、この私の答えをガルガ王にお伝え下さい。この求婚の話しは、私にとりましてはとても光栄でございます。しかし、ダヤン・スンビはまだ成人を迎えておりませんので、現段階ではお返事しかねます。ダヤン・スンビが成人を迎えるまで、もう1年待っていただけないでしょうか。ダヤン・スンビも成人すれば、きっとガルガ王の求婚を快くお受けするでしょう。」

「王様、王様のご意志は、わたくしが閣下に責任を持ってお伝えします。」と、ガルガの宰相は答えました。そして、挨拶をすると、ガルガ王国に帰って行きました。

ガルガ王も、その丁重な断りの言葉を怒りもせず聞き入れました。彼は1年待つことにしました。しかし、1年待っても無駄 だったときにはパラーヤガン王国に攻め入って、王国を完全に潰してしまうつもりでいました。

スンギン・プルバンカラ王と妃は、ガルガ王が怒らないで彼らの言うことを聞いてくれたので安心しました。しかし、それから、1年後もダヤン・スンビがガルガ王にとらわれないですむようにと祈りつづけました。

とても暑い日のことでした。太陽の強い光が大地を照り付けました。

機織りをしていたダヤン・スンビは突然体が熱くなってしまい、機織りをする気力もなくなってしまいました。体がとてもだるくなりました。機織りの手を休め、体から熱が逃げるように、横になりたい気分でした。

しかし、彼女は機織りを続けました。突然、糸巻きが彼女の手から滑り落ち、機織り小屋の下に落ちてしまいました。ちょうどトゥマンが寝そべっている辺に落ちました。

トゥマンは驚いて飛び起きました。そして、舌を出して、その糸巻きをじっと眺めていました。その糸巻きで何をしようかと考えているようでした。

ダヤン・スンビも糸巻きなしでは機織りができないので、手を休めました。彼女はため息をついて機織り小屋の下をのぞきました。糸巻きを拾いに下へ降りようとしたのですが、体が疲れてしまっていて、下へ降りる元気もありませんでした。

「ああ、誰かがその糸巻きを拾ってきてくれないかしら。そしたら、その人に感謝するわ。そして、その人が男の人だったらその人を私の夫にするし、女だったら私の姉妹にしたいわ。」と、額の汗をぬ ぐいながらダヤン・スンビは小さな声で言いました。

これはダヤン・スンビの本心から出た言葉でした。彼女は本当に下へ糸巻きを拾いに行くのが嫌だったのです。本心から誰かの助けを望んでいました。

機織り小屋の下にいたトゥマンは、はっきりとこの言葉を聞きました。トゥマンは耳をぴんと立てました。トゥマンは起きあがって糸巻きの方へ行き、それを口にくわえて小屋のはしごを上りました。

ダヤン・スンビはびっくりしました。彼女は目をまん丸にして、糸巻きを口にくわえて持って来てくれたトゥマンを見つめました。トゥマンがその糸巻きを彼女の膝の上に置いたときには、彼女は息が止まりそうでした。

「ああ、神様!」彼女はさっき自分が言ったことを思い出して叫びました。「この犬は私に忠実だけれど、でも、私を助けてくれたのが犬ではなく人間だったらよかったのに。」彼女は後悔で胸が痛み、泣き出してしまいました。さっきの小言で心がずたずたになってしまいました。

トゥマンは立ったまま呆然と瞬きもせず、ダヤン・スンビを見つめました。トゥマンは目で約束を守ってくれと言っているかのようでした。

ダヤン・スンビは泣き止みました。そして、鳥肌が立ちながらもトゥマンをじっと見つめました。すすり泣くように肩を震わせていました。

「トゥマン!お前は私の夫になることはできないのよ!」ダヤン・スンビは叫びました。トゥマンと視線があうと、突然吐き気に襲われました。彼女は知らぬ 間に膝の上の糸巻きをつかみ、トゥマンめがけて投げていました。

トゥマンは糸巻きを投げつけられ、痛くて声をあげました。そして、鳴きながらはしごを降りて行きました。ダヤン・スンビも後を追いかけました。そのとき、奇妙なことが起こりました。悲鳴を上げてはしごを駆け下りていったトゥマンが、ダヤン・スンビの目の前で一人のたくましく凛々しい武士に姿を変えたのです。その武士は宝石の散りばめられたきれいな鎧を身に着けていました。

ダヤン・スンビは驚きと恥かしさの入り混じった気持ちでした。そして、これが夢ではないと分かると、さらに驚き、また恥かしい思いでした。

「ダヤン・スンビ、そんなに驚かないでおくれ。僕はトゥマンだよ。」と、その武士は微笑みながら言いました。「僕は神なのだが、大きな罪を犯し罰を受けているところなんだ。」

