1. 「台湾語」研修について 詳細
「台湾語」の研修は,かつて1972年に「福建語」という名称で,当時明治大学におられた故王育徳先生と,本研究所の所員であった中嶋幹起先生によって開講されているので,今回が2度目となる。ただし,今回は「台湾語」という名称を使うことにした。
その理由は以下の2点である,まず 台湾には中国の多様な地域から移民してきた漢民族,オーストロネシア系言語を母語とする多数の原住民族などが暮らしているが,中国の福建省南部から移住した人が最も人口が多いため,一般に彼等の話す言語が台湾語と言われることが多い。従って本研修での台湾語とは,台湾で話されている閩南語(閩は,福建のこと,海外の中国系移民社会では福建語とも言われる)を指すこととした。但し,上記の意味は,他の台湾で使用される諸言語が台湾語(台湾の言語)であることを排除するという意味ではないことを付言しておく。第2に,台湾への閩南系の人々の移住の歴史は既に数百年に達しているため,彼らの言葉には,大陸の言葉とは異なる部分も見られる。その点からも閩南語(福建語)ではなく,台湾語という名称を使うこととした。他方,同じ閩南語系統の言葉は,中国大陸福建省はもちろんのこと,福建から世界中に移住した人々の間でも話されているため,台湾語を身につけることができれば,海外の福建系の中国系移民とのコミュニケーションにも一定程度使える。この点から考えれば,台湾語と大陸の閩南語や移民の使う閩南語との差異はそれほど大きくないともいえる。
2. 期間と時間 詳細
台湾語研修は2012年8月6日(月)~9月7日(金)の5週間にわたって行われた。研修時間は10時から休憩時間を挟んで16時半まで毎日5時間,合計125時間であった。土曜日,日曜日は休講とした。
3. 講師 詳細
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- 3.1 研修担当講師
- 陳麗君(台湾 国立成功大学台湾文学系 助理教授)
- 蔡承維(一橋大学博士後期課程・東京外国語大学非常勤講師)
- 林虹瑛(AA研ジュニア・フェロー)
三尾は主任講師として,主に,全体コーディネート,テキストや教材作成のとりまとめなどを行うほか,文化講演も担当した。陳講師は,社会言語学,語用論談話分析が専門の研究者で,台湾語の母語教育に関する研究にも従事している。蔡講師は,歴史学を専門とする研究者ながら,東外大の学部ですでに数年の台湾語教授経験を持つ熟練講師である。また,林講師は,閩南語の音韻論研究で本学の博士学位を取得している。ネイティブの講師は,それぞれの専門に立脚しつつ,流ちょうな日本語を駆使しながら,授業を担当した。
- 3.2 文化講演講師
- 若林正丈先生(早稲田大学政治経済学術院教授)
- 樋口靖先生(本学名誉教授)
- 三尾裕子(AA研)
各講師の講演については,第7を参照されたい。
4. 教材 詳細
台湾語の教材を作成するに当たっては,最初の原則の策定の部分から,様々な議論があった。たとえば,表記の問題である。台湾語には,これまで統一された正書法はなく,研究者によって,独自の多様な表記法が考案されてきた。しかし,数年前までであれば,日本で台湾語を教育する場合には,おそらく問題なく「教会ローマ字(白話字)」が採用されたであろう。なぜなら,「教会ローマ字」は,長老教会宣教師によって布教の目的で考案され,その後改良された表記法で,すでに百数十年の歴史を有しており,台湾語を学習,研究する人々に広くいきわたってきたからである。また,これまで日本で出版された優れた台湾語教科書も,ほとんどがこの表記法を用いてきた。しかし,中華民国教育部は,2006年に,教育の用に供するために,教会ローマ字を基礎に,若干の変更を加えて「臺灣閩南語羅馬字拼音方案(通称,台湾ローマ字(略称「台羅」))」を公布した。今後は,この表記法が,母語教育などの現場で使われていく可能性がある。また,「全民台語認証(全民台湾語検定)」といった検定試験も開始されている。