<バリの民話> 前のお話

ヤシの木バワン・メラとバワン・プティ

   〜シンデレラ in インドネシア〜

 

ワン・メラとバワン・プティ

昔々、一人の少女がいました。彼女は一人っ子で、父親は行商をしていました。とても上品でかわいらしい少女でした。友達も多くいました。名前をバワン・プティといいました。両親は彼女のことをとてもかわいがっていましたが、甘やかすようなことはありませんでした。

行商をしている父は、家を留守にすることがしばしばでした。半月も1ヶ月も家に戻らないことがありました。仕事は順調で、ますます繁盛しました。家も近所と比べて大きくなりました。しかし、それでも威張るようなことはなく、いつも謙虚で困っている人や貧しい人を助けていました。そのため、助けを求めに、多くの人が彼の家を訪れました。

バワン・プティの家をよく訪れるのが、だいぶ前に夫を亡くしてしまったバワン・メラの母親、ニ・ジャンダ・ルケムでした。彼女はいつもお金やお米を借りにきました。

バワン・プティも母親も、いつもニ・ジャンダ・ルケムを快く迎えました。そして、彼女が以前の借りをまだ返していなくても、彼女の欲しがっているものを何でも与えてあげました。

「私達が持っているものはすべて、神様からの借り物なのだから、それを必要としている人に分け与えるのは当然のことだ。だから、喜んで分けてあげなさい。ニ・ジャンダ・ルケムのように、昔の貸しをまだ返してくれていない人に対しても、快く援助を与えてあげなければいけない。彼女は夫を亡くして、生活が苦しいのだから。」と、バワン・プティの父親はそう言うのでした。

しかし、バワン・メラとその母親はいつもバワン・プティ一家から多くの援助を得ているにもかかわらず、感謝の気持ちをもっているようには見えませんでした。それどころか、バワン・プティの家族に敵意をもっているかのようでした。バワン・メラは、バワン・プティやその両親とすれ違っても、挨拶すらしようとしませんでした。バワン・メラと母親は、バワン・プティ一家を妬んでいたのでした。

バワン・メラとバワン・プティの家は近所にありました。バワン・プティは、お隣同士として、バワン・メラと姉妹のように仲良くなりたいと思っていました。しかし、バワン・メラはいつもバワン・プティのことを避けていました。バワン・プティはそのことをとても悲しんでいました。

バワン・メラはバワン・プティより一つ年上でした。顔の美しさは二人ともそれほど違いはありませんでした。しかし、バワン・プティと違って、バワン・メラの美しさはお化粧によるものでした。彼女はとても濃くお化粧をしていたので、友達からは、「おめかしやさん」と呼ばれていました。

バワン・メラは母親の手伝いをあまりしませんでした。彼女はいつもお化粧ばかりしていました。また、きれいなドレスで着飾ったりもしていました。彼女はきれいな服を何着も持っていました。しかし、誰もがそのドレスの大部分は友達からの借りものであることを知っていました。

一方、バワン・プティは、毎日毎日よく母親の手伝いをしていました。母親に言われなくても自分からすすんで料理や洗濯などをしていました。彼女は自分の美しさが衰えてしまうことなど恐れたことはありませんでした。彼女はこのような子なので、母親は彼女をとても可愛がっていました。


 

魔法の鯉

ある日、バワン・プティの母親が突然病に倒れました。何の病気か分からないまま、日に日に病状が悪化しました。バワン・プティは、父が行商に出かけてしまっていて、家にいないことを思うと、とても悲しくなってしまいました。

「お母さん、お父さんにすぐ家に帰るよう伝えましょうか?」と、バワン・プティは、弱々しくベッドに横たわる母親の足をマッサージしながら言いました。

「いいや。そんなことをしたらお父さんは落ちついて仕事ができなくなってしまうだろう?それよりは、お前はお母さんの病気が早くよくなるようにと祈っていておくれ。」と、母はか弱い声で言いました。

「私はいつもお祈りしているわ、お母さん。」

「ありがとう。でも、お前もあまり気を落とすんじゃないよ。あまり落ち込んでいると、お前まで病気になってしまうよ。神様を信じて、お前は気を強くもっておくれ。そして、お母さんを許しておくれ。お母さんが病気になってしまったせいで、お前は自由に遊びにいくこともできなくなってしまったし、お母さんの仕事を全部引き受けなくてはいけなくなってしまったのだから。」

「お母さん、どうして謝ることがあるの。私がいまやっている仕事は、私の仕事なのよ。」

母親はやさしく微笑みました。そして、バワン・プティの髪をなでました。

「先に汚れたお皿を洗ってきてしまうわね。」と。バワン・プティは言いました。

バワン・プティは、汚れたお皿と服を籠の中に入れると、それを持っていつものように家の近くの川に行きました。彼女はいつもそこで水浴びをしたり、洗い物をしたりするのでした。

いつもは、彼女は歌を歌いながら洗濯したりお皿を洗ったりしていました。そして、花を摘んで髪にさしたりしていました。しかし、その日は母親の具合が悪かったので、彼女は暗い顔をしていました。歌を歌う気にもなれませんでした。そして、川へ行く道にある色とりどりのきれいな花にも目がいきませんでした。

川のほとりにつくと、彼女はいつものように汚れた服を洗って、それからお皿やコップを洗いました。お皿についた汚れを川に流すと、いつものように魚がやってきました。魚は、それを食べに集まってくるのです。バワン・プティはその様子を見るのが好きでした。とくに、魚は食べ物の取り合いをするときに、わざとせわしなく動いている様子を見せているようで、彼女はそれを見るのが好きでした。

「ああ、かわいい。でも、私はもう帰らなきゃ。また明日ご飯をもってきてあげるから、待っててね。」とバワン・プティは言いました。

しかし、バワン・プティがそう言い終わる前に、魚たちは姿を消していました。バワン・プティも、また、今きた道を家に向かって歩き始めました。しかし、そのとき、何かがバシャバシャと水の中を動きながら、川岸に近づいてくるのが見えました。よく見ると、1匹の大きな魚でした。手のひらの2倍ぐらいの大きさで、黄金色に輝いていました。