ダヤン・スンビはびっくりしてしまいました。彼女が言葉を発する前に、その武士はまたトゥマンの姿にもどってしまいました。


 

サンクリアン

ダヤン・スンビはもう、ためらうことはありませんでした。トゥマンは本当は犬ではないのです。彼女の目には、トゥマンは犬ではなく罰を受けている一人の神として映りました。それ以来、彼女はもうトゥマンを汚いと思うこともありませんでした。トゥマンとの約束を守ることにも吐き気も嫌気も感じませんでした。

ダヤン・スンビとトゥマンは夫婦のような関係になりました。そして、まもなく、ダヤン・スンビは妊娠したのです。

王も妃もダヤン・スンビが妊娠したのを知ると、とても驚きました。彼らはそのお腹の中の子の父親は一体誰なのか、と問いただしました。しかし、ダヤン・スンビは答えませんでした。トゥマンが自分の夫だと言っても信じてもらえるわけがないと思ったからです。

王は怒り、また恥かしく、顔にどろを塗られたような思いでした。そして、彼はダヤン・スンビを森の中に捨てることにしました。そして森の中に小屋を建て、そこに彼女を置き去りにしました。ダヤン・スンビはその父からのお仕置きを気丈な心で受けました。

ダヤン・スンビは森の中の小屋で暮すことになりました。しかし彼女は怖くも寂しくもありませんでした。トゥマンがついていたからです。トゥマンが魔法の力を使って何でも出してくれるので、彼女は物がなくて困るということもありませんでした。犬の姿をした神様の魔法のおかげで、彼女はその小屋の中でなに不自由なく落ち着いて暮すことができました。お腹の中の子も大きくなってきました。

そして、子供は無事に生まれました。神様の力が助けてくれたかのようでした。赤ん坊は、つややかな肌の顔立ちのよい男の子でした。彼女はその子にサンクリアンという名前をつけました。

そして、彼女はサンクリアンをとても可愛がって育てました。必要なことはすべてトゥマンがやってくれました。サンクリアンはすくすくと健康に育ちました。

 

あっという間に時が過ぎ、ガルガ王の求婚に対して答えをだす約束の時がきました。

ガルガ王は求婚に対する答えを聞くために宰相を送りました。しかし、ダヤン・スンビはもう宮殿にはいないと返事が返ってきたのです。それにはガルガ王も怒りました。

「ダヤン・スンビが消えてしまったなんていうことがあり得るはずがない!」ガルガ王は怒って言いました。「きっと私の妃になるのが嫌で隠れているに違いない。おい、宰相!兵士を集めよ。そしてパラーヤガン王国に攻め込んで、更地になるまでぶち壊せ!」

ガルガ王は鎧で身をかためて、パラーヤガン王国に向けて出陣しました。両脇に宰相と司令官、そして後ろには全兵士を従えていました。多くの兵士が整列してパラーヤガン王国に向けて進みました。最前列には戦旗を掲げたたくましい体格の兵士が並びました。

スンギン・プルバンカラ王は、ガルガ王が攻め込んできても、驚きませんでした。彼はすでにガルガ王の攻撃に備え、兵士を用意していました。力ではガルガ王国にはるかに劣りましたが、それでも、なかなか降伏しようとしませんでした。パラーヤガン王国の兵士達は、降伏するよりは死んだ方がましだという意志で、果 敢にガルガ王国の兵士に立ち向かいました。スンギン・プルバンカラ王は、ガルガ王が攻め込んでくる前に、女と子供を王国の外に避難させておきました。

「おい、スンギン・プルバンカラ!もしも、王国や国民を愛しているのなら、ダヤン・スンビをこちらによこせ!」とガルガ王は大声で叫びました。

「ダヤン・スンビはもうこの宮殿にはいない!」とスンギン・プルバンカラは叫びました。「たとえ、ダヤン・スンビがここにいたとしても、そう簡単にお前になど渡すものか。ダヤン・スンビにもお前の求婚を受けるか拒否するか決定する権利があるんだ。それも、お前が礼儀をわきまえて求婚した場合だけだがな!」

「無礼者!死にたいのか!」ガルガ王は兵士達に向かって叫びました。「進め!パラーヤガン王国をぶち壊せ!」

ガルガの軍隊はいろいろな方向から攻め込みました。そして、兵士が次々とパラーヤガン王国になだれ込みました。

スンギン・プルバンカラ王も自分の兵士達に防衛体制につくように命じました。弓矢隊が出動し、敵をめがけて矢を放ちつづけました。

激しい戦闘が繰り広げられました。ガルガ王国の兵士達は、敵陣の厚い防御に苦しみました。両方の兵士が衝突し、武器と武器がぶつかる音がそこらじゅうで鳴り響きました。そして、多くの兵士が命を落としました。また、盾を剣で突く音や死の叫びがあたりを包みました。血が大地を赤く染め、そして、ごろごろ転がっている死体も血まみれでした。

