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ヤシの木金持ちどんと貧乏どん

テキスト提供:山川るみさん

 

ある村に、金持ちと貧乏人が隣りあわせに住んでおった。かたっぽはどえらい金持ちで金持ちどんと呼ぶことにするだが、もうかたっぽときたひにゃ、これはえらく貧乏のその日暮しでな、貧乏どんと呼ぶことにするだ。

さて、金持ちどんは、けちん坊のいばりやでな、金でも物でも山ほどあるだに人助けなんぞしたためしがねえ。弱いもんをしぼって金さふやすことばかり考えとる欲深じゃった。

貧乏どんはそれにくらべると心がやさしうて、自分よっか貧乏なものさみると放っておけねえ。乞食でも、ただの一度でもじゃけんに追っぱらうことはなかった。貧乏どんは、森さ行って薪を拾うて市場で売る。そうやって、おっかあと子どもを食べさせて、けして不平をいわねえし、その日その日を神さまに礼をいうて暮しておった。まっすぐな心で、人間どうし助けおうとれば、神さまはけしてお見すてなさらねえといつも信じておった。まったく、隣あわせに住んどっても、えらく違うものよ。

ある日、貧乏どんが市場で薪を売った金で食べものを買うて帰り、おっかあが飯のしたくをし終ったところへ、うんと年寄りの、ボロを着た乞食がやって来て、食べ物を恵んでくれろというじゃ。貧乏どんの家じゃあ、親子三人食うのにやっとたりるかたりねえかぐらいの飯しかなかったけんど、それでもあんまり乞食のようすが哀れだもんで、貧乏どんはどうしても行ってしまえなんぞということが出来ねえ。そんでな、乞食を家の中さ入れてこういうだ。「じいさまはいってわしらといっしょに食べるがええだ。腹いっぱいにはならねえかも知れねえが、じいさまも、わしらも、ひもじい思いはしないように、神様、お願いしますだ。」

腹いっぱいにならないうちに食べものはおしまいになったが、貧乏どんは、ちっとも後悔はしなかった、その時、じいさまがきゅうにゆうた。

「貧乏どんや、えらく腹が痛くなった。はばかりをかしてくだされ。」「おらがの家には、はばかりがねえのでな、じいさま、外に出て庭でやってくだされ。」ところが乞食はこういうだ。

「わしは外ではしたくねえ。どうしてもこの家の中でしたいだよ。蓆を一枚出して下され。」

貧乏どんは、いうとおり蓆を出してやって、見てるのも悪かんべえから、親子して部屋の外で待っておった。おかしげなじいさまは、蓆の上で用を足しただが、不思議というのはその時じゃ。金だの、宝石だの、真珠だの、値打ちもはかれんほどの腕輪やら、指輪、首飾りやら耳飾りやら、そんな宝がざくざく出てきてのう、蓆の上は一杯になっただ。じいさまは、用をたし終ると、貧乏どんにちょっと声をかけてすたすた出て行ってしもうた。蓆をかたずけべと部屋の中さ入ってみて、貧乏どんは驚いたの何のって。すぐ、じいさまを追っかけてみたけんど、もう、どこさ行ったか影も見えねえ。

こんなわけでな、貧乏どんは、一晩のうちに大金持ちになってしもうた。田畑も買うたし、えらく広い農場も買買うたし、数えきれんくらいの家畜も買うた。もう、森へ薪を拾いに行くこともなくなっただが、それでも貧乏どんは、やっぱりむかしと変らず心がやさしうて、暮しも倹約だし、ちっとも高ぶらねえ。

貧乏どんが急に金持ちになった話は、たちまち村中の大評判になっただ。話を聞いたものはだれでも、その乞食のじいさまは、きっと神さまに違いなかろうというた。神さまが、年寄りの哀れっぽい乞食に姿を変えて、人の心を試すちうのはよくあることだから。悪い人間にバチを当てなさるし、良い人間にはびっくりするほどほうびを下さるということじゃ。

貧乏どんが乞食のじいさまに食べ物を恵んだために、いきなりえろう金持になったという話は、すぐ金持どんの耳にも入っただ。なにせ金持どんはねたみ深くて、欲張りな男じゃから、自分も山ほどな宝を欲しくてたまらねえ。貧乏どんよりも、もっとたくさん貰いたいもんだなどと欲張ったことを考えた。