その魚は川の浅瀬に来てしまって、身動きが取れなくなっていたのです。バワン・プティは、その魚の方へ行きました。そして、洗い物籠をそっと魚に近づけました。バワン・プティがその魚を捕まえようとしても、その魚は逃げようとはしませんでした。バワン・プティのことを信頼しきっているかのようでした。

その黄金の魚は、怪我をしていました。口には大きな釣り針が引っかかっていました。

「かわいそうに。」とバワン・プティは言って、そっと傷がつかないように釣り針を抜いてやりました。釣り針を抜いてやると、バワン・プティはその魚の色を見て驚きました。彼女は何度もきれいな色の鯉を見たことはありましたが、そのような色の鯉を見るのは初めてでした。うろこはまるで、本物の金のようにピカピカときれいに輝いていました。

「助けてくれてどうもありがとう。」と、突然やさしい声が聞こえてきました。バワン・プティは驚いて、辺りを見まわしましたが、誰もいません。彼女は不思議に思いました。

「ありがとうと言ったのは誰?」バワン・プティは、その金の魚をかかえたまま言いました。

「ぼくだよ。ぼくが君にありがとうと言ったんだよ。君が今抱いている黄色の魚だよ。」と、その鯉は言いました。

「えっ?!」バワン・プティは驚いて目を見張りました。そして、慌てて魚を川に放しました。「話しをする魚なんているの? きっと、悪魔の魚なんだわ。」と、バワン・プティは叫ぶように言いました。

バワン・プティは、身の毛もよだつ思いでした。そして、川から離れようと後ずさりしました。それでも、目はじっと魚が川の中に泳いで行った水面 の辺りを見つめていました。彼女は魚がもう一度水面に上がってくるのではないかと思い、また静かに川の方へ近づいて行きました。

「怖がることはないよ。僕は悪魔なんかじゃないんだから。僕は普通 の魚さ。ただ、神様がほかの魚とはちょっと違った力を与えてくれただけさ。ぼくは君と同じように話すことができるんだよ。」と、その魚は言いました。

バワン・プティは頭が困惑して、しばらくの間、言葉が出ませんでした。しかし、恐怖感はもう消えていました。ただ、心のなかで、「これは夢ではないのかしら」と問い掛けていました。

「夢なんかじゃないよ、可愛いお嬢さん。」その鯉はバワン・プティの心の中を読みとっていたかのように、そう言いました。「お願いだから、怖がらないでくれよ。僕のことを友達だと思っておくれ。君は僕の口に刺さった釣り針をとって、僕を川に逃がしてくれた恩人だよ。だから、僕も君が困っているときにはいつでも力になるよ。」と、その鯉は言いました。

バワン・プティは笑いをこらえていました。その鯉の言っていることがおかしかったからです。自分の口に刺さった釣り針すら抜くことができなくて困っていた鯉が、一体どうやって人を助けることなどできるのでしょう。

「魔法の鯉さん、私はさっきあなたを助けてあげたけれど、別 にお返しを期待して助けたわけじゃないのよ。あなたが苦しみもだえているのを見ていられなかっただけなの。」と、バワン・プティは言いました。

「親切にしてくれてどうもありがとう。」と鯉は言いました。

バワン・プティは母親のことを思い出して言いました。「鯉さん、もうちょっとあなたとおしゃべりをしていたいのだけど、そろそろ家に帰らなきゃ。それじゃあ、またね。」彼女は、籠を引上げ、家に帰ろうとしました。

「ちょっと、待って。君の名前を教えてくれる?」と鯉は言いました。

「バワン・プティよ。」

「何か困ったことがあったら、いつでもここへおいで。そしたら、僕が助けてあげるよ。」

しかし、バワン・プティはそれには構わず、慌てて家に向かいました。

家につくと、洗い物籠を台所に置いて、急いで母親の寝ている部屋に行きました。彼女は母親が目を閉じて苦しそうに息をしているのを見ると、心臓がドキドキしてしまいました。

「お母さん。」と、彼女は、母のそばに腰をかけて言いました。

母は、目を開いて、弱々しくバワン・プティを見つめました。それから、バワン・プティの手をぎゅっと握りしめました。

「お母さん。」とバワン・プティはまた言いました。

母親は微笑んで、か細い声で言いました。

「私のバワン・プティ、... どうやら、神様が私のことを呼んでいるみたいだ。... だから、... お前はこれからは、自分のことは自分で守っていかなきゃいけないよ。」

「お母さん、そんなことを言わないで。」と、バワン・プティは涙を流しすすり泣きながら言いました。

「私の言うことをよく聞いておくれ。... 私が...先に言ってしまうことを...お父さんにお詫びしておいておくれ。そして、...もし、お父さんに新しい奥さんができたら、...お前は、...その人を自分の母親のように快く受け入れると...約束しておくれ。私のバワン・プティ。... さようなら....。」というと、母は息絶えました。

「お母さん!」バワン・プティは叫びました。そして、母親を抱きしめました。

バワン・プティは長いこと泣いていましたが、それから、気を落ち着けて祈りました。「神様、私に力をお与え下さい。そして、あなたの御許で私の母をお守りください。」


 

継母

バワン・プティはとても悲しみました。母親が死んで、父はまだ行商に行ったきり帰ってきていなかったので、その悲しみはなおさらでした。行商をしている父が家に戻るのは、大体いつも週末だけでした。

気はすすまなかったのですが、バワン・プティは、母の死を隣の家の人に知らせました。思いもよらず、その隣人は、バワン・プティにお悔やみの言葉をかけてくれただけでなく、あらゆることで、バワン・プティの手助けをしてくれました。バワン・プティの母親の遺体を埋葬するまで、その隣人は、いつもバワン・プティの父親の後について、手伝いをしてくれました。そして、バワン・プティの悲しみをやさしく癒そうとしてくれました。

その心やさしい隣人とは一体誰でしょう?