「台湾ローマ字」が今後どの程度普及していくかは未知数ではあるが,本言語研修の修了者が今後上記検定の国際版(国際台湾語検定)を受験することができることを考慮して,「台湾ローマ字」を採用することとした。ただし,授業の中では,「教会ローマ字」との異同にも言及し,受講生が今後,「教会ローマ字」に接する場合にも,混乱が起きないような配慮に心掛けた。また,漢字の表記についても,台湾語はもともと書面語ではないために,書き手によって多様な漢字表記がなされてきたが,本研修では,2007年5月に教育部が制定した「臺灣閩南語推薦用字」を使用することとした。なお,漢字表記は,日本人学習者の便宜のために付したが,あくまで2次的なものと考え,受講者には,「台湾ローマ字」による表記を習得するよう指導することにした。台湾では,現在,漢字・ローマ字交じりの台湾語をしばしば見かけるが,本教材では,できるだけ,両者の混在は避けるようにした。
次に,標準音をどの地域の音にするかについても議論があった。日本で出版され,現在入手が容易な辞書(村上嘉英編『東方台湾語辞典』東方書店 2007年)は台北音を基礎にしている。しかし,本研修では,現在の台湾での台湾語話者の多くが南部に集中していることから,台南音をもとに,教科書での表記を行うこととした。ただし,3人のネイティブの講師の中で,台南出身者は陳講師のみで,三人三様のバックグラウンドを持っていたこともあり,授業の中では,受講生は,地域差を生で感じることができた。また,そのせいか,教科書表記以外に,多様な地域差があることが受講生の関心を引いたこともあり,補助教材などを使って,様々な方言音を提示した。
教材の執筆は,当初は陳講師が,台湾の小学校において母語教育を担っておられる4名の先生のご協力のもと,教育現場での経験を踏まえた教材作成を行った。しかし,本研修では,受講生が外国人(主に日本人)の社会人や学生等であるということにかんがみ,その後,修正を施した。即ち,漢語諸語を全く学習していない受講生にも習得に困難が生じないようにすることに配慮した。また,教材には,本文の日本語訳とともに,文法項目等についても,できるだけ日本語で解説をつける形にした。授業の中では,受講生の中から,台湾語を日本語で翻訳する場合の微妙なニュアンスの違いなどについても質問がなされたことから考えて,日本語訳がついていることが,受講生の思考を刺激した部分もあったと考えられる。なお,教科書本編以外に,教科書に出てくる単語を整理した語彙編も作成した。語彙編は,台湾語のアルファベット表記順に整理したものであったが,受講生からは,日本語から台湾語を引ける語彙編もほしかった,というリクエストが出された。今回は,教材作成の時間的制約から作成できなかったが,可能であれば,日本語から引ける語彙集もあると便利であろう,
教材本編の構成は,発音編,本文編,付録に分けた。発音編は,主に林講師の執筆によるもので,音節構造,声調,韻母,頭子音(声母),転調などについて,詳説した。最後に,漢詩を台湾語で発音する練習や,台南音とは異なる「海口なまり(海岸訛り)」の現代詩などを掲載している。本文編は,各課を,一.本文, 二.新出語句, 三.文法ポイント, 四.補充語句, 五.練習, 六.ことわざ,で構成するとし,全三十六課を用意した。二と四の語句については,台南音を標準として出しているが,その他の地域の異なる音についても,欄外に表示した。また,十課までは,練習部分に必ず発音や声調,転調,軽声化などの復習を盛り込み,定着を図った。付録では,教室常用語,常用量詞表,台湾ローマ字・教会ローマ字・IPAの対照表を付けた。
なお,本文編各課の一.と六.及び付録1(教室常用語)については,録音教材を作成し,開講時に配布した。しかし,その後学生から,一.の本文については,かなりゆっくりしたスピードであったため,よりナチュラル・スピードに近い録音がほしい,という要望があった。また,二や四についても,録音の要望があった。このため,ネイティブ講師が上記の各部分と付録2(常用量詞表)を分担してICレコーダで録音し,受講生に配布した。