両陣営とも意志が高く、戦闘は激しさを極めました。相手を倒そうと、取っ組合いにもなりました。両陣営とも相手を倒して戦闘に打ち勝とうと必死でした。

しかし、ガルガ王国と比べ、パラーヤガン王国は戦闘力ではるかに劣っていたので、次第に陣地が狭くなってきました。そして、ついに完全に包囲されてしまいました。勝てる望みも薄くなってきました。

スンギン・プルバンカラ王は、ガルガ王と直接剣を交えることになりました。特別 な時のために用意しておいた武器を用い、激しい戦いになりました。両者ともいろいろな作戦を使って巧みに戦いました。しかし、スンギン・プルバンカラは劣勢に立たされました。そして、ついに、ガルガ王の剣に刺され、命を落としました。

スンギン・プルバンカラが死んだということは、パラーヤガン王国がガルガ王の手に落ちたということです。宮殿もなにもかも、パラーヤガン王国にあったものはすべて跡形もなく壊されました。ここに、後世に何も残すことなく、パラーヤガン王国の歴史は幕を閉じたのです。


 

サンカララナ

サンクリアンは凛々しい少年に成長しました。体もとても頑丈で丈夫でした。体が同じ年の子に比べてとても大きかったので、もう子供のようには見えませんでした。彼はとても賢い子供でした。ダヤン・スンビも彼をとても可愛がりました。

サンクリアンは狩をするのが好きでした。毎日のように彼はトゥマンと一緒に森の中で狩をしていました。彼はトゥマンが自分の父親であるということを知りませんでした。

ある日、ダヤン・スンビは小鹿の心臓が食べたくなりました。そのため、サンクリアンに小鹿を捕まえてきてくれるように頼みました。

サンクリアンは、「分かった」と言い、森の奥に出かけて行きました。いつものようにトゥマンも一緒でした。

「おい、トゥマン、小鹿をたくさん捕まえて来よう。お母さんが満足するぐらいにね。」と、サンクリアンはトゥマンの背中をなでながら言いました。

しかし、おかしなことに、その日はなかなか獲物が見つかりません。小鹿なんて全く見当たりませんでした。ハエすらもいません。豊かな森で、普段は動物もたくさんいるのに、その日は動物がまったくいないかのように静まり返っていました。彼はいらいらしてきました。体が汗ばんできました。

長いこと森の中を歩き回って、ようやくサンクリアンは1頭のイノシシを見つけました。彼はすぐに槍の準備をしました。

「トゥマン、小鹿がいないのだから、イノシシで我慢しよう。」と、サンクリアンはトゥマンに言いました。「ほら、イノシシを追いかけて、槍の届くところまで追いこんでくれ!」

トゥマンはうなずき、イノシシのほうへ走って行きました。トゥマンはそのイノシシのそばまで行くと、驚きました。そして、ゆっくりと歩み寄りました。獲物を追いかける時のするどく敏捷な動きは消えてしまいました。

イノシシも恐怖感を感じませんでした。逃げようとも自分の身を守ろうともしませんでした。イノシシは黙って恥かしそうにトゥマンを見つめました。

そのイノシシはトゥマンと同じように罰で動物の姿に変えられている女神だったのです。長いことお互い離されていた二人は、今、動物の姿で再会したのです。二人とも感激していました。しかし、このことを理解できるのは二人だけです。サンクリアンはそれを見て、さっぱり理解できませんでした。

「おい、トゥマン!なに黙ってるんだ?早く飛びついてこっちに追いこんでくれ!急げ。もう僕の方は槍の準備ができているんだから!」サンクリアンは、我慢ができなくなって、叫びました。

いつもはちゃんとサンクリアンの言うことを聞くトゥマンでしたが、今はサンクリアン言うことなど全く聞こえていないかのようでした。そして、そのイノシシを無事に逃がしてやりました。

サンクリアンは怒りました。「おい、イノシシを逃がすなよ、トゥマン!ほら、早く飛びかかれ!」と、彼は叫びました。

しかし、トゥマンは黙っていました。イノシシの姿が茂みの中に見えなくなるまで、ずっと目で追っていました。

サンクリアンは怒って、トゥマンのところへ飛んできました。

「全く、犬ってやつは何もわかっていないんだ。もうすぐおかずが手に入るところだったのに、目の前でみすみす逃がしてしまうなんて!」と、サンクリアンは怒って言いました。そして、彼は手に持っていた槍を高々と上げると、「お前がイノシシを逃がしたんだから、お前がその身代わりになれ!」と言い、トゥマンの体めがけて槍を投げたのです。トゥマンは、まさかサンクリアンが自分に槍を投げるとは思ってもいなかったので、槍をかわすこともできませんでした。そして、槍はトゥマンの体に突き刺さり、トゥマンはキャンと鳴くと、地面 に崩れ落ちました。