それは、ほかでもない、バワン・メラとその母親だったのです。

バワン・メラと母親の態度は、いままでとは別人のようにすっかり変わってしまい、とてもやさしく振舞いました。バワン・プティは、新しいお姉さんと母親ができたような気分でした。

バワン・プティの父親も、バワン・メラとその母親にとても恩を感じ、感謝していました。そして、その好意にこたえようと思いました。喪があけて、バワン・プティの父親はまた行商の仕事を再開しようとしていました。しかし、バワン・プティを一人家に残して行くのにはためらいがありました。

ある晩、バワン・プティの父親はバワン・プティに言いました。「バワン・プティよ、お父さんは、また行商に行こうかと思っているのだけれど、お前を一人この家に置いていくのかと思うと、心配なんだ。」

「お父さんは、代わりのお母さんを探そうとしているの? 私が一人にならないように?」と、バワン・プティは聞きました。

「お前は、もうそんなことまで考えていたのか? お前はもう十分に大人だが、... でも、もし仮にお父さんが新しいお母さんと探すことにしたら、お前は賛成してくれるかい?」と、バワン・プティの父親は心配そうに聞きました。

「賛成しないはずがないじゃない。たとえ代わりのお母さんとしてどんな人が来たとしても、私はちゃんとその人の言うことを聞くわ。お母さんが最後に私にそう言い残したのだもの。」

「お前は、どんな人に代わりのお母さんになってもらいたいかい?」

「お父さんが、私達に親切にしてくれた人を選んでくれるといいと思っているわ。私達とはもう知り合いの人。それで、お父さんも会ったことのある人。」

「つまり、... バワン・メラのお母さんがいいのか?」

「お父さんがほかにまだいい人を見つけていないのならね。彼女達は私達にとても親切にしてくれたし、それに、もう親しくお付き合いをしているから。」

父親は微笑んで、バワン・プティをやさしく抱きしめました。そして、バワン・プティの髪をやさしくなでました。

「お前が、彼女が代わりの母親にふさわしいと思っているのなら、そして、お前がそれで幸せなのなら、お父さんは彼女を選ぶことにするよ。でも、お前は本当に彼女を母親にして幸せなのかい?」と、父は尋ねました。

「ええ、そうよ。それに、年の近いお姉さんまでできるんだもの。バワン・メラだって、きっと私のことを妹のように思ってくれるわ。」

そして、バワン・プティの父はバワン・メラの母にプロポーズしました。そして、彼らは結婚し、バワン・メラと母親はバワン・プティの家に引っ越してきました。

結婚式をあげるため、バワン・プティの父親は行商に出かけるのを数日遅らせました。バワン・プティの父とバワン・メラの母はとてもお似合いの夫婦でした。お互いに理解しあって、お互いに尊重しあっているかのようでした。

バワン・プティとバワン・メラもとても仲がよさそうで、あたかも実の姉妹のようでした。

バワン・プティはとても幸せでした。母が死んでしばらくの間暗かった家の中も、いまではまた明るくなったからです。それどころか、代わりの母親ができただけでなく、バワン・メラというお姉さんまでできたのです。毎日毎日家の中は、笑いが絶えませんでした。バワン・メラとその母親が来たことで、バワン・プティの悲しみもすっかり消えてしまったようです。

バワン・プティの父親も自分の選択は間違っていなかったのだと、嬉しく思いました。これで、バワン・プティを一人で家に残すこともなく、安心して行商に出かけることができます。

バワン・メラとバワン・プティはいつも仲良く協力しあってしました。家の仕事も二人で分担し、喜びも苦しみも二人で分かち合いました。

ある日、バワン・プティは母親のお墓に行きました。そして、彼女は、母親の魂が天国で平穏につつまれますようにとお祈りをしました。そして、彼女は最後にこう祈りました。「お母さん、私は今とても幸せです。私を愛してくれるお母さんの代わりの人ができたからです。私はお母さんの言いつけ通 り、お母さんに対すると同じように彼女に忠誠を尽くします。」


 

つらい出来事

バワン・メラの母親と結婚して数日後、バワン・プティの父は、また行商に出かける準備をしていました。

「お前は、バワン・プティを我が子のように大事に守ってくれるね?でも、甘やかしてはいけないよ。バワン・プティが何か悪いことをしたら、遠慮なくしかってくれ。」と、バワン・プティの父は、妻に言いました。

「ええ、心配しないで。あなたをがっかりさせるようなことはしないから。」と、バワン・メラの母は答えました。

「ああ、信じているよ。それじゃあ、子供達を呼んできてくれ。出かける前に挨拶をするから。」

バワン・メラの母親は、川で洗い物をしているバワン・プティとバワン・メラを呼びに行きました。

「子供達、その辺で仕事をちょっと中断して、家に戻りなさい。お父さんが挨拶をしたいと言っているから。急ぎなさい。」と、バワン・メラの母は言いました。

バワン・プティとバワン・メラは、生垣まで父を見送りに行きました。そして、バワン・プティとバワン・メラが、お土産を頼むと、父親は「分かった。」と言いました。

「体に気をつけなさい。そして、お互いに大事にし合って、仲良くやるんだよ。」と父は言い、娘達に見送られる中、行商に出かけて行きました。

父親の姿が見えなくなると、バワン・プティは、やりかけの仕事を思い出しました。

「お姉さん、さっきの仕事はまだやりかけよね。早く済ませてしまわない?」バワン・プティは言いました。

「ああ、急に頭が痛くなってきてしまったわ。」バワン・メラは、額に手を当てながら言いました。

「頭痛?お医者さまのところへお薬をもらいに行きましょうか?」と、バワン・プティは言いました。

すると、バワン・メラの母親が来て、「早くよくなるように、ゆっくり休みなさい。」と言いました。

「ええ、お母さん。」バワン・メラは甘ったれた声で言い、小走りで寝室の方へ行きました。

「頭の痛い人が、どうして走ることなどできるのかしら?」と、バワン・プティはくすっと笑って、からかうように言いました。

「余計なお世話よ。」バワン・メラはきつい口調でそう言うと、ピシャリとドアを閉めました。

「意地悪するんじゃありません、バワン・プティ。あなたは早く自分の仕事をしなさい。して、それが済んだら、今度は食事の仕度をしなさい。お父さんは家にいないんだから、ご飯の量 をちゃんと加減しなさいよ。」母親は、きつく言いました。