本文の会話文や文法は,陳講師の教材案を参考,基礎にしながら,他の様々な市販の教材,研究論文と比較しつつ,日本在住の3講師の間で話し合いながら作成した。日本人の留学生が台湾語を勉強しながら台湾の歴史や文化を学ぶ,という設定でストーリーを組んで行った。最初のホームステイ先の人との出会いから始まって,買い物や道を聞くこと,食べ物,病気になったときの会話など,生活に必要なシチュエーションを想定した会話をもとにしつつ,簡単な文法事項から徐々に複雑なものへ移行して行くように配慮した。また,携帯電話やコンピュータなどを常用する今日の台湾社会の実情に合わせて,語彙を選んだ。また,外国人として台湾に居住した三尾の経験から発想を得たものも多い。特に終盤の数課は,三尾が現地で文化人類学的な調査を行った経験に基づいて,聴き取り調査の内容のごく簡単なものを会話で再現した。文法事項が前半の20課位までは盛りだくさんであったが,後半に行くほど減っていったので,逆に市販の外国語入門会話教材には登場しないような,文化,歴史を踏まえた内容にすることを意識した。全体の構成や,各課本文の会話内容,文法事項,語彙などの概要は日本在住の3名で決定したが,実際の執筆は,本文と語句,練習,ことわざは主に蔡講師が,文法は主に林講師が担当し,日本語訳に関しては三尾が担当した。会合を重ね,新しい課の概要を決定するとともに,前回の会合で決定したことを教材に落とし込んだものを全員でもう一度見直して修正して行くというプロセスを何度も繰り返し,課と課の間に教授内容の齟齬や前後関係の転倒等がないかどうか慎重に検討しながら作成して行った。会合は最初のうちは,毎週1回の午後のみであったが,6月後半からは週に2~3回,朝から晩まで行ったり,休日に集まったりし,帰宅してそれを整理したりチェックする等,研修が終了するまでの約3カ月は殆ど台湾語に精力を集中することになった。
教材作成にあたっては,2012年3月23日から28日まで現地取材も行った。現地では,まず台湾在住の陳講師と,教材内容についての打ち合わせを行った。その後,台南や嘉義県,台北市などで,取材,録画を行った。また,台中や台北では,台湾で手に入る台湾語教材なども入手した。これらの教材は,今回の研修での教材作成の参考として役立った。取材で収集した動画や写真は,帰国後編集を加えて,授業の副教材として使用した。特に,海口なまりの現代詩の朗読スキット,市場での買い物についてのスキット,嘉義でのある台湾人の自己紹介,台湾の歴史やライフヒストリーに基づいた現地の人の語りについての多言語使用状況のビデオなどは,受講生の関心を引いたようだ。そのほか,インターネット上から拾うことが可能な台湾語関係のアイテム(歌など)も,問題のない範囲で参考として利用し,受講生に紹介した。
なお,教科書に用いた台湾ローマ字や漢字のフォントは,無料で配布されている,Taigi-Hakka IME 信望愛台語客語輸入法3.1.0版を利用させていただいた。また,教育部の台湾閩南語漢字輸入法も使用した。
5. 受講生 詳細
受講生は日本人11名,香港からの留学生1名であった。当初は,もう1名社会人の応募があったが,開講直前に辞退された。内訳は,東京外国語大学の学部生3名(うち,1名が留学生),他大学の大学院博士後期学生1名,日本学術振興会の特別研究員1名,その他7名 (うち4名は大学教員)だった。受講の動機は,多様だったが,たとえば,職業柄,台湾人学生との付き合いが多く,台湾語で話ができるようになりたい,という方や,台湾人に友達がいるから,これまで台湾と関係する仕事をしていた,将来台湾と関係する仕事につきたいから,などであった。また博士後期学生や学振研究員,大学教員の方などは,何らかの形で言語研究,言語教育と関係する方々であり,今回の研修はこれらの方々の言語研究に比較の点から直結するものであったようだ。