「お前の心臓は、お母さんの欲しがっていた小鹿の心臓の代わりだ。」と言って、サンクリアンはナイフでトゥマンの腹を切り裂きました。

「お前がとってきてくれたこの小鹿の心臓はとてもおいしいよ、サンクリアン。」ダヤン・スンビは、トゥマンの料理された心臓を食べると、そう言いました。「ちょっと可哀想だけどね。」

「いつもは鹿ぐらいすぐに見つかるんだけど、今日は全くみつからなかったんだよ、お母さん。」と、サンクリアンは母親の視線をかわしながら言いました。「明日はたくさん捕まえてくるから、我慢してね。」

「明日も狩に行くの?」

「そうだよ。」

「もう、いいのよ。鹿の心臓は、これ1つでもう十分だから。明日はゆっくり休みなさい、サンクリアン。」

食事を済ませると、ダヤン・スンビはいつものようにトゥマンにご飯を持っていきました。しかし、驚いたことに、トゥマンの姿が見ありませんでした。彼女は、ふとサンクリアンが狩から帰ったとき、トゥマンが一緒でなかったのを思い出しました。

「サンクリアン、トゥマンはどこ?」ダヤン・スンビは聞きました。

サンクリアンは大きく息を吸って、言いました。「あの犬はもう役立たずだよ、お母さん。捕まえたも同然だった獲物を逃がしてしまったんだよ。だから、もう、あの犬のことは忘れなよ。」と、彼はきつい口調で言いました。

「サンクリアン、どういうこと?」

サンクリアンは、自分がトゥマンに何をしたか言いたがりませんでした。彼は話題を変えようとしました。しかし、ダヤン・スンビはしつこく聞きました。そして、ついにサンクリアンは事実をすべて話しました。

「それじゃあ、... 私がさっき食べたのはトゥマンの心臓なの?」

「そうだよ。どうして、お母さんはそんなに怒るの?お母さんにとってトゥマンは何か特別 な意味があるとでもいうの? あの犬はもう本当に役立たずなんだよ。信じてよ。」

「お前は、何も知らないで!」と怒って、ダヤン・スンビはしゃもじをつかんででサンクリアンをたたきました。それがちょうど彼の額を直撃し、血が流れました。

サンクリアンは痛さのあまり、叫び声をあげ、泣き出しました。彼は、母親がトゥマンのためにこんなに本気で怒るとは思ってもいませんでした。彼は心の中で、母親は自分よりトゥマンのほうが大事なのかと問い掛けました。

「親不孝者め!ここを出て行きなさい!」と、ダヤン・スンビは怒り狂ったかのように怒鳴りました。彼女は、彼が彼の父親が実はトゥマンであるということを知らないのを忘れていました。

「早く出て行って!どこか遠くへ行ってしまいなさい!」

サンクリアンは母親が本気で言っているのだと確信し、何がなんだかわからないまま、家を出ました。額の傷の痛みに耐えながら、歩いて行きました。彼は行く当てもなく、ただまっすぐ歩いて行きました。

サンクリアンが家を出て行ってしまうと、ダヤン・スンビは泣き叫びました。そして、ベッドに横になりながらずっと泣きつづけました。

「おかしいよ! お母さんはぼくよりトゥマンのほうがかわいいみたいじゃないか。どうして?」サンクリアンは歩きながら、ずっとその質問を繰り返していました。彼は、傷の手当てをしようと思い立ち止まりました。そして、葉っぱを柔らかくなるまでもんで、それで傷の手当てをしました。

額の傷は大きく深かったので、きっと治っても跡はなかなか消えないでしょう。サンクリアンは歩きつづけました。彼は、自分には理解できなかった母親の態度を思い出すと、心が痛みました。

寒さ暑さが彼の体を突き刺しました。空腹感やのどの乾きも容赦なく彼を襲ってきます。彼の足もなかなか進まなくなってきました。それでもサンクリアンは歩きつづけました。ついに足が棒のようになってしまいました。彼はどれぐらい歩いてきたのかも分かりませんでした。しかし、かなり遠くまで来たことだけは確かでした。それから力尽きて倒れてしまいました。彼は、意識をなくして地面 に横たわっていました。偶然その場所は修行僧達が修行を行う所の近くでした。

