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ヤシの木ニ・ティワスとニ・スギ

テキスト提供:山川るみさん

 

ある村に、ニ・ティワスという大そう貧しい女と、ニ・スギという金持ちの女が住んでいました。ニ・スギは豊かな暮しぶりでしたが、ニ・ティワスのほうは、恵まれているのは子どもの数だけで、食べられる菜を摘んでは市場で売り、わずかな米にかえてきて、その日その日を暮していました。手に入る米があまり少い時には、おカユにたいて、多勢の子どもたちに分けるのです。けれども、菜がぜんぜん売れない日もあって、そんな日には、売れ残った菜で親子は飢えをしのぎました。

ある朝のこと、ニ・ティワスの幼い子どもたちはお腹をすかせて泣いていました。前の日から、お米というものを、一粒も口にしていなかったのです。ニ・ティワスはしかたなく、ニ・スギの家に行ってひやめしでも分けてもらいたいと頼むことにしました。

ニ・ティワスを見ると、ニ・スギはいいました。「おや、ニ・ティワス。何か用なの。」

「ニ・スギさん、ひやめしがあったら、家の子どもたちがお腹をすかせているので、少し分けてもらいたいのですが。」ニ・スギは、それを聞くとつっけんどんに答えました。

「家にはひやめしなんてないよ。あんたにご飯をやることなんて出来ないね。家の子どもたちだってきのうからご飯を食べていないんだ。ゆうべニワトリがお鉢をひっくり返したところへ、豚のやつがきて残らず食べられちまったのさ。この私だってきのうから何も食べないで我まんしているんだからね。そんだ、シラミをとってもらおうかね。きのうから頭がかゆくてしかたがない。そのかわり、小さいいれ物に一杯だけお米をあげようじゃないの。」

仕方がありません。ニ・ティワスは、ニ・スギの髪の中のシラミを探して、やっとのことで小さなコップ一杯の米をもらい、家にとんで帰ると、まだ泣きつづけている子どもたちのためにたきはじめました。ところが、ニ・スギは、まだ頭のかゆみがおさまりません。ガリガリやっているうちに、とくべつ大きなシラミを捕まえました。

怒ったニ・スギは、ニ・ティワスの小屋へ押しかけていって外からわめきたてました。

「ニ・ティワス! ニ・ティワス! さっきのお米をお返し! まだ、こんな大きなシラミがいたじゃないか。」ニ・ティワスはとまどって答えました。「お米はもう釜の中へ入れてたきはじめてしまいました。」

「私の知ったことじゃあないよ。お前がいいかげんなやり方をするからだ。かまわない。釜ごと米をもらっていくからね。」

ニ・スギは、釜をひったくって、中身ごと自分の家へ持って帰ってしまいました。貧しいニ・ティワスは、泣いている子どもたちに囲まれて、胸もつぶれるばかり悲しい思いでしたが、どうすることも出来ません。

それから何日かが過ぎて、村に、一人の老人がさまよって来ました。腰のまがった老人は、海藻のような元の形もわからないボロをまとい、からだ中、ハレ物だらけで、あちこちに口をあけた傷口からはウミが流れ出し、見るのさえ痛ましいありさまでした。老人は、まず、ニ・スギの家に行って食べ物を恵んでもらいたいと頼みました。けれども、金持ちのニ・スギは、顔をしかめていいました。「お前にやる食べ物なんて家にはないよ。早く行っておしまい。お前を見ていると、気分が悪くなってしまう。」

老人は次に、ニ・ティワスの家に行きました。ニ・ティワスは、折よく食事の仕度をしているところでしたが、老人を見ると家の中へよび入れて、いいました。

「お気のどくに。入ってそこへおすわりなさい。いま食事をさし上げますからね。」ニ・ティワスは、まめまめしく用意をととのえ、老人に食べさせてやりました。子どもたちが、それを見ているそばからいいました。

「お母さん、この人にご飯をあげると、僕たちの分がなくなっちゃうよう。」

ニ・ティワスは、子どもたちをたしなめていいました。「そんなこと、いうものではありません。自分より貧しい人に会ったら、出来るだけのことをしてあげなければ。私たちはおたがいに助けたり、助けられたりして生きてゆくものなのよ。よく覚えておおき」