習得度には,若干差が出た。というのも,中国語(北京語)を学んだ経験がある方が半数以上で,広東語や客家語の学習経験のある方も含まれていたため,いわゆる漢語諸語の習得経験があるかどうかが,台湾語の習熟度にも影響したと考えられる。中には,独学等で台湾語を学んだ経験のある方もおられた。また,中国語ではなくても,言語学に関心がある方たちは,習得が早かった。それぞれの学習経験のある言語から,類推を働かせて,台湾語の文法や発音に対応し,またそうした知識に基づいて,かなり高度な質問が矢継ぎ早に出され,講師たちにとっても,大変刺激となった。受講生の質問に応じて,講師の側でも補充の教材を用意するなどして対応する場面もしばしばあった。ただし,言語として考えれば台湾語と「中国語」は別の言語であると考え,今回の研修は,募集の際,いわゆる「中国語」の学習歴は問わなかった。教室では,日本や台湾,中国大陸などで出版されている台湾語の教材や台湾関係の文献などを講師たちがそれぞれ持参して教室内に置き,自由に閲覧ができるようにした。
6. 会場 詳細
会場はほとんどは,AA研304室を使用したが,大学の一斉休業期間中(8月13~15日)は,府中駅近くのルミエール府中を使用した。ただし,当初の予想を超える数の受講生が集まったために,予約してあった教室は手狭であった。2日目は広い教室だったが,1,3日目が狭かった。このため,予約の空いていた3日目午後は,広い部屋に変更した。大学全体の一斉休業方針のため仕方がないことではあるが,録音を聞かせるためには,スピーカーを持っていく必要があるなど,外の会場で行うためには,多少の煩わしさがないわけではない。できれば,一貫して研究所の会議室を使えることが望ましい。
7. 授業 詳細
第1日目は,発音編を一気に学習した。発音練習だけを長い時間行うことは受講生には退屈であろう,という判断から,初日に概要を全て説明し,翌日からは実際の会話文を読みながら発音を習得させることにした。また,第10課までは,練習部分に,特に発音練習を多く盛り込んで,繰り返し行うこととした。
時間割の基本は次の通りであった。月曜日の午前中は,前週の復習を行ったうえで復習の小テストを行った。また,原則として水曜日の午前中に文化講演,またこの日の午後は,復習を行うドリル練習の時間とした。それ以外の時間は,午前,午後にそれぞれ1課ずつを学習することにした。ただ,午前と午後では時間数が違うので,午前で学習しきれなかった部分を午後に少し補充するようにした。受講生には相談の上,それぞれに台湾語式の名前をつけ,授業で指名するときにはそれを使うようにした。そのうちに,受講生もだんだんそれになれ,互いに台湾語名で呼び合うようになって親密度が増していった。
毎週月曜日午前の小テストは蔡講師が担当した。発音のテスト,短文を読んで空欄部を埋める問題,聞き取り,作文など盛りだくさんの内容だったが,受講生はそれぞれ土日の間に一生懸命復習して臨んだ様子が解答用紙から推測された。テストは学生の評価ということよりも,どのような部分が学生にとって分かりにくいのか,習得が難しいのかを知ることができたという意味で,適切だったと考える。解答状況を見ながら,補充の教材を用意して解説を加えたり,重点的に復習が必要な部分を洗い出して時間を取って復習したりするのに役立った。
講師の側では,受講生のバックグラウンドの違いや習熟度の違いが明らかになるにつれ,授業の速度をどうすべきか,どのような部分に焦点を当てるべきかについて,悩みが深くなった。教科書が盛りだくさんであったため,かなり詰め込みになり,消化不良を起こす受講生が出ることも懸念された。しかし,ほとんどすべての受講生が,教科書を最後までやり通すことを希望し,また帰宅後や土日に時間をかけて予習復習している様子も見え,受講生のやる気に講師が後押しされたとすらいえる。その点で,今回の受講生が大変レベルも意欲も高かった点に驚かされた。なお,講師の間での情報共有をはかるため,その日のそれぞれの担当時間が終了した後にはかならず日誌をつけ,授業の進度,問題点,受講生からの質問,使った補助教材等について報告書をメールで送信した。