「分かりました。お母様。」

父親が出かけたとたんに、彼らの態度が変ったので、バワン・プティはとても不思議に思いました。それに、バワン・メラは朝はとても元気がよかったのに、どうして急に具合が悪くなってしまったのだろう、とバワン・プティは不思議に思いました。

バワン・プティは、あまり深くそのことを考えたくもなかったので、また川に行ってお皿や服を洗いました。しかし、汚れ物があまりに多かったので、へとへとに疲れてしまいました。ようやく洗い物を終えると、彼女は家に戻りました。しかし、家に戻ってみると、家の中は静かで誰もいないようでした。バワン・メラと母親は昼寝をしていたのでした。

バワン・プティは、とても疲れていました。まだ、ご飯を炊いていませんでしたが、少しだけ休みたいと思いました。「あとで、バワン・メラにご飯を炊いておいてもらえばいいわ」とバワン・プティは思いました。しかし、彼女が寝室に入ろうとすると、突然、バワン・メラの母親が彼女を呼びました。

「バワン・プティ、これから寝室に入るときには気を付けてもらわないと困るよ。私やバワン・メラが寝ているときには邪魔をしないでおくれ。分かったかい?なんで寝室に入ってきたんだい?何をするつもりだい?」

「お母様、私はとても疲れてしまったので、少しの間、休憩してもよろしいでしょうか?」

「休憩?ああ、もちろんいいよ。でも、その前にちゃんと食事の仕度をしなさい。さっき、洗い物が済んだら食事の仕度をするようにと言っただろう?ほら、早く台所へ行きなさい。そして、バワン・プティが起きたらすぐに食事できるように仕度をしなさい。」

「分かりました、お母様。でも、... バワン・プティはまだ具合が悪いのですか?」

「誰がバワン・プティのことを考えろと言った? ほら、早く台所へ行って、ご飯を炊いておかずを作りなさい。」

バワン・プティはすぐに台所に行きました。そして、料理の準備をして、継母の態度がなぜ急に変ったのだろうと考えながら、料理をしました。そして、料理ができあがると、今度は食卓の準備をしました。

バワン・メラは目をさますと、そのまま食卓の方へ行きました。彼女は、食事の準備が済んでいないのをみると、ぶつぶつ文句を言い出しました。

「お母さん、まだ食事の仕度が済んでいないじゃない。もう、お腹がペコペコよ。」バワン・メラは言いました。

バワン・プティはまだ盛り付けの澄んでいない料理を持って台所から出てきました。バワン・メラがまだ水浴びをしていないのを見て、彼女は驚きました。

「水浴びをしていないのに、もう食べるの?お姉さんは寝て...」と、バワン・プティが言いかけると、バワン・メラをそれをさえぎって言いました。

「黙りなさい。食べ物はどこ?早く用意しなさい。もうお腹が空いているんだから。分かった?」

バワン・メラの母親も出てきました。

「バワン・プティ、仕事をするときには、おしゃべりしないの!さっさと食事の仕度をしなさい。私達はもう、お腹がペコペコなんだから。」と、バワン・メラの母親は言いました。

バワン・プティは食事の仕度を済ませると、いつものようにバワン・メラ達と一緒に食卓につこうとしました。すると、バワン・メラが小さい子供のように、バワン・プティを一緒に食卓を囲むのは嫌だとだだをこねはじめました。

「彼女と一緒だと、食事がまずくなってしまうわ。」とバワン・メラは言いました。

「バワン・プティ、先に台所を片付けてきなさい。私達の食事が済んだら、あなたも食事をとっていいわ。早く行きなさい。」とバワン・メラの母親は言いました。

バワン・プティは逆らいませんでした。

バワン・メラと母親は自分達の食事が済むと、バワン・プティを呼びました。バワン・プティはお腹が空いていたので、急いで食卓の方へ行こうとしました。しかし、慌てていたので、バケツに足を引っ掛けて転んでしまいました。バワン・プティは足が痛くて、すぐには起き上がれませんでした。

「バワン・プティ、早くこっちへ来なさい。お腹が空いているんじゃないの?」と、バワン・メラの母が言いました。

「すみません、お母様。つまづいてしまって...。」

「そんなこと誰も聞いてないわよ。早くテーブルの上の残り物を台所に運びなさい。あなたはテーブルで食事をしてはだめよ。この残り物を台所に持って行って食べなさい。分かった?」

「は、はい...。お母様。」

バワン・プティは、ご飯がもうほとんど残っていないのを見て驚きました。でも、何も言う気にはなれず、その残り物を全部食べました。それでもお腹は一杯にはなりませんでした。運良く、量 が多すぎたので盛り付けないでおいた野菜があったので、それを食べました。野菜は火を通 してはいませんでしたが、きれいに洗ってありました。その野菜を全部食べると、少しは空腹感もやわらぎました。そして、それから水を飲み終わると、また、バワン・メラの母親に呼ばれました。

「早く、この汚れたお皿を洗ってきなさい。そして、それが済んだら、バワン・メラが水浴びをするからお湯を沸かしなさい。ほら、急いで!」バワン・メラの母は言いました。

「分かりました。」

その晩、バワン・プティは、毛布もなしで、台所の椅子の上で寝かされました。バワン・メラが彼女のベッドをとってしまったのです。台所はとても寒くて、バワン・プティはほとんど寝ることができませんでした。バワン・プティはバワン・メラとその母親の態度が急に変わってしまったことに困惑していました。バワン・プティはまるで召使か奴隷かのように扱われていました。

自然と涙がこぼれました。そして、死んでしまった母親のことを思い出すと、ますます悲しくなってきてしまいました。母親がまだ生きていたら、彼女はこんな苦しみを味あうこともなかったでしょう。


 

バワン・プティの苦しみ

あまりにも急にバワン・メラと母親の態度が変ったので、バワン・プティは心の中でととても驚いていました。昨日、父親が出かけるまでは、みんなとても楽しくやっていたのに、父親が出かけると突然変ってしまったのです。バワン・メラと母親は、いったいどうしようというのでしょう。

