陶安あんど「里耶秦簡J1⑧1519に関する覚書」

里耶秦簡J1⑧1519に関する覚書

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陶安あんど(東京外国語大学)

里耶秦簡J1⑧1519には、秦始皇三十五年(紀元前212年)に関わる遷陵県の作付け面積や課税額等の統計データが記されており、田租に関する貴重な史料を提供するが、一部の文字が削除されたため、全文の文意にやや不可解な点が残るほか、記載事項の配置も不規則的である。以下は、記載事項間の数字合わせを通じて、目下解読可能な内容の確認を試みたい。
まず、釈文を掲げる[1]
遷陵卅(三十)五年豤(墾)田輿五十二頃九十五畝,税田四頃卌(?四十)一(?)畝〼[2]
戶百五十二,租六百七十七石,𧗵(率)之畝一石五斗  〼[3]
戶嬰四石四斗五升,奇不𧗵(率)六斗[4]。 J1⑧1519正
啓田九頃十畝,租九十七石六斗。  六百七十七石。
……[5]
都田十七頃五十一畝,租二百卌(四十)一石……〼[6]
貳田廿(二十)六頃卅(三十)四畝,租三百卅(三十)九石三□斗……〼[7]
凡田七十頃卌(四十)二畝。●租凡九百一十……〼[8] J1⑧1519背
「啓田」・「都田」・「貳田」は、それぞれ啓陵郷・貳春郷・都郷の田を指すと考えられるが、都郷が県廷所在地となっていることから、「都田」を筆頭に、県廷所在地から距離に応じて、「貳田」・「啓田」と続けて記すのがより自然ではないかという疑問が生じる。「啓田」と「都田」の間に、一行分の文字が削除されたことで不自然さが一層際立つ。文字の削除によって生じた空白と断絶は、正面の最初の三行と背面の最初の四行に記された統計データが後述のように相互に密接に関連し合っているのと顕著な対照をなす。
さて、計算上関連性が復元できる数字の内訳を調べてみよう。第一行の「墾田」とは、作付けされた耕作地[9]、「輿五十二頃九十五畝」とは、その面積、即ち作付け面積と考えられるが、背面に記されている「啓田九頃十畝」・「都田十七頃五十一畝」・「貳田廿(二十)六頃卅(三十)四畝」の合計はちょうど「五十二頃九十五畝」となる。正面第二行の「租六百七十七石」は、「戶百五十二」に割り振られる課税額[10]であろうが、背面の「啓田」・「都田」・「貳田」に課せられる「租」の合計額は、六百七十七石九斗と、端数の「九斗」を除けば、正面の課税額と概ね一致する[11]。そうした対応関係は、正面と背面の記述の連続性を示す証と言えよう。
次に、正面第一行の「税田」とは、「墾田」との対比から判断して、作付けされた耕作地の中で課税の対象とされる土地を指すと推測される。その面積の「四頃四十一畝」と課税額の「租六百七十七石」との比率を調べると、一畝当たり約一石五斗となるが、それは正面第二行の「率之(之れを率(かぞ)うるに)」として掲げられる「畝一石五斗」と概ね一致する。第三行の「戶嬰」と同様に、升まで正確に計算すれば、一石五斗三升四百四十七分之二百二十七升、言い換えれば、一石五斗三升余り二石二斗七升となる。第三行の表現形式に倣えば、それは「一石五斗三升、奇二石二斗七升」と表されるので、第二行の原文はもと「戶百五十二,租六百七十七石,𧗵(率)之畝一石五斗三升、奇二石二斗七升」と記され、「五斗」以下の文字が後から削除されたと推測される。
第二行の戸数で課税額を割ると、一戸当たり四石四斗五升余り六斗となるので、「戶嬰四石四斗五升」は一戸当たりの課税額を表すことが判る。「戶ごとに四石四斗五升を嬰(くわ)う」と読むべきであろう。
背面の記述に目を転じると、先述の通り、まず三行に亙り郷ごとの作付け面積と課税額が、第一行の末尾には、正面と同じ課税総額の「六百七十七石」が記されている。郷ごとの作付け面積と課税額の割合には、啓陵郷の一斗一升弱(1.07斗)から都郷の一斗四升弱(1.38斗)までと、一定のバラつきが認められる。そこから、郷ごとに作付け面積当たりの課税率が異なることが判る。つまり、郷ごとに作付け面積が集計されて本簡に明記されるが、それに基づいて課税額が算出されたとは必ずしも言えない。この点については、文末にもう少し推測を述べたい。
背面の第四行には、再び耕作地総面積と課税総額が記されるが、前出の面積や課税額のどれとも異なる。興味深いことに、両者の比率は、一畝当たり約一斗三升弱(1.29斗)と、前述した作付け面積当たりの課税額と殆ど変わらない。従って、本行における「田」も、作付け面積と推定できるが、この行の統計数字はなぜ他の行と大きく矛盾するのだろうか。これが本簡の最も大きな謎であろう。