8月31日午後には,AA研の小川・浅井台湾資料の閲覧に来られた台湾の林清財教授(国立台東大学)と鄧相揚教授(曁南大学)に飛び入りで授業に参加していただいた。あらかじめ受講生には,先生方への質問を考えておいてもらって,実際にその質問を発話し,それに先生方に答えていただくという形式で授業を進めた。先生方の答えはかなり受講生にはレベルが高いものだったが,少なくとも質問がいつもの台湾人講師以外の台湾人にも通じた,という実感は得られたようだった。
最終日の午後には,「発表会」を開催した。受講生にはあらかじめ,何か作文を書いて読み上げる,台湾語の歌を歌う,先生と会話するなど,好きな方法を用いて台湾語で発表することを考えるように伝えておいたので,それぞれ,大変ユニークな発表だった,例えば,この5週間の感想を語った人,ダジャレで台湾語を習得する方法を紙芝居形式で実践した人,台湾語の歌を歌った人,複数の受講生間で寸劇をした人,台湾語で漢詩を作った人等,どれも素晴らしい出来栄えで,たった5週間でここまでできるのか,と感激させられた。
8. 文化講演 詳細
文化講演は8月8日, 8月22日,8月29日,9月7日の4回行われた。
- 第一回 8月8日(水)10時~12時10分
- 日本における台湾地域研究,近現代史研究の第一人者である若林正丈先生(早稲田大学)から「戦後台湾政治の構造変動―中華民国台湾化の視覚から―」というタイトルでご講演をいただいた。なぜ,現代台湾政治論は複雑になるのか,という疑問から出発して,「中華民国」の「台湾化」の歴史的条件やそのプロセスの展開,そして今日の馬政権において,「台湾化」は如何なる方向に進むとみられるのかをお話いただいた。公開で行われ,受講生以外に,二名の聴講者が参加された。
- 第二回 8月22日(水)10時~12時10分
- 三尾裕子(AA研)が,担当した。まずクイズ形式で台湾についての基礎知識を確かめたのち,「重層する外来政権下における「台湾語(閩南語)」「日本」」というタイトルで,台湾語が,台湾の歴史の中でどのような位置づけを与えられてきたのかを解説した。さらに,今年の3月に現地で録画してきた映像をもとに,台湾人の発話における多言語状況について,紹介した。最後に,AA研所蔵の王育徳文庫の貴重資料の紹介を行い,貴重書室を訪問して,「歌仔冊」「台湾十五音」などの台湾語関係の資料を閲覧した。盛り沢山な内容で,昼休みに一部食い込んでしまった。
- 第三回8月29日(水)10時~12時10分
- 樋口靖先生(本学名誉教授,『台湾語会話』の著者)から,「日本時代に於ける日本人の台湾語学習経験回顧」というタイトルでご講演をいただいた。日本時代に台湾で行われた人口調査などのデータを用いて,当時,台湾語が母語でない人々(主にいわゆる「内地人」)がどの程度台湾語を学習したのか,またその目的や,習得に使われた教材の特色などについて,ご紹介いただいた。公開で行われ,受講生以外に数名の聴講者が参加された。
- 第四回9月7日(金)午後3時40分~4時半
- 三尾裕子(AA研)が担当した。王育徳先生の生前のカナダでのご講演「我的台湾史観」の録音をもとに,台湾の歴史を簡単に解説したのち,台湾人のアイデンティティにかかわる部分の録音を聞いて,聞き取りを行った。最初は,新出語句のみを提示し,そのあと台湾ローマ字ピンインを見ながら聞き,最後に日本語訳を見ながら録音を聞いた。まだまだ聞き取るには難しかったが,受講生の中には単語を拾えるようになった学生もいたようだった。また,あらすじを最初にある程度解説したので,その知識から,録音から聞いたことの内容をかなり類推できた受講生もいたようだ。
9. 研修の成果と課題 詳細