まだ眠気も覚めていない夜明け前、バワン・プティはバワン・メラの母親に起こされました。

「今日からお前は、仕事をさぼってはいけないよ。お前は毎朝早く起きて、まず私とバワン・メラが水浴びできるようにお湯を沸かしなさい。それから、洗濯をし、朝食を作りなさい。そして、お皿を洗って、私達のベッドを整えて、床掃除をしなければいけない。それが済んだら昼食の仕度だよ。ああ、忘れてた。朝食の仕度が済んだら、すぐに市場におつかいに行くんだよ。」と、バワン・メラの母親はあたかも大奥様が召使に命令するかの口調で言いました。

しばらくの間、バワン・プティは言葉を失いました。あまりに多くの仕事を一度に言いつけられ、彼女は驚いて混乱してしまったのです。いままで、実の母親にも、仕事をお願いされたことはありましたが、それほどまで多くの仕事を言いつけられたことはありませんでしたし、バワン・プティの母はいつもやさしく仕事をお願いしていました。

しかし、バワン・プティは、誰が継母になってもその人に忠誠を尽くすと約束してしまったので、まだ外は暗く空気も冷たかったのですが、継母の言いつけ通 り、水をくみに行きました。そして、その水を沸かして、浴室に運びました。それから、まだ眠っているバワン・メラを起こしに行きました。

「お姉さん、お湯の準備ができました。」と、バワンプティはドアをノックしながら言いました。

「まだ寝ているんだから、邪魔をしないでよ。あっちへ行きなさい。」とバワン・メラの声がし、サンダルをドアに投げつける音がしました。

バワン・プティは頭にきましたが、どうすることもできませんでした。バワン・メラの母親がバワン・プティの後ろにいたのでした。バワン・プティの母親は彼女の耳を引っ張って言いました。

「お湯の準備ができたら、そのままでいいの。わざわざバワン・メラを起こすことはないの。分かった?」

「すみません、お母様。私はお姉さまがもう起きていると思っていたので。」

「ほら、さっさと朝食の仕度をしなさい。そしてそれが済んだら、洗濯をしに行きなさい。」

「分かりました、お母様。」

「私はあなたなんか産んだ覚えはないけれど?」

「どういうことですか?」

「私はあなたなんか産んだ覚えはないんだから、私のことをお母様と呼ぶのはやめなさい。」

「分かりました、おかあ...、ええと...。」

「奥様と呼びなさい。」

「分かりました、奥様。」

「ほら、早く私がさっき言った仕事を全部やりなさい。」

「分かりました、奥様。」

朝食の仕度を済ませると、バワン・プティも、空腹感に耐えられなくなってきました。いま自分が用意した朝食に手をつけてしまいたいという誘惑にかられましたが、またしかられてしまうと思い、我慢しました。彼女は洗い物籠を持って急いで川に行きました。

洗い物をしている最中、また母親との思い出が彼女の胸によみがえってきました。涙が頬を伝って落ちました。彼女の空っぽのお腹は、食べ物をくれと言っているかのように、グーグー鳴っています。しかし、母親が彼女に残した言葉を思い出し、悲しみを心の中から追い出そうとしました。そして、頑張って空腹感にも耐えました。

「ぼくの助けが必要かい?」と、突然、声が聞こえてきました。バワン・プティがその声の方に振りかえると、そこには、彼女が以前に助けた鯉がいました。

「あら、あなたね、鯉さん。お元気?」バワン・プティは仕事の手を休めることなく、鯉に聞きました。

「ああ、元気だよ、バワン・プティ。それで、君はまださっきの僕の申し出に答えてくれていないけど?」

「何の申し出?」

「今朝は、洗い物がすごく多いけど、僕が早く終わるように手伝ってあげようか?そうすれば、君もへとへとにならずにすむし。」

バワン・プティはそれを聞いて笑いそうになりました。「鯉がどうして洗濯なんかできるのよ」と彼女は心の中で思いました。

「そう言ってくれてどうもありがとう。でも、一人でできるから大丈夫よ、鯉さん。」バワン・プティは言いました。

「それならいいけど。でも、僕の助けが必要になったらいつでも言ってくれ。水面 を3回たたいてくれたら、ぼくはいつでもすぐに君を助けにくるからね。」

「どうもありがとう。」

鯉はまた水の中に消えて行きました。バワン・プティはそのまま仕事を続けました。そして、洗濯がすべて終わると、彼女は家に帰りました。そして、いつものように洗濯物を干しました。それから、彼女はお腹が空いてしまっていたので、台所に行きました。すると、バワン・メラの母親が彼女を待ち構えていました。

「さっさと食事をすませて、買い物に行きなさい。」と、お皿を手にしたバワン・メラの母親は言いました。

「はい、お母様。」

「何だって?」

「いえ、奥様。」

「ほら、食べなさい。」と、バワン・メラの母親は、手に持っていたお皿を突き出して言いました。お皿には、汚らしい残り物のご飯がありました。バワン・プティは、それを見て吐き気がしました。そんなものを食べたら、本当に吐いてしまうのではないかと思いました。

バワン・プティが嫌がって食べようとしないのを見ると、バワン・メラの母親は、「食べなさい!」と怒鳴りつけました。

「でも、奥様。このご飯は...」

「食べなさい!」

バワン・プティは仕方がないので、はじめはそれを少しづつ食べました。しかし、彼女はとてもお腹が空いていたので、そのご飯の残りを全部お腹の中に入れてしまいました。

バワン・メラの母親はその様子を見て、満足げに言いました。「私達はこれから節約をしなきゃいけないからね。一粒たりともご飯を残しちゃいけないよ。ほら、さっさと買い物に行く支度をしなさい。」

そこに突然、とてもきれいな服を着たバワン・メラが現れました。バワン・プティはその義理の姉の着ている服を見て驚きました。その服は、バワン・プティの一番上等な服で、特別 なときにしか着ない服でした。お母さんが誕生日プレゼントとして彼女にくれた大事な服です。

「それは、私の服じゃない? どうしてあなたが私の許可もなく勝手に着ているのよ?」と、バワン・プティは食って掛かるように言いました。

バワン・メラが少し後ずさりすると、彼女の母親がバワン・プティを力一杯突き倒しました。バワン・プティは頭から転び、食器棚にぶつかってしまいました。食器棚からお皿が落ち、割れてめちゃくちゃになりました。

