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教育セミナー >> 2006年度感想・報告 >> 朝田 郁
2006(平成18)年度
朝田 郁(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

 中東・イスラーム教育セミナーと題された今回のプログラム、そのタイトルには深い意味が込められていた。私は最初、これを「中東」かつ「イスラーム」の意味に捉えていた。数学の積集合のように、中東とイスラームが重なる部分だけに注目したイメージである。

 私自身は東アフリカのムスリム社会を調査対象としており、研究テーマはイスラームに含まれるものの、フィールドが中東ではないことから、場違いなところに来てしまったのではないかと危惧していた。しかしセミナー初日に行われた趣旨説明で、実は「中東」と「イスラーム」の間の中黒は「および」を表すために付されており、一連のプログラムでこの両者を広く取り上げていくことが明らかにされたのである。私はそれを聞いてほっとすると同時に、未知の世界に乗り出すような気がしてワクワクした。

  今回のセミナーでは、私のテーマと関わりの深いイスラームの側面だけに注目しても、その世界の広がりを反映してか、講師陣と参加者が取り上げる地域は非常に多様なものとなっていた。中東だけには留まらず、近年注目を集める中央アジアの動向について複数の方々が発表し、さらに東南アジアのムスリムの活動に関してもレクチャーがあった。

  面白いことに、この東南アジアのイスラームと、私がフィールドとしている東アフリカ文化の間には密接な関係がある。一例を挙げると、預言者生誕祭で読誦されるカスィーダ(長詩)では、ダル・エス・サラームやモンバサなどの東アフリカ沿岸部の都市に加えて、インド洋をはさんだインドネシアのアチェでも、同一テクストが使用されているのである。

  イスラーム世界を陸からだけではなく、海から見るとこの謎は解けてくる。クルアーン18章60節に「2つの海」という言葉が出てくるが、これは伝統的な聖典解釈の説によれば地中海とインド洋を表しているとされる。この表現を借りると、従来のイスラーム研究は「2つの海」が接する場所である西アジアと、北アフリカなどの地中海岸の地域を中心に行われてきたと言える。しかしその他方で、もう一つの海であるインド洋は、西アジアを超えて東アフリカ、インド、東南アジアを相互に結びつけた海域世界を形作ってきたのである。イスラームもそのネットワークを使って、拡散・浸透していった。預言者生誕祭に観察される共通した儀礼や慣習なども、この過程で共有されてきたのだと考えられている。

  かつてウラマーは知を求めて、陸を歩き海を渡ってイスラーム世界の各地を歴訪した。それは、各地に張り巡らされたムスリムのネットワークがあって初めて可能になったものだと言える。今回の教育セミナーにおいても、地域やテーマの枠を超えて多くの研究者や同世代の院生たちと知り合い、知のネットワークを築くことができた。これは本セミナーの目指すところが、中東とイスラームの両方を合わせ持った、数学の和集合のような場であったからこそ実現されたものである。ここで得た知見やつながりを活かしながら、私もウラマーのように新たな発見を求め、既成の概念にとらわれない研究を行っていきたい。

 

 

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