彼は目を覚ましました。しかし、記憶を失っていました。自分が誰かさえ分かりませんでした。彼はただ、自分が今修行のための洞穴にいて、目の前にとても賢明そうな年老いた修行僧がいるということしか分かりませんでした。

「ここは一体どこですか?私は誰ですか?そしてあなたは誰ですか?」サンクリアンはその修行僧に聞きました。

修行僧はサンクリアンを見て同情しました。彼はサンクリアンが記憶を失っていると気づきました。自分自身のことさえも分からなくなっていたのです。しかし、彼はサンクリアンの体が再び元気になったのを見て喜びました。修行僧の手当てのおかげで額の傷もすっかり良くなりました。

修行僧はサンクリアンの顔立ちを見て、この青年が普通 の人間ではないことを悟りました。彼はサンクリアンには青の血が流れているに違いないと思いました。つまり高貴な人の子孫です。そのため、彼はサンクリアンを鍛え上げて、様々な魔術や護衛術を仕込むことにしました。

「若者よ、わしの養子になりたいか?」と、修行僧は聞きました。

「ええ、もちろんです。でも、私は一体誰なのですか?」サンクリアンは言いました。

「やがて自分が誰なのかはっきりと分かるさ。大事なのは、わしの言うことをきちんと聞くことだ。わしがお前をたくましい青年にしてやる。」

「はい、あなたの指示に従います。」

「それでよい!それではお前をサンカララナと名づけよう。それでよいか?」

「ええ、もちろんです。これから私の名前はサンカララナですね。」

その日から早速、修行僧は熱心にそして厳しくサンカララナを鍛え始めました。サンカララナはとても賢く、修行僧の教えや訓練を全てすぐに理解してしまいました。護衛術や魔術やその他の学問もサンカララナは全て完璧に習得しました。

月日が過ぎ、あっという間にサンカララナはもう10年も修行を積んでいました。すでに彼は立派な青年です。力強く、たくましく、魔術も身につけ、そして顔立ちもとても良い青年に成長しました。修行僧もとても満足で、幸せで、誇らしい気分でした。

 


 

ガルガ王国の敵

修行僧はサンカララナにいくつかの試験を与えました。サンカララナはそのすべての試験に合格しました。すると、修行僧は言いました。「私の指導もこれでおしまいだ、サンカララナ。これからは自分でその教えを実践していくのだ。南を目指して旅に出よ。きっと、お前は誰かの指示、実はお前自身の指示であるが、それに出会うであろう。」

サンカララナは修行僧に敬意を表し、尊敬の念をもってかれの手にキスをしました。そして、言いました。「私はあなたの命令には何でも従います。」

翌朝、サンカララナはすぐに出発しました。

修行僧は修行地の門のところまで彼を見送り、そして祈りながら彼を送りだしました。

サンカララナは南を目指して歩いて行きました。それから、疲れを知らずに早く歩くことのできる魔術を試してみました。短時間で彼は修行地からかなり遠く離れた場所まで来ました。気がつかないうちに彼は北の方へ方向転換していました。彼はそのまま疲れを知らずに歩きつづけました。そして、ガルガ王国に到着しました。

そのときのガルガ王国はとても重々しい空気がただよっていました。王の娘が悪魔にさらわれて、王は悲しみにうちひしがれていました。王は、懸賞をつけて姫を探しました。つまり、姫を無事に救い出したものが男であれば姫の婿にし、女であれば姫の姉妹にするというのです。

多くの武士達がそれに参加しました。しかし、成功した者は一人もいませんでした。皆、その悪魔に殺されてしまいました。

サンカララナもその懸賞に参加しようと思いました。彼はすぐに願いでて、必要な指示を受けました。そしてその悪魔の巣を目指しました。

サンカララナが悪魔の巣を目指して進むと、悪魔は様々な罠を仕掛けて彼を待ち受けました。しかし、サンカララナは魔術を使って、いとも簡単にその罠をくぐり抜けました。悪魔はそれに怒って、無鉄砲にサンカララナに襲いかかりました。しかし、悪魔はサンカララナが、今までに見たことのないほどの強力な魔力をもっているのを知って驚きました。そして、お互いに魔力を用いての激しい取っ組み合いになりました。二人の強い力で、悪魔の巣もめちゃくちゃになりました。激しい戦いの末、サンカララナは悪魔を打ち倒しました。

悪魔は泣きわめいて、渋い顔でサンカララナに許しを請いました。

「どうか、お願いです。魔法を使うのはもう勘弁してください。何でも言うことを聞きますから。」と、悪魔は途切れ途切れに言いました。

「よし、勘弁してやろう。しかし、よく聞け。私の言うことを何でも聞かなければならないのだぞ。一切否定してはならぬ 。さあ、ガルガの姫を私に渡せ。」と、サンカララナは言いました。