「無礼者!お前は私達に反抗する気かい?」と、継母が大声で言いました。

「ほら、早く立って、そのお皿を片しなさい。」

「でも、奥様。その服は、...」

「黙りなさい!この服はもうお前のものではないのよ。お分かり?」

バワン・プティはもう悲しみに耐えきれませんでした。彼女は泣き出してしまいました。心をナイフで切り裂かれる思いでした。とても辛く、胸が張り裂けるような思いでした。このような仕打ちを受けたのは初めてでした。

彼女は突然後ろから、強く髪を引っ張られました。痛いのを我慢して後ろを振りかえりました。バワン・メラが彼女の後ろに立って、彼女の髪をぐいぐいと引っ張っていたのでした。

「ああ、どうか、お願いだから、やめてちょうだい。」と、バワン・プティは泣きながらお願いしました。

「お前はいったい、さっき私のお母さんが言ったことを聞いていなかったのかい? 早く起きて、その割れたお皿を片付けなさい。」と、バワン・メラは強い口調で言いました。

「分かりました、おねえ...」

「お嬢様とお呼び!」

「分かりました、お嬢様。」

バワン・プティは泣くのを我慢しました。彼女は悲しみに耐えながら、割れたお皿を片付けました。

「それじゃあ、市場に行って買い物をしてきなさい。」と、継母が言いました。

「何を買ってくればいいのでしょうか、奥様。」

「鶏を2羽に、キャベツ、塩、砂糖、ライム、それから野菜。ほら、このお金で買ってきなさい。」と継母は意意ながら、10銭分の硬貨を投げました。

バワン・プティはそのたった10銭だけのお金を見て、目をまん丸にしました。「こんなので買えるわけがないじゃない?鶏1羽だって、50銭もするのに。」と、バワン・プティは思いました。

「奥様、これでは足りません。」

「それで、足らすのよ!言う通りにしないと、あとでお父さんに言いつけるわよ。お前が無駄 遣いをするって。ほら、さっさと行きなさい!」

バワン・プティは途方にくれ、小さくうなずきました。そして出かける前に服を着替えようとしました。しかし、バワン・メラが腰に手をすえ、彼女の行く手をさえぎりました。

「市場へ行くんじゃないの?」バワン・メラは怒って言いました。

「お嬢様、出かける前にちょっと着替えをしたいのです。」

「だめよ。あなたの服はもう私のものなんだから。その服でさっさと行ってらっしゃい。」

「でも...」

「"でも" は無し。早く行きなさい!」

バワン・プティは、心が傷つきながらも、買い物に行かされてしまいました。しかし、市場が近づくにつれ、彼女の不安感は高まりました。このたった10銭のお金で、どうやってあれだけの品物を買えばいいのだろう。不安感にかられながら歩いていると、彼女は急に自分の耳につけている銀のイヤリングのことを思い出しました。それほど、高くはないだろうけれど、これを売れば、継母に言われた品物を買うのに十分なお金ができるかもしれない。


 

魔法の鯉の助け

その銀のイヤリングを売ったお金で、それから4日間の継母のおつかいをまかなうことができました。しかし、その4日目、彼女はまた不安感にかられました。継母がいろいろな買い物を言いつけるので、そのお金もすべて使い果 たしてしまったのです。たったの10銭では、継母に言われたものをすべて買うことなどできません。

いつものようにバワン・プティは市場へ行きました。しかし、今回ばかりは彼女も途方に暮れてしまいました。もう売るものがないのです。川を渡ろうとしたとき、彼女は急に鯉が言ったことを思い出しました。彼女は鯉の言葉をあまり信じてはいませんでしたが、試しにお願いしてみようと思いました。鯉が助けてくれるなんて、誰が信じるでしょう? 川のほとりにつくと、彼女は川の水面を3回たたきました。すると、すぐにあの鯉が水面 に現れました。

「今、どうしてもあなたの助けが必要なの、鯉さん。」と、バワン・プティは言いました。

「言ってごらん。どんな助けが必要なんだい?」と、鯉は言いました。

「ご飯の材料をいろいろと10銭で買ってくるように、言われてしまったの。私のことを助けてくれる?」

「ああ、それぐらいお易いご用だ。その空っぽの買い物かごを君の前において、それから、目を閉じるんだ。」

バワン・プティは目を閉じました。

「もう、目をあけていいよ。」と、鯉は言いました。

驚いたことに、買い物かごの中には継母に買ってくるように言いつけられた品物がすべて入っているではありませんか。

「ありがとう、鯉さん。一体どうやってこのお礼をしたらいいのかしら?」

「お礼を言うなら神様に言いなよ。神様が君の心の叫びを聞いてくれたんだから。もう、お帰りよ。そして、また助けが必要になったらまたいつでもおいで。」

それから、バワン・プティはバワン・メラやその母親の無理な買い物で悩まされることはなくなりました。魔法の鯉を通 じて願いを聞いてくれる偉大な神様のおかげでした。

日に日にバワン・メラと母親の態度はひどくなりました。しかし、バワン・プティはそれに耐え、彼女たちに忠誠をつくしました。不思議なことに、バワン・プティの父親が家に戻ると、彼女たちの態度はガラリと変わり、バワン・プティにとてもやさしく振舞うのでした。

バワン・プティは、バワン・メラたちのひどい行為を父に言いつけるようなことはしませんでした。彼女たちに脅されていたからではありません。言っても無駄 だと思っていたからです。それに、彼女には、いつも助けてくれて、慰めてくれる魔法の鯉がいるではありませんか。

ある日、バワン・メラは母親に言いました。

「お母さん、私、バワン・プティを見ていると、不思議でしょうがないのよ。」

「どうしてだい?」

「だって、考えてみてよ。バワン・プティはあんなにたくさんの洗い物を短時間でしかもちゃんときれいにやってしまうのよ。それに、10銭だけ持たせて買い物に行かせても、いつもちゃんと言われたものを全部買ってくるのよ。それに、体も壊してなくて、健康そうじゃない。きっと、誰か彼女のことを助けている人がいるに違いないわ。」