「受講生」の項で上述したように,各自最初のスタートラインにかなり開きがある状態でスタートしたが,最終的には上述したように全員が台湾人講師以外のネイティブと簡単な会話をかわすことができるようになった。発音については,まだ不安がある受講生もあり,今回の授業期間だけでは十分な指導をするには不足の感が否めない。また,本文の会話を暗記させることも考えていたが,その時間は全く取れなかった。ただ,学生は,自分が台湾語で話したいことが次々に浮かんでくるようで,「○○は台湾語で何と言うか?」とか「○○という単語は××という場合には使えるのか?」などといった質問がたくさん提起された。このため,教材では用意していなかった語彙や言い回しを数多く教室で教えることになった。研修終了後は,現在では,インターネットでも台湾語の放送が聴けるようにもなっているので,それを今後聞いて行きたいという人や,さっそく台湾に出かけて使ってみたいという人等,皆さんかなり積極的,意欲的と見受けられた。今後も継続して学びたいので『中級』の教材を作ってほしい」という方も複数あった。皆さんの今後の学習の継続と成果に期待したい。
なお,修了時に,メーリングリストを開設したので,その後も受講生と講師の間で情報交換などが継続されている。今後の課題としては,まずは,今回の教材をブラッシュアップさせることが必要である。講師もこれまで教会ローマ字使用者であったために,教材の表記に時として教会ローマ字が混じる等,少なくない数の誤植が見つかったので,それを修正して「第2版」を公開する予定である。また,受講生とのやりとりの中から,台湾語の研究の素材が発見されるケースもあったので,今後も文法などの研究につとめ,教材のさらなる充実がはかられることが期待される。
10. おわりに 詳細
今回の研修では,多くの方々にお世話になった。最大の功労者は,熱心かつ協力的な受講生の皆さんであろう。講師としては受講生の熱意に感動する毎日であった。台湾では,林伯奇さんと彼のお父様には,取材に協力していただいた。例えば,自己紹介や新港の歴史,日本時代の思い出などを語っていただいて録画させていただいた。またちょうど行われた大甲媽祖という神様の進港への巡幸取材にご案内下さった。この取材は,三尾の文化講演の素材として使用するつもりであったが,言語の授業時間が不足してしまったため,割愛せざるを得なかったのは残念である。1972年にAA研の福建語講座を担当された故王育徳先生の奥様王雪梅さん,また近藤明理さん(王先生の次女)には,王先生のカナダでのご講演の録音を受講生にお贈りいただいた。また三尾が作成した翻訳文については,上記お二人だけではなく近藤綾さん(王先生のお孫さん,『すぐ使える!トラベル台湾語超入門』著者)にもチェックをしていただいた。受講生が,王文庫参観と王先生の録音を聴く機会に恵まれたのは,AA研ならではの研修と言えるだろう。また,林清財先生と鄧相揚先生には,日本での貴重な資料収集の時間を割いて,言語研修にご協力いただいた。以上の方々に,深く御礼申し上げたい
主任講師として,3人のネイティブ講師の方々にも,心から感謝したい。日本で台湾語を教えられる先生の数は決して多くない。しかし,他方で,それぞれの専門家によって,教え方や理想とする表記法など,考え方も同じではない。3名の講師には,それぞれの主義主張の枠を超えて,日本人を主体とする受講生の教育の為に,という目的に添って最大限の努力をして頂いた。そして,言語研修をサポートして下さった補助者の山西弘朗さん(本学大学院博士後期課程),共同研究拠点係の事務の皆さまにもお世話になった。特に4月から研修終了までは,日本在住の蔡先生,林先生,山西さん,事務の方々には,厳しい時間的制約の中,休日にまで様々無理をお願いして対応していただき,ご協力を賜った。厚く御礼申し上げる次第である。
日本では,「台湾語」そのものの認知度は決して高いとは言えない。「台湾語」と銘打った本が,実は中身は中国語(北京語)である,というような場合も見受けられる。日本統治や戦後の国民党統治の中で,台湾語は「国語」にはならなかったために,長い間抑圧されていたことも事実である。今回の研修は,小さな一歩ではあるが,今後,台湾語への関心が少しずつでも広がって行くことを期待したい。日本から,台湾への関心を持つ人が増えていくということが,直接的にではないとしても,台湾の諸言語や文化の維持,発展に寄与することにもつながると信じたい。
(三尾裕子)
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