この謎を解く鍵は、各統計量の計算上の関係よりも、簡面における不規則的な配置にあるのではないかと筆者は考える。削り残しからすれば、正面には二行、背面には一行が削られたと推測されるが、行を単位とした削除には、計算ミス等の原因は想定できないだろうか。前述した通り、「啓田」・「都田」・「貳田」という配列には不自然が感じられるが、正面から削除された二行に、「都田」・「貳田」という順に、背面第三行と第四行と類似した内容が記されていたとすれば、その不自然さは解消される。また、そこに「都田」・「貳田」について記されていた作付け面積と課税額が間違っていたとすれば、現存の他の統計量と矛盾する背面第五行の面積合計と課税総額がその間違った数字に基づいていた可能性も考えられよう。
再び外観上の特徴に目を転じると、本簡は、下端を整形せずに切折の痕跡を残したまま、断簡の観を呈する。その上、削り残しが多数見られ、少なくとも三行分の記載が粗雑に削除されている。一方、第一行末尾の裁断された「畝」字を含めれば、本簡の記載には著しい欠落は認められず、むしろ先行する文章と相いれない余分な一行が末尾に置かれている。そうした諸特徴から判断すれば、本簡は上計等に使われる正式な記録よりも、有り合せの反故紙に適当に記された下書きという印象を受ける。例えば、前年度の記録を下書き用に再利用した可能性も考えられるが、その場合には、間違っていたとして削除されたと先ほど推測した正面左側の二行は、単純な計算ミスではなく、前年度との変化を反映させるために削除されたと推定されよう。つまり、背面の最後の行は、異なる年度に属する統計データを記載しているため、他の行とは当然数字が合わない、という可能性も排除できない。
最後に、先行研究には、秦漢時代の田租について、出来高を基準とした定率租税と、面積を基準に一畝当たり定まった租額を課する定額租税とのどちらが採用されたかを巡る議論が存在する。漢代については、吉田虎雄氏[12]や平中苓次氏以来、「名目上は定率租税となっていながら現実には定額租税として賦課され」ていたという見方[13]が定説となっているようで、秦代については、山田勝芳氏は、「田租は墾田であることを確認し、収量を把握した上で、一定の税率で各戸から郷部が徴収した」ことを論証した[14]。ところが、本簡に記されている統計量は、定率制とも定額制とも必ずしも正確に対応しない。定率制を採用していたとすれば、当然「収量」を記録しなければならないが、それと関連する記述は本簡から一切見出せない。一方、墾田もしくは税田の面積を基準として課税額が算出されたとすれば、升単位の税額は、墾田と税田のどちらかの面積で割り切れると考えられるが、実際はどちらでも余りが生じる[15]。言い換えれば、本簡の記載から判断する限り、秦代には、単純な定率制も単純な定額制も取られていなかったようにみえる。
そうした矛盾を解消する解釈は二つあるように思われる。一つには、山田氏が主張するように秦代には定率制が取られていたが、本簡が収穫量などに言及しないのは、作成の目的が田租徴収業務そのものではなく、作付け面積や徴税実績を基準とした地方官の人事評価にあり、収穫量の詳細を記した徴収業務関連の記録は別途に作成されたからである。今一つには、秦代にはすでに定額制が採用されたが、漢代について指摘されているのと同様に、田地を等級に分けて畝当たりの課税額を調整する仕組みも存在していた。『周礼』小司徒・『礼記』王制・『尚書』禹貢篇・『管子』山権数篇等に耕地を幾つかの等級に区別している例があるので、秦国でも同様な考えが浸透していた可能性もなくはないが、その場合には、正面第二行に一つの税率しか記されていない事実と矛盾が生じ、最初の解釈と同様に、徴収業務関連の詳細な記録が別に存在していたことを想定せざるを得なくなる[16]。その意味では、本簡は、定額制が採用されたとするという二つ目の解釈を積極的に支持する史料とも言い難い。むしろ第一の解釈の方が蓋然性が高いのであろう。徴収業務関連の記録のほか、作付け面積や徴税実績を記した人事評価資料が作成されていたとすれば、それは、定率租税の建前にも拘らず運用において徐々に定額租税が定着した要因とも理解できよう。