「かしこまりました。」と敬意を表して言うと、悪魔は姫を連れてきてサンカララナに引き渡しました。

ガルガの姫はサンカララナに心からお礼を言いました。

「あなたは誰?」と、とても美しい姫は微笑みながらやさしい口調で言いました。

ガルガの姫はとても美しい人でした。サンカララナはうっとりと彼女を見つめていました。彼女の質問も聞き逃してしまうところでした。彼女の美しさに胸がときめきました。

「サンカララナです。」と彼は答えました。そして、彼女の手を指でつついて合図して、悪魔の巣を後にしました。「宮殿へ帰りましょう。王様もあなたの帰りをもう待ちきれないでしょうから。」

王も妃も姫が無事に戻ったのを見て、大喜びでした。宮殿に使える人々も、国民達もみな喜びました。彼らは姫とサンカララナを大きな歓声で迎えました。

サンカララナは英雄になりました。人々から尊敬を集めました。そして、国民は皆、姫がサンカララナと結婚することを望みました。姫自身も凛々しく勇敢な命の恩人に恋をしているようでした。

「サンカララナ、私はきちんと約束を果たすぞ。」と、ガルガ王は言いました。「お前を婿、つまり姫の夫として迎えよう。しかし、その前にお前の生い立ちについて話してくれないか。婿に迎えるのには、その者の両親や出身国を知っておかねばならないのだよ。」

サンカララナは不安に襲われました。

「お許し下さい、閣下。私自身、自分の生い立ちを知らないのです。私が知っているのは、ただ自分が修行僧の養子であるということだけなのです。」と、サンカララナは答えました。

「サンカララナ、私のような国王が、一体どうして由来の知れない者を婿にできよう。ふむ、それでは、許してくれ。お前を姫の婿とすることはできない。」

「王様は約束を破るというのですか?」

「仕方がないだろう!」

サンカララナは怒り、手を握り締め、大理石のテーブルを力いっぱいたたきました。テーブルは壊れてしまいました。ガルガ王も大臣達もそのサンカララナの力を見て驚きました。

「ガルガ王、約束を破るというのなら、見ていろ!お前の王国をめちゃめちゃに壊してやる!」サンカララナは怒り狂って怒鳴りました。

ガルガ王も怒り、「護衛の者ども、この礼儀知らずのサンカララナを捕らえよ!急げ!牢やに入れてしまえ!」と、叫びました。

数人の兵士が同時にサンカララナを捕らえようと駆け寄りました。しかし、サンカララナはじっとはしていません。彼はすばやく身をかわし、ものすごい勢いで暴れまわりました。宮殿の柱を倒し、壁をぶち破り、宮殿中のものを蹴って殴ってめちゃめちゃにしました。

宮殿にいた人たちは恐怖のあまり悲鳴をあげました。宮殿は大地震に襲われたかのように大きく崩れ、逃げ遅れた者たちは宮殿の柱や壁の下敷きになりました。

ガルガ王はサンカララナに襲いかかりました。サンカララナはガルガ王の攻撃をがっしりと受け、激しい戦いが始まりました。しかし、それも長くは続かず、ガルガ王は、あっという間にサンカララナに殴り殺されてまいました。そして、宮殿の残骸の中に埋もれました。

サンカララナはそれでも、怒りがおさまりませんでした。彼は魔力を使って王国中のあらゆる建物を住人も含めて全て壊しました。一瞬のうちにガルガ王国は崩壊しました。王国中のものはすべて跡形もなく消えました。それは、パラーヤガン王国の最期と同じような光景でした。

ガルガ王国を滅亡させると、サンカララナは北の方へ旅を続けました。彼は自分のルーツを探そうとしていました。

ガルガ王国を後にして、長いこと歩きつづけると、彼は森につきました。彼は驚きました。見覚えのある風景だったからです。ここで住んでいたことがあるような気がしていました。そのとき、突然、悲鳴が聞こえてきました。サンカララナは急いでその悲鳴の方へ行きました。

悲鳴をあげていたのは、一人の少女でした。獰猛そうなサイが彼女に襲いかかろうとしていました。

サンカララナはその少女の美しさに、頭がぼうっとしてしまいましたが、すぐに気をとり直し、サイの脇へジャンプしたかと思うと腹をつかんで高々とサイの体を持ち上げました。

恐怖に震えていた少女は驚きと賞賛の入り混じる気持ちでサンカララナを見ました。彼は重いサイの体を軽々と持ち上げ、投げ飛ばしてしまったのです。サイは岸壁に投げつけられ、そのまま二度と動くことはありませんでした。


 