「たしかにそうだ。よし、明日、彼女の後をつけてみよう。」

翌朝、バワン・プティが洗濯物のたくさん入った籠をもって川へ行くと、バワン・メラと母親もこっそりとその後をつけました。そして、バワン・プティの行為を見て、二人ともびっくりしてしまいました。

その籠一杯の洗濯物を洗うのに、バワン・プティは魔法の鯉を呼び、洗濯を手伝ってくれるようにお願いしたのです。そして、バワン・プティが一度目を閉じ、また目を開くと、もう籠一杯の洗濯物がもうすっかりきれいになっていたのでした。それどころか、洗濯物はもうきちんと乾いていて、きれいにたたんでありました。

そして、また、10銭で買い物に行かされると、バワン・プティはまた鯉のところへ行って、助けをお願いしました。そして、彼女が目を閉じて、再び目を開くと、買ってくるように言われた品物がすべて籠の中にそろっていました。

「不思議だわ。バワン・プティの願いをすべてかなえてくれる鯉がいるなんて。お母さん、どうしましょう?」バワン・メラは言いました。

「心配はいらないさ。もう計画は立ててあるんだよ。バワン・プティがもう誰からの助けも得られないようにするためのね。」

「つまり、私達の望み通り、バワン・プティがすぐに死ぬ のね?」

「少なくとも、気が狂って、それからみすぼらしく死んでいくよ。」

「ああ、お母さん。バワン・プティがすぐに死んでしまえば、とても幸せだわ。バワン・プティのお父さんの家とすべての財産が私達のものになるんだもの。」

「もうしばらくの辛抱だよ。遅かれ早かれお前の望みはきっとかなうからね。」

それから、彼女達はバワン・プティを呼びました。彼女達はとてもやさしい態度で接しましたが、バワン・プティは警戒していました。

「私のかわいい子供よ、今日はお前のお姉さん、バワン・メラがお前に特別 のお願いがあると言うんだけど、聞いてくれるかい?」と、バワン・メラの母親は言いました。

「お嬢様は何をお望みなのでしょう?」と、と、バワン・プティは「お嬢様」という言葉を使って、うやうやしく言いました。

「お前にとっては、簡単なことだよ。お前のお姉さんは鯉の料理が食べたいんだよ。」

バワン・プティは、心臓がドキっとし、全身の力が抜けてしまいました。

そると、突然バワン・メラが現れて、甘えるような表情でバワン・プティに近づいてきました。

「早く鯉を見つけてきてね、私の妹よ。あまり大きすぎず、手のひらの2倍ぐらいの大きさの鯉がいいわ。」

「申し訳ございません。今回ばかりは、奥様のご希望にこたえることはできません。」と、バワン・プティは涙を流し、体を震わせながら言いました。

すると、急に、バワン・メラがバワン・プティの髪をつかんで、はさみをちらつかせて言いました。

「もし、私の言うことが聞けないのなら、お前のこの髪を切ってしまうよ。そして、頭をそって、つるつるにしてしまうよ。」と、バワン・メラは脅しました。

「どうか、お願いだから、やめてください。お嬢様の言うとおりにしますから。」と、ワバン・プティは泣きながら言いました。

「ほら、さっさと行って、鯉をとってきな!」

バワン・プティは泣く泣く川に行きました。気がつかないうちに、彼女は母親の名前を叫んでいました。「お母さん、私は何の罪でこのような罰をうけなければならないの?」とバワン・プティは心の中で言いました。

彼女が川のほとりにつくと、呼んでもいないのに、魔法の鯉が水面 で彼女のことを待っていました。バワン・プティは驚いて、泣き止みました。

「ぼくはもう君に何があったか知っているよ、バワン・プティ。何も心配することはないし、何も不安がることもないよ。ぼくを捕まえて、家に持って帰りなよ。そして、君の義理の姉が言うように料理すればいいよ。」と、魔法の鯉は言いました。

バワン・プティは、心配で不安で、黙りこくってしまいました。

「私、... 私、そんなことはできないわ。」

「気持ちをしっかりもって、彼女達の言う通りにしなよ。君のお母さんが遺言として君に言ったことだろう?」と、鯉はバワン・プティの手の方に跳びはねて言いました。「ほら、僕を捕まえなよ。」

バワン・プティは鯉を捕まえました。そして、とても重い気持ちで、鯉を抱えて家に向かいました。

「ごめんなさい、鯉さん。」と、バワン・プティは小声で言いました。

家に帰ると、彼女は、涙を流しながら、鯉を調理しました。そして、お皿に盛り付け、ご飯と一緒に食卓に運びました。

バワン・メラと母親はその鯉をおいしそうに食べました。そして、骨を皮だけを残して、きれいに平らげました。

バワン・プティはその骨と皮を真っ白の布に包み、家の隣の丘のふもとに埋めました。彼女はお母さんが死んだときと同じぐらい、悲しい気持ちになりました。


 

金の葉の木

バワン・プティに対するバワン・メラと母親のひどい仕打ちは、ますます辛辣さを増しました。バワン・プティもやせ細ってきてしまいました。しかしそれでも、彼女の美しさは変りませんでした。彼女は美しく輝いていました。バワン・メラと母親はそのことが気に入りませんでした。

しかし、不思議な出来事が起こりました。誰もが驚き不思議がる出来事でした。バワン・プティが埋めた鯉のお墓の前に一本の変った木が生えてきたのです。枝が全くなく、幹から本物の金のように輝く葉っぱの生えている木です。その木の成長はとても速く、数週間でバワン・プティの腰ほどの高さになりました。

村中、大騒ぎになりました。村の人々はその木を一目見ようと集まってきました。みんな驚いて、魔法をかけられてような気分でした。そして、村の人々がその木の持ち主は誰かと聞くと、バワン・メラと母親はすかさず自分達だと答えました。人々は、その母子を幸運の人だと言って賞賛しました。

バワン・プティはバワン・メラと母親がその魔法の着は自分達のものだと言っているのを見て、悲しみと同時に憤りを覚えました。しかし、彼女はどうすることもできませんでいした。

多くの人が訪れるので、バワン・メラは厚化粧をし、バワン・プティの上等の服で着飾りました。そして、人々が彼女の美しさを誉めてはくれないかと期待しながら、にこやかに微笑んでおしゃべりをしました。

