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中東研究日本センター(JaCMES)における研究活動
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"Reception of Modern Arab Literature in Japan: From Third-Worldism to Multiculturalism"


Satoshi Udo (Research Fellow, Japan Society for the Promotion of Science)
鵜戸 聡(日本学術振興会 特別研究員)

 日本における現代アラブ文学の受容は、極めて限られてはいるものの、約半世紀の歴史を有している。本発表は、アラブ世界をめぐる文学テクストの受容史を整理することによって、その政治的な動機と文化的なインパクトの問題を論じるものであった。  アラブ世界への関心の端緒となるパレスチナ問題とアルジェリア戦争は、反植民地主義的な連帯のもとに多くの文献の翻訳を惹起した。そもそも植民地期の北アフリカはフランス文学を通して知られた世界だったが、アルジェリア戦争期には、従軍兵士の記録や脱走兵の手記が「記録文学」として読まれ、フランツ・ファノンやアルベール・メンミらのポストコロニアル的な理論書も翻訳されることになる。それらの翻訳を担ったのは、逆説的にも、もともとフランスのレジスタンス運動に感化された仏文学者たちだった。

 60年代から70年代にかけて、日本においても第三世界主義が大きな影響をもつなかで、アジア・アフリカ会議やパレスチナ代表部の機関誌を通してアラブ文学の紹介がほそぼそとなされたが、画期的な成果として、創樹社と河出書房から出版された『アラブ文学選』とアラブ文学全集が挙げられる。野間宏を中心としたこの企画は、アジア・アフリカ会議に長年かかわってきた左派知識人たちが達成したひとつの成果である。とりわけ、サーレフのような当時の新進作家をいち早く評価し、マフフーズの『バイナ・ル=カスライン』を英訳に先んじて邦訳した意義は大きいだろう。また、マムリやディブのようなアルジェリアのフランス語作家にも巻を充て、解説に大江健三郎や金石範などの作家を配するなど、さまざまな工夫が見られる。

 その後、80年代の停滞期を過ぎると、90年代には越境やクレオールをテーマにした新しい文学が積極的に翻訳紹介されるようになり、とくにカリブ文学の成功を受けてフランス語圏文学への認知度が高まったことによって、モロッコやアルジェリアのフランス語作品がようやく受容されるようになった。一方、アラビア語文学も、相変わらずカナファーニーやハビービーといったパレスチナ作家が中心であったが、少しずつ読者を獲得して行った。

 このように、アラブ文学の受容史をおおきく振り返ると、第三世界主義に基づいた、文学を通して帝国主義・植民地主義に抵抗するという政治的な運動から、多文化主義に立脚した世界の多様で越境的な文学の受容へと変化して来ている。いまや、一般の文学読者にむけてアラブ文学を論じ紹介して行くという、読者層の開拓が研究者の使命となっているだろう。

 なお、議論においては、文学作品の翻訳自体が多文化主義を実現することになるのかどうか、日本の作家たちは敗戦をどのように引き受けたのか、ということが話題に上がった。金石範がアルジェリアの悲劇に寄せて主張した「敗北」を引き受けることは、独立朝鮮における革命の失敗を論じるものだったが、戦後日本の文学が軍国主義を批判し戦争体験を描きつつも、ついに敗北という観点からは自らの経験を総括しえなかったことを思えば、ここに開陳される金の意見は我々がいま改めて向かい合わねばならない問いではないかと考えられた。

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