タンクバン・プラフ山

少女はサンカララナにお礼を言いました。「あなたが助けに来てくれなかったら、私の命は今ごろどうなっていたことでしょう。あなたのお名前は?」

「サンカララナです。」と、サンカララナは瞬きもせず、その美しい少女を見つめながら答えました。彼はもう彼女の虜でした。「それで、あなたの名前は?」

「私は、ダヤン・スンビです。」

サンカララナは眉間にしわを寄せました。「ダヤン・スンビだって?」彼は小さい声で言いました。どこかで聞いたことのある名前でしたが、どこで聞いたのか思い出すことはできませんでした。

「私の名前を聞いて驚いているようですけれど、どうかなさいましたか?」

「いや、何でもないんだ。ただ、君の名前は君の姿と同じぐらいに美しいと思って。」

ダヤン・スンビは恥かしくなって頬を赤く染めました。しかし、とても幸せな気分でした。それから、彼女はサンカララナを自分の家に誘いました。サンカララナももちろん喜んで行きました。

ダヤン・スンビはよく手入れのされた十分に広い小屋に住んでいました。こぎれいによく整理整頓されていました。ダヤン・スンビがその小屋に一人で住んでいると聞いて、サンカララナは驚きました。

サンカララナはとても居心地良くその家で過ごしていました。そして、その小屋の辺りは安全だということは分かっていたのですが、ダヤン・スンビのことが心配なので、もうしばらく家に泊まってもいいかとダヤン・スンビに聞きました。

ダヤン・スンビもそのサンカララナの申し入れを断りませんでした。それどころか、彼女もとても喜んでいました。彼女も彼を一目見て彼に気をひかれていたのです。

数日が過ぎました。サンカララナとダヤン・スンビの関係はますます緊密になりました。二人の心の中には愛が芽生えていました。サンカララナは自分の思いを彼女に打ち明けました。

「私、あなたがそう言ってくれてとても嬉しいわ。でもね、私の気持ちを言う前に、あなたのことをもっと知りたいの。いいでしょ?」

「ああ、ぼくの愛するダヤン・スンビよ。実は、僕自身、自分のルーツを探しているところなんだ。でも、まだ分からないんだよ。」と、サンカララナは不安げに言いました。

ダヤン・スンビは言いました。「きっと明日かあさってになれば思い出すわ。私ももう少し待つわ。」

ある日、ダヤン・スンビとサンカララナは仲良く二人で家の階段に座っていました。そして、サンカララナは彼女に髪の手入れをお願いしました。そして、頭をダヤン・スンビの膝にのせました。

ダヤン・スンビはサンカララナが頭に巻いている布を外し、やさしく髪を梳かしました。そのときです。彼女はサンカララナの額の大きな傷跡を見つけました。彼女は驚いて、その傷はどうしたのかと聞きました。

すると、急に、サンカララナは額を怪我した時のことを鮮明に思い出しました。数年前の記憶がよみがえったのです。トゥマンを殺した後の苦い思い出です。

「この傷は母親にしゃもじで殴られたときにできたんだよ。ぼくがトゥマンという名前の犬を殺してしまって、母に怒られたんだ。どうしてだか、母は息子のぼくよりもその犬をかわいがっていたみたいでね。ただ、ぼくは母親が食べたがっていた小鹿の心臓のかわりにトゥマンの心臓を食べさせてあげようと思って殺しただけなのに......。」と、サンカララナは言いました。

ダヤン・スンビは驚いて体をばっと起こし、サンカララナの頭を膝の上から降ろしました。

「いったいどうしたんだい?」と、サンカララナもびっくりして聞きました。

「サンクリアン。それじゃあ、お前は私の息子、サンクリアンなのね!ああ、サンクリアン。私はお前のお母さんだよ。」ダヤン・スンビは涙を流しながら言いました。「何年も何年もお前のことをずっと待っていたんだよ。やっとお母さんのところに帰ってきたんだね。」

「ダヤン・スンビ、冗談だろ?ぼくの母親が君みたいに若いわけがないじゃないか。僕の母親はもっと年をとっているはずだよ。」

「冗談を言っているんじゃないのよ。お前は本当に私の子よ。その額の傷と犬のトゥマンがその証拠だわ。それに、私は神様が若さを与えてくれたおかげで、年をとらないでいられるのよ。」