そこで次の日にな、金持どんは、うまいもんを山ほどこさえた。豚の丸焼きまでそろえただ。乞食を呼び込んで、そのごちそうを振舞って、お礼に宝を出して貰おうちうつもりなんじゃ。うんとたくさん、それもうまいものを食わせるのじゃから、貧乏どんの時よりも貰う宝だってずっと多かろうというのが欲張りの金持どんの考えじゃ。

ところが、せっかくごちそうをならべて待っておるのに、かんじんの乞食が一人も通 りよらん。金持どんは目をすえて待っとったが、だんだんいらいらして来た。そこへ、村人がカゴをしょって通 りかかっただ。金持どんは、こらえきれんようになって声をかけただ。

「おい、お前は乞食だか?」急にそういわれたもんじゃから、村人は目を白黒して「何いうだ。おら乞食じゃねえ」「お前が乞食じゃったら、うまいもんを食わせてやるぞ。豚の丸焼きもあるだ。」村人は、いよいよびっくりしていうた。「おら乞食をするほど困ってねえだ。食うだけはあるし、乞食に恵んでやることだって出来るだよ。」

お日さんはどんどん高うなるし、乞食は通らんし、やきもきしているところへ、アホウが通 りかかっただ。金持どんはすかさず声をかけた。「おおい、お前乞食でねえか。」「いんや、おら乞食でねえよ。」「お前が乞食じゃというて家に来れば豚の丸焼きを食わせてやるがなあ。」「おら乞食じゃねえから、物もらいには行かねえよ。」

金持ちどんは、とうとうカンシャクを起した。「このアホウめが。乞食じゃというて家に入れば、まだ手もつけとらん豚の丸焼きを食わせるちのがわからんか。」あまりのけんまくにアホウはあわてていうた。「行くだよ、おら、お前の家に食べ物を貰いに行くだ。」さあ、金持ちどんは大喜びじゃ。やっと乞食におうたぞ。これで、貧乏どんよりももっとたくさんの宝を貰うたも同じじゃとほくほく喜んだ。金持どんは、アホウをていねいに家の中へ招き入れて広い蓆の上に座らせ、次から次といろんなごちそうを出してすすめただ。あんまりすすめられるもんだし、目の前に、豚の丸焼きをはじめ、ずらっとうまそうなもんがならんだで、アホウも腹がへっていたところだったから、どんどん食ってすっかり平らげちまっただ。「うんと食えば出してくれる宝もそれだけ多かろうて。」金持ちどんは目を細くして考えた。アホウが食い終ると、金持ちどんはせかせかいうた。

「さ、腹一杯になったべ。こんどははばかりさ行きたくないだか。」「腹一杯になっただが、おら、べつにはばかりなど行きたくねえ。」「行きたくねえだと。お前がこの蓆の上で用を足すのを、おらは待っているだぞ。」アホウは何のことだかわからねえから、ぽかんとしていうた。「何でおらがこの蓆の上でやらなきゃなんねえのかね。おら今したくないちうに。」

金持ちどんは腹を立てていうた。「何いうだ。したくもねえだと? きばって何としてでもここさ出してみれ。」アホウはおっかなくて、「それじゃ何とかやってみべえ。」というた。それでもアホウがまごまごしてるだで、広間じゃやりにくかべえと考えて、金持どんは、自分の寝る部屋さ連れていって、さっきのより、よっぽど大きな蓆を敷いて、「さ、何も恥ずかしがらんでええぞ。ここさやれ。」というて出て行っただ。さっきあんまりうんと食ったせいだか、しばらくすると、アホウはだんだん腹が痛くなってきて、こんどは本当にはばかりさ行きたくなった。それで、金持どんもしつこくいうことでもあるし、蓆の上にたっぷりとやらかしただ。「何だか知らんがあの人はおらにうんとうまいものさ食わせて、ここでクソしろ、クソしろというだが、ほんにおらのクソがそんなに欲しいかのう。あんなにごちそうになっただから、そんなら出来るだけうんとしておいたほうがよかんべえ」とアホウは考えた。それで、金持どんの寝る部屋の中の壁といい、蚊帳といい、枕といい、あらゆるものにクソさふりまけておいて、アホウは家から出て行ってしまっただ。

金持どんの失敗談は、たちまち村中評判になって、何から何まで人に知られてしもうたもんじゃから、それから長いこと金持ちどんはきまりが悪うて人の前に顔をだされなんだそうじゃ。

 


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