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中東研究日本センター(JaCMES)における研究活動
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The dynamics between the Lebanese government and Hizbullah during the crisis in Lebanon and their theoretical relevance

小副川琢(日本エネルギー経済研究所中東研究センター 客員研究員)
Taku Osoegawa, Researcher, The Institute of Energy Economics, Tokyo

2006年7月から8月にかけてのレバノン危機時の同政府と、シリアの支援するヒズブッラーとの関係が、どのような理論枠組みと関連性を持っているのか考察したのが本報告である。

最初に、レバノン政府とヒズブッラーとの関係を考える際に必要な、レバノン・シリア関係がどのような国際関係理論から説明出来るのか概観した。シリアとイスラエルに国境を接するレバノンの地理的位置を考慮すると、理論的には両国共にレバノンにとっての脅威となる。こうした中で、シリアがレバノンに軍を駐留させ(現在は撤退)、内政介入などを行って主権を侵害してきた上に、宗派に基づくレバノンの強力な脱・国家主体の多くが(ヒズブッラーを含めて)シリアと結び付いている状況では、複合的現実主義論が想定するように、レバノン政府はシリアからの相互連関的な対外的・対内的脅威に対処する必要がある。同政府はこうした脱・国家主体を宥めたり、或いは押え付ける必要がある際に、シリアと提携するか、或いはイスラエル及び米国と提携するかという2つの選択肢を理論上持っているのであるが、例外的なケースを除いて前者の選択肢を採ってきた。しかしながら、複合的現実主義論は相互連関的な対外的・対内的脅威に直面している政府によって選択可能な外交政策のオプションを提示するのみであり、シリアによるレバノン主権の侵害にも拘らず、同政府がシリアと提携してきた理由を充分に説明出来ないのである。

そこで、アイデンティティーの要素を国際政治に取り入れた構築主義論の登場となる。レバノンにおいては、シリアと超国家的なアイデンティティー(アラブ・ナショナリズム)で結びついている脱・国家主体が存在しているが故に、同国を純然たる「脅威」であるとする認識はレバノン国民全体で共有されてこなかった。そこで、構築主義論が想定するように、レバノン政府はアラブ・ナショナリズムの根強い影響力と、それを体現するムスリムが国民の多数を占めているという現実を考慮し、シリアとの関係を敵対的なものにするわけにはいかないのである。

しかしながら他方で、レバノンがシリアとの関係から得てきた政治的・経済的利益は、「脅威」に対する認識を形成する際に、しばしば元々のアイデンティティーを凌駕してきた。従って、多元主義論が想定するように、両国間に存在する政治的・経済的相互依存と、そこから派生した両国関係を維持することの共有利益の存在も、レバノン政府の行動に影響を与え、レバノンがシリアと連携する方向に作用してきたと言えるのである。

このように、複合的現実主義論と構築主義論、多元主義論からレバノン・シリア間の結び付きは説明出来るのであるが、このことはレバノン政府のヒズブッラーに対する関係を考える際のガイドラインともなるのである。危機勃発当初、レバノン政府は世論の動向がはっきりしないこともあり、ヒズブッラーへの明確な支持を打ち出さなかったが、イスラエル軍による攻撃で多数の死者が生じ、イスラエルに対する反発が国内で高まるのと呼応して、ヒズブッラーの武力攻撃に対する支持を明確にしていったのである。レバノンのスィニユーラ首相は7月30日、ライス米国務長官の調停努力を不服とし、同国を訪問しないように要請すると共に、ナスルッラーフ・ヒズブッラー書記長とその戦士を褒め称える声明を出したのである。その後、停戦協定発効まで両者の関係は良好なまま推移したが、このようなレバノン政府のヒズブッラーに対する態度のシフトは、対シリア関係を説明する3つの理論枠組みを考慮すると、「ノーマルな」ものであったと言えよう。

このような筆者の分析に対して、コメンテーターのヒラール・ハーシャーン教授は、危機の間に政府とヒズブッラーはもっと対立していたのではないか、との指摘を行った。また、レバノンの対シリア関係を説明するには、筆者の提示した3つの理論枠組みの中では、複合的現実主義論が最も該当するのではないかとの見解を披露した。なお、コーヒーブレイク時に、アブドゥル・ラーヒム・アブー・フサイン教授は、レバノンの外交を理論枠組みから説明することに対して、新鮮であるとの印象を話してくれた。レバノン・シリア関係を分析する理論枠組みに関して、更に発展させていきたいと実感出来ると共に、今後の指針を得ることが出来た研究会でもあった。

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