「そう言うのなら、ダヤン・スンビ、はっきりしてもらおう。ぼくの妻になる気はあるのか、ないのか?」と、サンクリアンは脅すように言いました。

「お前、自分の母親と結婚できるわけがないでしょ?」

「おれをからかう気か?お前はおれの妻になるべきなんだ。まあいいさ、好きなようにしろ。でも、俺は、ダヤン・スンビ、お前を妻にしてみせるぞ!」

「サンクリアン。」

「おれはサンクリアンなどではない!サンカララナだ!」

ダヤン・スンビは彼を説得するのは無理だと悟りました。サンクリアン、つまりサンカララナは本気でした。強引に脅しをかけてまでも彼女を妻にする気でした。

しかし、それは許されないことです。ダヤン・スンビは、サンクリアンを怒らせないように断る方法はないかと考えました。悪魔の欲に操られた我が子の欲望から逃れる手段はないかと考えました。

「いいわ、あなたの妻になるわ。」ダヤン・スンビはやさしく甘い声で言いました。「でも、その前にあなたにやって欲しいことがあるの。」

「何が望みだ?早く言え!」

「チタルム川をせき止めて湖を作ってちょうだい。それから舟も1艘作ってね。そして、その湖に浮かぶ舟の中で蜜月を迎えるのよ。舟も湖も一晩で作ってちょうだいね。私も本当はあなたの妻になるのが待ちきれないのよ。」

サンカララナは誇らしげに微笑みました。「よし。明日、朝日の昇るころにはお前の望みは全てかなっているぞ。そして、昼には、二人っきりでおれの作った船で蜜月を過ごすんだ!」と、彼は言いました。

ダヤン・スンビはサンクリアンが自身ありげに言うのを聞いて不安になりました。彼女は心の中で、「神様、私をお守りください」と祈りました。

サンカララナすなわちサンクリアンはすぐに悪魔達のところへ出かけました。彼はガルガ王国の姫をさらい、サンカララナの要求には何でも従うと約束した悪魔に会いに行ったのです。

「チタルム川をせき止めて、湖を作れ。お前の仲間を集めて夜明け前までに仕事を終わらせろ。」と、サンカララナは悪魔に言いました。

「かしこまりました。貴方様の命令には何でも従います。」と悪魔は答えました。そして、仲間を呼び集めました。夜になると、皆、真剣に仕事に取り掛かりました。川をせき止めるために大きな石を集め、堤防を作るために大きな木を切り倒しました。

そして、木を切ったあとは切り株だらけになりました。これが、「切り株山」の由来だと言われています。一方、小枝の方は、堤防の材料として山のように高くもられ、それは後に「ブランラン山」になりました。

一方、サンカララナは太い木の幹で、せっせと舟を作っていました。彼は熱心に舟づくりを進めていました。そして、夜明け前には作り終わると確信していました。

そろそろ夜明けの時間になるころ、湖も船もほぼ完成していました。予定通 り、あとは仕上げだけでした。

ダヤン・スンビはサンカララナが夜明け前に彼女の要求したことをやり遂げてしまわないようにと祈りつづけました。夜明けが近づいたときに、彼女はサンカララナの舟と湖がほぼでき上がっているのを見て、心の中で泣き叫びました。

「ああ、神様。私は自分の息子の妻にならなければいけない運命なのですか?私をお助け下さい。神様!その忌まわしい行為から私を救ってください。」と、彼女は小さい声で祈りました。

彼女の祈りが神に通じました。東の空から日の光が見えました。まだ時間ではないのに、夜が明けたのです。そして、鶏も大きな泣き声で朝を告げたのでした。

サンカララナは驚きました。舟はほとんどできあがっていました。彼は怒って東の空を見ました。彼は、鶏の鳴き声や東の空からのぞく朝日が嘘であってほしいと願いました。しかし、それは事実でした。

「そんなはずはない!まだ時間になっていないのに夜が明けるはずがない!」彼は怒って叫びました。「ああ、これは、ダヤン・スンビの仕業に違いない!」彼は怒りあまって作りかけの舟を力いっぱい蹴飛ばしました。舟は遠くまで飛んで行って、逆さになって地面 に落ちました。

するととても不思議なことが起こりました。逆さになって落ちたサンカララナの舟が次第に大きくなっていったのです。そして、ドンドン大きくなって、やがて舟の形をした山になりました。それはいくつかの噴火口を持つ火山になりました。これが、現在にまで残る「タンクバン・プラフ山」です。

サンカララナすなわちサンクリアンは、それでもダヤン・スンビを自分の妻にすることをあきらめませんでした。彼はダヤン・スンビの小屋へ急いで走っていきました。しかしダヤン・スンビもそれに気づき、必死に山の方へ逃げました。サンカララナは彼女を追いかけました。

神の意志で、サンカララナは火口に落ちてしまいました。彼の体は徐々に徐々に火口の奥深くに沈んで行きました。そのとき、彼は自分の母を妻にしようとすることの過ちに気づいたのでした。そして、彼は許しを請い、母の名を呼びつづけました。

しかし、火口は彼の体を飲みこみました。そして、彼は死にました。

 


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