附記:小文は、アジア・アフリカ言語文化硏究所共同利用・共同硏究課題「簡牘学から日本東洋学の復活の道を探る――中国古代簡牘の横断領域的研究(3)」における議論を踏まえているほか、科學硏究費(基盤硏究B、課題番號16H03487)「最新史料の見る秦・漢法制の變革と帝制中國の成立」の硏究成果を含む。

編集者注記:2018年2月2日入稿

[1]里耶秦簡の引用は、次の図版と釈文を参照した。
湖南省文物考古研究所『里耶秦簡(壹)』(文物出版社,2012年。「原図版」もしくは「原釈文」と略称)
陳偉主編,何有祖、魯家亮、凡國棟撰『里耶秦簡牘校釋(第一卷)』(武漢大學出版社,2012年。「校釈」と略称)
里耶秦簡博物館・出土文獻與中國古代文明研究協同創新中心中國人民大學中心『里耶秦簡博物館藏秦簡』(中西書局,2016年。「館藏簡」と略称)
[2]「卌」・「一」、原釋文・校釋・館藏簡は等しく「□」に作り、館藏簡【校訂】は、「疑爲“卅一”,或疑爲“卌七”,待定」とする。案ずるに、「卌」は、最も左の縦の筆画が欠けているが、右の二つの縦画が繋げて書かれていることから、「卅」ではなく、「卌」の残画に係ることが判る。「一」には縦の筆画は確認できず、「七」と釈読する根拠に乏しい。
「畝」、原釋文・校釋は釈読せず、館藏簡は「□」に作るが、残画と輪郭に基づいて補釈した。
簡の長さは約23センチメートル、つまり秦代の一尺に等しいが、下端は殘缺しており、圖版に基づいて斷簡記號を補った。下端の残り方は、切折を思わせる形状となっており、意図的にこの長さに切られた可能性も高いが、畝字の墨跡が裁断される形で簡が折れているので、断簡に変わりがない。
[3]「斗」、原釋文・校釋は釈読せず、館藏簡に基づいて補釋した。
[4]正面の第三行の左側は、一見空白となっているが、處々削り残しと思われる痕跡が見られ、もと他の簡文が二行ほど記されていた可能性がある。
[5]背面の第一行と第三行の間に、一見一行ほどの空白があるが、明確な削り残しが数多く確認され、もと他の簡文が記されていたことが判る。字数は未詳。
[6]「石」の下に字数の確定し難い墨跡がある。原釋文・校釋は釈読せず、館藏簡は「□□」に作り、【校訂】では、“可能是符號標志”と注記する。所謂「□□」は或いは「一斗」と釈読すべきかもしれない。
[7]「斗」、原釋文・校釋・館藏簡はともに釈読しないが、明らかに墨跡が確認されるので、文意に基づいて補釋した。「斗」の下にさらに削り残しが見られるが、字数は確定できない。
[8]「十」の下には削り残しが見られるが、字数は確定できない。
[9]山田勝芳『秦漢財政収入の研究』(汲古書院、1993年)39頁。
[10]徴収すべき額と実際に徴収された額のどちらかは本簡から読み取れない。
[11]なお、背面第三行の都郷に関わる記述の末尾に「一斗」という文字が加われば、租の合計額は六百七十八石となり、誤算等の可能性も考えられる。
