<バリの民話> 前のお話 次のお話

ヤシの木黒いメンドリ

〜メンドリ VS ジャコウネコ〜

バリ語テキスト提供:I Made Sutjaja(イ・マデ・スチャヤ)教授

 

むかし,黒いメンドリがいました。メンドリはひよこたちと一緒に,森で食べ物を探していました。探すところは,決まって大きな木の下でした。そこにはミミズだとかシロアリだとか昆虫といった食べ物がたくさんあったからです。巣を朝早くに出て,帰ってくるのは薄暗くなってからでした。家に出入りするときは,小川を渡らなければなりませんでした。黒いメンドリは,ひよこたちが安全に小川を渡れるところをよく知っていました。

ある日,メンドリたちは食べ物を探すのに夢中になっていて,あたりが暗くなっているのに気がつきませんでした。ひよこたちは母親に,もう遅い時間で,空も曇ってきていると言いました。母親は答えました。
「心配いらないわよ。何も起こらないから」
「でも心配だよお母さん。もし雨が降ってきたら,小川があふれちゃって渡れなくなっちゃうよ」
とひよこは言いました。黒いメンドリは,雨は降らないから安心しなさいと答えました。しかしどうでしょう,雨が降ってきて,小川はあふれてしまいました。メンドリたちは家に帰ることができなくなりました。黒いメンドリは少し考えて,子供達に言いました。
「ジャコウネコのところに行きましょう。たぶん,一晩くらい泊めてくれるわ」
みんなは賛成し,ジャコウネコの家へと向かいました。

黒いメンドリは,何回かドアをノックしました。突然中から声が聞こえました。
「うちのドアをノックしているのは誰だい」
「私です。黒メンドリと子供達です。洪水で川を渡れなくなってしまったんです。一晩泊めてもらえないかしら?」
と黒いメンドリは答えました。メンドリと子供達は返事が帰ってくるまでまた待たなければなりませんでした。
「おや,運の悪い日だったねえ,洪水で家に帰れないなんて」
そしてドアが開きました。
「入って泊まっていくといいよ」
ジャコウネコは黒いメンドリと子供達に言いました。
「台所で休むといいよ。そこか暖かいからね」
「ありがとう」
黒いメンドリはジャコウネコに言いました。みんなで少し暗い台所に行きました。

夜中になりました。黒いメンドリとひよこたちは,まだ眠れずに起きていました。慣れない場所ではなかなか眠れないものです。しかしまもなく,一羽,また一羽と,疲れていたひよこたちは眠りに落ちていきました。しかし母メンドリはそうではありませんでした。ジャコウネコの親切なもてなしを怪しんでいたのです。メンドリはがんばって起きていましたが,朝になるまでにはまだ時間がありました。メンドリがうとうとしかけた時,ジャコウネコがその子供達に話している声が聞こえてきました。
「今夜はごちそうだよ。鶏のごちそうさ」
それを聞いたひよこが言いました。
「扇風機みたいに風をおこせるような羽をちょうだいよ」
他のひよこも母メンドリに同じように頼みました。母メンドリは,あまり大きな声でしゃべらないように言いました。ジャコウネコたちに聞こえてしまうからです。黒いメンドリは,ここから逃げ出す方法はないかと考えを巡らしました。メンドリは寝ていた子供達を起こすと,ジャコウネコが自分達を食べようとしていることを伝えました。

雨もやみ,洪水もおさまったようなので,黒いメンドリは子供達に,台所の隣にある木に登るように言いました。その木の上から小川を飛び越える作戦です。ひよこが飛び下りるごとに,大きな音がしました。
「台所から何か音がするけど,何の音だい,黒メンドリ」
とジャコウネコは尋ねました。
「ああ,大きな葉っぱが木から落ちているのよ」
と黒いメンドリは言いました。一匹を除いて,すべてのひよこが逃げ終えました。この残ったひよこは,まだ羽が十分に大きくなっていなかったのです。そこで母メンドリはそのひよこに言いました。
「飛んで逃げられるくらい羽が大きくなるまで,おまえはここに残っていなさい。もしジャコウネコたちがおまえを捕まえようとしたら,こう言ってやりなさい。『ぼくはまだ小さいんです。だから食べても苦いばっかりでおいしくないですよ』ってね」
「わかったよ,お母さん。ちゃんとそうするよ」
とひよこは言いました。それから,母メンドリはそのひよこをおいて,木から飛び下りました。メンドリは大きな音をたてながら小川を飛び越えました。ジャコウネコが叫びました。
「何なんだい,黒メンドリ。外で大きな音がしたけど」
しかし返答はありませんでした。ジャコウネコは,黒いメンドリが逃げてしまったのではないかと思いました。そこで,壁の穴からそっとのぞいてみました。そこには何もいませんでした。しかし黒いもののかげに何かの気配を感じ取りました。
「黒メンドリとひよこたちにちがいない」
とジャコウネコは考えました。小さな羽のひよこは,黒い石の陰に隠れていました。ジャコウネコは忍び足で向かっていき,大きく口を開けて飛びかかりました。なんということでしょう,ジャコウネコは石に噛み付いて,歯が折れてしましました。口は血だらけです。ジャコウネコの子供達は,大きな物音に飛び起き,母ネコを探しました。子供達は,口が血だらけの母ネコを見つけてびっくりしました。子供が尋ねました。
「そのお口どうしたの,お母さん。血だらけだよ」
「すべって転んで,口を石にぶつけちまったのさ。それで血だらけなんだよ。心配はいらないよ。大丈夫だからさ」
ジャコウネコは子供達に嘘を言いました。

翌朝,ジャコウネコたちは,黒い石の陰に飛べないひよこが隠れているのを見つけました。
「さあ,捕まえたよ。いまから私たちがおまえを食べてあげるからね」
とジャコウネコたちは言いました。
「もしおいしい肉が食べたいのなら,今はまだぼくを殺さないでください」
とひよこは落ち着いて答えました。
「どういう意味よ」
と子供が尋ねました。
「ぼくはまだ小さいから,ぼくの肉はまだ苦いんです。もう少し大きくなるまでぼくを育ててください。そうしたらぼくのことを食べてください。そのほうがおいしいですよ」
とひよこは説明しました。
「そんならわかったよ」
とジャコウネコは言いました。ひよこは米びつの中に入っているように言われました。

ひよこは大きくなりました。もう羽も十分に大きくなりました。母メンドリは,いつも小川の反対側から見張っていました。ある日母メンドリは,ひよこの羽が大きくなっているのを見ました。メンドリはひよこに,もう逃げても大丈夫だというサインを送りました。ひよこはジャコウネコを呼んで言いました。
「もうぼくを食べてもいいですよ。でもその前に,ぼくを縛っているひもを切ってください。ひもがついたままじゃあ,食べられないでしょう?」
ジャコウネコはひもを切りました。と同時にひよこは空中に飛び上がり,すばやく小川を飛び越えました。ひよこが着地すると,母メンドリと他のひよこたちは声をあげて喜びました。こうして,黒いメンドリとひよこたちはひさしぶりに,もとのようにみんな揃ったのでした。

 


前のお話  ▲トップ▲   次のお話