2010年度のスィンディー語研修は,6人の受講生に対して行われ,予定していた授業内容のほぼ全てを終えることができた。今回の研修の概要を,以下のとおり報告する。
1. 期間と時間 詳細
スィンディー語研修は,2010年8月23日から9月17日までの4週間(土,日は休講)にわたり実施された。1日5時間(午前2時間,午後3時間)で20日間の計100時間である。会場は,主として大阪大学豊中キャンパスのスチューデント・コモンズを利用し,途中会場の都合で,4日間のみ別教室に変更した。
2. 講師 詳細
研修期間中は,全日程をネイティブ講師マトラーニーと,日本人講師萬宮が担当した。また,9月10日には文化講演として小磯氏に2時間分を担当していただいた。
3. 受講生 詳細
受講生は6名(研究者4名,大学生1名,社会人1名)だった。大学生は東京外国語大学からの単位履修生である。期間中全受講生が脱落することなく,修了することができた。
4. 文化講演 詳細
文化講演は,9月10日に2時間をとって,小磯千尋氏に担当していただいた。テーマは,スィンディー語話者が多く,ネイティブ講師の居住地でもあるムンバイーを中心とする地域の現状や課題であり,インドにおける言語事情の一端を楽しくわかりやすく解説していただいた。
5. 講義内容 詳細
今回の研修は,日本で初めて実施される本格的なスィンディー語研修であり,その点からも,講師側にも試行錯誤があったことは否めないが,受講生全員の驚くべき熱心さと学習意欲とで,そうした欠点をカバーすることができたと言えよう。これまで,日本語で書かれた文法書のたぐいが皆無に等しかったため,本研修実施を絶好の機会ととらえ,文法書を作成できたこと自体も成果の1つだったと言える。
第1週目は文字と発音の習得に重点を置いた。スィンディー語は,主としてスィンディー文字(アラビア語を表記するアラビア文字に手を加えた文字)を用いて表記されるが,インド国内ではデーヴァナーガリー文字も併用されている。ただし,研修時間の制限があり,今回の研修ではデーヴァナーガリー文字には触れることがほとんどできなかった。また入破音(内破音とも。Implosive Sounds)をはじめとして,非常に複雑な子音音素を有しており,日本人にとっては,正確な発音は相当な訓練を必要とする。今回の受講生は,子音音素の発音に関し,ネイティブ講師をして合格と言わしめたことからも,その熱心さがわかる。
文字と発音が一通り終わってからは,現代インド・アーリヤ語に属する言語としては比較的複雑な文法要素を残すスィンディー語の基礎文法習得に重点を置いた。
スィンディー語には,人称接尾辞(Pronominal Suffixes)と呼ばれる,近隣の言語には見られない現象がある。本研修では,今回作成した文法書やネイティブ講師の発話をもとに,その体系を明確にすべく,さまざまな例文を作成し,その可否を判定するなどの試みも実施した。その結果,ネイティブ講師が日常の発話では意識していなかった点も,今回の研修中にいくつか明らかになった。
また,基本会話,簡単な読み物を補助テキストとして用いつつ,日常の挨拶に始まる基本的な言語運用能力の習得に最大の力点を置き,研修を進めた。ネイティブ講師の厳しくも愛情あふれる発音指導,会話指導のおかげで,受講生全員が,わずか100時間しか学んでいないとは思えないほどの運用能力を身につけられた。
最終週には,日本の昔話をスィンディー語に翻訳し,ネイティブ講師に日本の一端を紹介することも試みた。受講生全員が意見を出し合い,数日をかけて短編がスィンディー語に翻訳され,最終日にはその訳文をネイティブ講師に提出することができた。また,研修最終日に,各受講生がそれぞれ,ネイティブ講師に対する御礼を数分間口頭で話すことができたことも最大の成果であると言えよう。
今回の研修を実施しての課題としては,継続的な言語使用環境の提供が挙げられよう。受講生からは,研修終了後も,定期的,継続的にスィンディー語使用機会を持ちたいとの希望が出ている。可能な限りその希望に対応することを考えている。(萬宮健策)
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