[12]吉田虎雄『両漢租税の研究――支那税制史第一巻』第一節「田租」(大阪屋号書店、1942年、大安、1966年再版)。
[13]平中苓次「漢代の田租と災害による其の減免」(立命館文学第172・178・184・191号、1959年-1961年。引用は、同『中国古代の田制と税法――秦漢経済史研究』(東洋史研究叢刊、1967年)による)99頁。
[14]山田勝芳『秦漢財政収入の研究』(汲古書院、1993年)95-96頁
[15]正面第二行の課税総額と三郷の課税額の合計額とに「九斗」の違いが認められるが、六七七石で計算しても、六七七石九斗に置き換えてみても、また注11の通り課税合計額を「六七八石」と仮定しても、端数が生じることに変わりがない。
なお、館藏簡の「校訂」が一説として掲げる「四頃卅一畝」という釈読に従えば、課税総額の「六七七石」を税田面積で割った余りは僅か「三斗三升」となり、税率「一石五斗七升で計算した課税総額も、四捨五入さえすれば、六百七十七石に収まる。また、本簡の釈読に疑問が残る個所を計算に入れると、三郷の課税合計額は、背面第三行と第四行の末尾から削除された記載により、六七七石九斗のほか、六七七石九斗一升から六七七石九斗九升の可能性、税田面積は、やや不鮮明な「卌一」のほか、「卅一」から「卌九」の可能性も考えられる。その範囲の中では、比率に端数が生じないのは、次の二つの場合である。

三郷の課税合計額

税田面積

一畝当たりの課税額

六七七石九斗二升 四頃卌六畝 一石五斗二升(677.92石/446畝=1.52石/畝)
六七七石九斗九升 四頃卌九畝 一石五斗一升(677.99石/449畝=1.51石/畝)
[16]本簡記載の範囲内で二つ以上の税率を想定するなら、「税田」と「墾田」とに異なる税率を適用するという可能性、つまり税田に対する通常の税率のほか、「墾田」に一種の軽減税率を適用するという可能性も考えられる。「墾田」を、「税田」を含む作付け総面積と捉えれば、記載の曖昧性と釈読の不確定性等を考慮に入れても端数の生じない組み合わせは見いだせないが、「墾田」を「税田」以外の作付け面積と仮定すれば、計算上次の四つの場合があり得る。

課税総額

税田面積

通常税率

軽減税率

備考

六七七石九斗 四頃三十一畝 一石四斗五升/畝 一升/畝 677.9石=431畝*1.45石/畝+5295畝*0.01石
六七七石九斗 四頃四十畝 一石三斗/畝 二升/畝 677.9石=440畝*1.3石/畝+5295畝*0.02石
六七八石 四頃四十四畝 一石五升/畝 四升/畝 678石=444畝*1.05石/畝+5295畝*0.04石
六七八石 四頃三十五畝 九斗五升/畝 五升/畝 678石=435畝*0.95石/畝+5295畝*0.05石
(前注の課税総額や税田面積についても試算してみたが、升より小さい端数の生じない税率の組み合わせは見出せない。また、三つ以上の税率を想定すると、未知数が多過ぎて試算が困難になる。)