『「中華」に関する意識と実践の人類学的研究』 |
***発表要旨***(『通信』94号に掲載済) |
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平成10年度第1回研究会 | |
日 時: | 平成10年6月27日(土)午後1時より5時半 |
場 所: | AA研大会議室 |
報告者: | 1. 沼崎一郎(東北大学) 「現実の共同体,架空の政体―台湾における文化変化と「新しい台湾意識」の出現―」 |
2. 李鎭榮(名桜大学) 「門中認識の遠心性と求心性―経済的条件との関連から―」 |
***報告の要旨*** |
1.「現実の共同体,架空の政体―台湾における文化変化と「新しい台湾意識」の出現―」/沼崎一郎 本発表では,台湾における文化変化の特徴と最近論争の的になっている「台湾意識」の特質とを吟味し,両者の関係を考察することを通して,現代台湾の政治的変化の意義が明らかにされた。その際に採用された方法は,今日の台湾をめぐる国際関係や,対中国との政治的関係,台湾内部の政治力学的な問題などから論議するのではなく,むしろ,人類学の観点から,人々の「台湾大」の生活世界の出現,日常生活の多様化,人間関係の多元化といった,庶民の生活レベルにおける諸変化をすくい上げるという方法である。その上で,従来の政治的な理想としての「台湾意識」ではない,現在のライフ・スタイルを肯定的に捉えるところに根ざす「新しい台湾意識」の醸成過程を,文学や美術,映画や歌謡曲の中に探った点に特徴がある。 戦後台湾の文化変化の最大の特徴は,急速な経済発展に伴って個人の「生活世界」が小さな村落集団や狭い親族組織から鎮や県を越えて「台湾全土」にまで広がるようになったことである。このような文化変化に伴って,あるがままの台湾を直視し,あるがままの台湾をアイデンティティの源として肯定的に捉える「新しい台湾意識」が生まれた,と発表者は主張する。その様な台湾意識は,かつての「台湾独立運動」の指導者達が国民党支配下の台湾を否定的に捉えてきたのとは対照的である。更に,「新しい台湾意識」は,多元文化主義を認め,全ての民族・民系が雑多に混在することを容認する。これも,かつての「外省人」と「国民党」を排除した「純粋」な台湾を希求する「台湾独立運動」による「台湾意識」とは大きく異なっている。 台湾の文化変化は,「現実の共同体」としての台湾社会を創出し,それを肯定的に自覚する「新しい台湾意識」を醸成した。そして,「新しい台湾意識」は,台湾を肯定するという点で台湾の「脱周辺化」を可能にし,多元性を許容するという点で「中原」の多極化を招来した,というのが発表者の仮説である。(文責:三尾裕子) |
2.「門中認識の遠心性と求心性―経済的条件との関連から―」/李鎭榮
発表の内容は,沖縄において門中原理の受容と継承が経済的状況とどのように関連するのかを考察するものである。 首里・那覇のようにかつて門中原理が比較的強かった地域において,私有財産の概念の普及は共有財産を持つ古い門中に何らかの変貌を強いることになりつつある。場合によっては,集団としての門中が分裂の危機に直面してしまう例もある。このように,共有財産があるために門中が何らかの葛藤を起こす例が少なからずある。門中の共有財産をめぐる争いの結果として門中組織が分裂していく過程を,ここでは「遠心性」と表現した。報告した那覇市の士族門中(蔡氏)のケースはそのよい例といえよう。 一方,かつてから門中原理が弱かった北部の農村地域や離島においては,門中を名乗ることは一つの威信を高めることとなりつつある。このような動きを門中化と称し,これを考察した研究も少なくない。字汀間において門中を名乗る家系は,いずれも字汀間においては経済的に裕福な家系かあるいは教育水準が高い家系に限られる。これらの家系には,経済的に余裕のある兄弟たちが中心となり,「首里・那覇の門中」を真似た共有財産を形成しようとする動きも見られる。汀間において門中を名乗ることは,社会的な成功を示すことにつながると見なすことができる。このような意味で門中の「求心性」と称した。 財産をキーワードとすると,首里・那覇を中心とする南部と汀間のような北部・離島の地域とのあいだには,門中の生成と継承において対向性が見られる。つまり,かつて門中原理が一般的ではなかった地域においては,財産が門中原理を強化する方向に作用する。反対に,門中原理が強かった地域においては,共有財産それ自体が門中の分裂を招く要素として作用していることが少なくない。財産は,一方では遠心的に作用し門中を弱体化する。このような意味で門中の「家族化」という表現が可能かも知れない。その反面,汀間では門中意識に求心性が見られる。その核心に私有財産とそれをめぐる観念がある。 |
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