子どもたちは、それをきいて、口をつぐみました。子どもたちにも、母親の温い心が身にしみてわかったのです。

食べ終ると、老人はニ・ティワスにいいました。「何とご親切なお方でしょう。わしは、疲れて今日はもう一歩も歩けぬ のじゃが、今夜一晩泊めてはもらえまいか。」

ニ・ティワスは、ウミの流れる老人の体を見ても、少しもいやな顔もせずに泊めてやりました。夜が明けて、日がのぼろうとする前に、老人は起きてどこかへ出てゆき、やがて、一頭の馬を引いて戻ってくるといいました。

「ニ・ティワス、あんたは本当に心のやさしい人じゃ。何もお礼は出来ないが、この馬をあんたにあげよう。可愛がって世話してやれば、これは役に立つ馬じゃ。」ニ・ティワスは、少しこまった顔でいいました。

「おじいさん、気持はありがたいのですが、家には馬を飼っておくほどの庭はありませんし、十分に食べさせてやることも出来ません。暮しに追われているので、草を刈ってきてやることも出来ないのですよ。」老人は答えました。

「ニ・ティワス。この馬は少しも手のかからんやつじゃ。カムラン様のおやしろのところにつないで、蒸した菓子を一日にほんの少しやっておけば、それでよい。」

「まあ、たったそれだけでよいのなら、せっかくのおじいさんのご好意ですもの。いただきましょう。」

不思議な老人は、ニ・ティワスに手綱を渡すと、すぐに姿を消しました。

教えられたとおり、カムラン様のおやしろのそばに馬をつなぎ、蒸したお菓子を一包みだけ与えて次の日、馬の様子を見に行ってみると、地面 に、こんもりと小さい山になってお金が落ちているではありませんか。ニ・ティワスは、大声をあげて子どもたちを呼び集め、神様にお礼をいってお金を拾い、その日はごちそうをつくって子どもたちに食べさせました。

ところが、次の日も、またその次の日も、朝行ってみるときまってお金が一山づつ落ちていました。あの不思議な老人は、クソの代りに、お金をひり出す馬をくれたのです。ニ・ティワスは、馬が毎日ひり出してくれるお金で、しばらくすると大金持ちになってしまいました。

その話が、耳に入ると、ニ・スギは好奇心とうらやましさで一杯になってやって来ました。ご飯さえ満足に食べられなかった貧乏人のニ・ティワスが、なぜ急に裕福になったのか、そのわけを聞かずにはいられなかったのです。邸の立派なのにまずたまげ、目をきょろきょろさせながらニ・スギは無遠慮にたずねました。

ニ・ティワスは、老人が馬をくれたいきさつを、少しも隠さず話して聞かせました。ニ・スギは、地団駄 ふんでくやしがりました。あの時、あんなにじゃけんなことをいって老人を追い返さないでいたら、今よりもっと金持ちになれたものを。帰る途中で、欲張りなニ・スギは、あの、クソの代りにお金をひり出す馬を盗んでしまうことを思いつきました。その夜、ニ・ティワスのところから馬を盗み出したニ・スギは、自分のところのカムラン様のおやしろに馬をつなぎ、それから大急ぎでもち米を山のように蒸しにかかりました。たくさん食べさせておけば、ニ・ティワスの時よりも、もっとたくさんお金を出してくれるに違いないと、ニ・スギは一晩中、期待でわくわくしながら朝がくるのを待ちました。夜が明けて、おやしろに急いで行ってみると、馬は庭のあちこちにたくさんのクソをひり出しています。けれども、いくら探しても、お金は、一と山どころか、一つも落ちてはいませんでした。がっかりしたニ・スギは、腹立ちまぎれに、木の枝で、力いっぱい馬をなぐりました。

馬は驚いて暴れだし、あたりにある物をこわしたので、ニ・スギは、いよいよ怒って、もっと太い枝でいまいましい馬を力まかせになぐりつけました。悲鳴をあげて馬は跳び上り、はねあげた後足が、ニ・スギのあごに命中して、倒れれたところをもう一度蹴られて、ニ・スギはもう動けなくなりました。子どもたちがかけつけ助け出したのですが、それから三日後に、欲張りなニ・スギは、とうとう死んでしまったということです。

 


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