しだいに多くの人がその木を見にやってくるようになりました。平民のみならず、身分の高い人や、王家の人たちまで、その木を見にやってきました。バワン・メラもさらに念入りに化粧をするようになり、以前よりも愛想をふりまきました。彼女は心の中で、王家の若者か貴族の子息で、彼女の魅力に惹きつけられる人が現れてくれるよう祈っていました。

ある日、一人の王子がその不思議な木を見にやってきました。彼は、がっしりとしてたくましい護衛隊に護衛されて金の馬車でやってきたのでした。その木を見に集まっていた人たちは、その王子と一行のために道をあけました。

バワン・メラは、そのたくましそうで凛々しい王子を迎えると、心臓がドキドキしてきました。彼女は一目惚れをしてしまって、心の中で、その王子が彼女にプロポーズしてくれることを夢見ていました。彼女は、とてもやさしく、おしとやかに振舞い、王子に付き添ってその不思議な木の方へ進みました。

その小さな村を王子が訪れることなど、いままでにはありませんでした。集まっていた人たちも、王子の顔を近くで一目見ようと寄ってきました。そして、多くの人々が、そのたくましく凛々しい王子と魔法の木を見ようとバワン・プティの家に集まってきました。

バワン・プティもその王子を見たいと思いました。しかし、かわいそうに、バワン・プティはバワン・メラと母親に外に出てはいけないと言われていたのでした。彼女は、窓から外を覗きました。そして、そのたくましく凛々しい王子を見ると、彼女の心も魔法をかけられたかのようになってしまいました。

その凛々しい王子は、ナガラ宰相と一緒にその不思議な木をよく調べました。上から下まで余すことなく調べました。

「ナガラおじさん、間違いない。これこそが私達の探していた木だ。」と王子はナガラ宰相に言いました。

「ええ、殿下。私もそう思います。これこそがわが国の遺産となるべきものです。」と、ナガラ宰相は答えました。

王子はバワン・メラにこちらへ来るようにと合図しました。それから尋ねました。「この魔法の木の持ち主はお前か?」

「ええ、殿下。」と、バワン・メラは答えました。

「君の名前は?」

「バワン・メラと申します、殿下。」

「もう結婚しているのか?」

「いいえ、まだです。」

「バワ・メラよ、もし、お前がこの木の持ち主なのなら、お前はこの魔法の木を引き抜けるはずだ。」

何も言わず、バワン・メラは魔法の木に近づき、力いっぱいその木を引き抜こうとしました。しかし、引き抜けるどころか、少しも動きもしません。

「もし、お前がその木を引きぬくことができたら、私はお前を妃にしよう。」と、王子は言いました。

バワン・メラはもちろん大喜びでした。真剣に力一杯その木を引きぬ こうとしました。しかし、その木はまったく動きもしません。バワン・メラの母親も駆け寄ってきて、手伝おうとしました。しかし、王子にさえぎられました。バワン・メラはむきになって力をこめてその木をぎゅっと握り、思いきり引っ張りました。しかし、その木はバワン・メラの手からするっと抜け、バワン・メラの体は後ろに放り出されました。母親や見物に集まっていた人達の悲鳴とともに、彼女はドスンと地面 に倒れこみました。彼女の付け毛も外れて飛んでしまいました。人々がざわざわと騒ぎ出し、バワン・メラも恥かしくて顔が真っ赤になりました。そして、泣きながら母親に飛びつきました。母親は家に入るように言いましたが、彼女はまだあきらめず、もう一度挑戦しようとしました。

しかし、王子が、「もう、よい。ほかの人にチャンスを与えよ!」

そこにいた人達は、その王子の言葉に驚きました。

「伯父さん、私達の意思を皆に伝えてください。」と王子はナガラ宰相に言いました。

「諸君、王子は夢の中で神のお告げを得たのです。この不思議な木が国の遺産となるものであるというお告げです。そして、この木の持ち主は、男であれば王子の兄弟として、また若い女であれば王子の妃として迎えられます。さて、自分こそがこの木の持ち主だと言う方は、どうぞ、この木を引き抜いてみてください。この木を引き抜くことができるのは、この木の持ち主だけなのです。」と、ナガラ宰相は言いました。

老若男女、多くの人がこの木を引き抜いてみようと集まってきました。しかし、誰一人成功した者はいませんでした。それでも王子は忍耐強く待ちました。

王子はのどが乾いてしまいました。ナガラ宰相はバワン・メラの母親に水を持ってきてくれるよう頼みました。王子はのどが乾いたときにはいつも水を飲むのでした。

バワン・メラは、自分の娘が木を引き抜くのに失敗して憤っていたので、バワン・プティに水を運ぶよう命令しました。土瓶をお盆の上にのせて運んでくるバワン・プティを見て、その若い王子の胸はどきどきしました。バワン・プティは薄汚れた服を着てはいましたが、彼女の美しさは輝いていました。

「君の名前は?」と、王子は聞きました。

「わたくしめは、バワン・プティと申します、殿下。」

「どうして君はこの木を引き抜きに来ないんだい? 君がこの木の持ち主かもしれないじゃないか?」

バワン・プティはとても恥かしかったのですが、王子と宰相にすすめられて、その木を引っ張ってみることにしました。彼女は、目を閉じて父と母の顔を思い浮かべながらその木を引っ張りました。

すると、驚いたことに彼女はいとも軽々とその木を引き抜いてしまったのです。

バワン・プティ自身、驚きました。それどころか、夢を見ているのではないかと疑いました。しかし、夢ではないと分かると、彼女は神に感謝しました。彼女は神様のおかげだと思ったのです。

「ほら、思ったとおり。君がぼくのフィアンセだ。」王子はバワン・プティに近寄りながら、大きな声で言いました。そして、バワン・プティを抱き上げると、人々の歓声の中、彼女を馬車に乗せました。

これで、バワン・プティは苦しみから解放されたのです。

彼女は、たくましく凛々しい王子の妃として幸せに暮しました。バワン・プティは、バワン・メラやその母親を恨むようなことはしませんでした。そして、ときどき彼女達を父親と一緒に宮殿に招待したのでした。

 


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