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ヤシの木黒ヘビの丘

   〜大蛇になった青年〜

バリ語テキスト提供:I Made Sutjaja(イ・マデ・スチャヤ)教授

 

むかしむかし,イ・トゥンドゥンという人がいました。彼はとても貧しかったので,住むところがありませんでした。ある場所から別 の場所へと彷徨い歩き,人々の慈悲によって食い繋いでいました。

ある日,しばらく歩いた後にトゥガナンという村にたどり着きました。彼は朝から何も食べていなかったので,ひどく空腹でした。彼はのろのろと歩いて,一軒の家にたどり着きました。それは,この村の村長ジュロ・パスック・トゥガナンの家でした。村長は,
「お前は誰でどこから来たのだ」
と尋ねました。イ・トゥンドゥンは,
「私の名前はイ・トゥンドゥンです。貧しくて住むところがないので,転々として,人から施しを受けてきました」
と答えました。

ジュロ・パスック・トゥガナンはこの男の言葉に心を動かされました。村長は男に飲み物と食べ物を与えました。食べ終わるとイ・トゥンドゥンは言いました。
「ジュロ・パスック,もしよかったら,今から私をやとってもらえませんか」
ジュロ・パスックは深く考えもせずに承諾しました。
「よいとも。わしの家に住むがよい」
すぐにイ・トゥンドゥンは働き始めました。彼はとてもまじめで正直者で,ジュロ・パスックをたいそう喜ばせました。

ある日,ジュロ・パスックはイ・トゥンドゥンに命じました。
「トゥンドゥン,おまえの今までの働きぶりは実にすばらしい。おまえはとてもまじめだ。東の丘の土地を耕してもらいたい。そこの土地は荒れ放題で,誰も耕す者がおらんのだ」
イ・トゥンドゥンはじっとジュロ・パスックの言うことを聞いていました。彼は仕事が欲しかったので,こう答えました。
「わかりました,ジュロ・パスック。がんばります」

すぐにイ・トゥンドゥンは東の丘に向かいました。彼はそこに小屋を建てました。彼は作物を育てることができるようにと,せっせと土地を耕しました。ついに彼の仕事は実を結びました。作物が豊かに実ったのです。ジュロ・パスックはトゥンドゥンの努力に感激しました。しかし,なんということでしょう,災難が忍び寄ってきていました。せっかくの作物が盗まれてしまったのです。このことを知ったジュロ・パスックはがっかりしました。
「トゥンドゥン,近頃盗みが続いているようだ。そのせいでもう畑仕事は嫌になってしまったかもしれないな」
イ・トゥンドゥンは答えました。
「どうか不手際をお許し下さい。あなたが私に任せて下さった仕事を,どろぼうなんかのために途中で止めるわけにはいきません」
イ・トゥンドゥンは一日中畑を見張っていましたが,盗みをとめることはできませんでした。ジュロ・パスックが失望しているのがわかったので,イ・トゥンドゥンは自分を恥ずかしく思いました。

ある夜,イ・トゥンドゥンはナガ・サンドゥンと呼ばれる神社にお参りにいきました。その神社は土地の中央にありました。彼は神様に畑を守ってくれるように頼みました。すると,空から声が聞こえました。
「トゥンドゥンよ,そなたの願いを叶えるには,ひとつ条件がある。そなたが黒ヘビになるのならば,その願いを叶えよう」
イ・トゥンドゥンは心の中で,ジュロ・パスックのためになるのならば,神様の言うことはなんでもきくと言いました。すぐにイ・トゥンドゥンは,自分の首や体がのびていくのを感じました。ついにイ・トゥンドゥンは大きな黒いヘビになってしまいました。

いつものように,ジュロ・パスックはブキット・カギンのイ・トゥンドゥンを訪ねました。しかし小屋にはイ・トゥンドゥンの姿はありませんでした。ジュロ・パスックはあちこち捜しまわりましたが,見つかりませんでした。イ・トゥンドゥンは消えてしまったようでした。ジュロ・パスックは神社に行きました。そこには黒い大蛇がいました。
「ジュロ・パスック トゥガナン,私はヘビになったイ・トゥンドゥンです。盗みをとめることができなくて,恥ずかしさでいっぱいです。今から私はこの土地をしっかりと守るつもりでいます。誰も怖がって盗みになどこなくなるでしょう」
ジュロ・パスックは答えました。
「トゥンドゥング,おまえは本当に忠実な召し使いだ。もうおまえの気持ちを疑うようなことはしない。許してくれ」

その日から,イ・トゥンドゥンとその子孫は,トゥガナンの土地を守り続けました。もう盗みは起こりませんでした。そのヘビの一族は,黒ヘビの丘として知られており,トゥガナンやその周りの村に住む人々は,今もその伝説を信じています。

 


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