調査こぼれ1   調査こぼれ話3

犬も歩けば
        津曲敏郎

 子供のころの犬棒カルタのことわざや百人一首は、取りたい一心で意味もおぼつかないままに覚えたのが、いつまでも忘れずに記憶に残っているものだ。「犬も歩けば」の絵では、文字どおり犬が前足を棒にぶつけて痛そうな顔をしていたから、自然に「出歩くとろくな目に会わない」の意味だと思っていたが、その後「思いがけない幸運に会う」という意味もあると知った。どっちをとるか、ここがフィールドワーカーになるかどうかの分かれ目だ、と言ったらいかにもこじつけだろうか。あまり探求心旺盛な犬にはなりきれずにいるが、思えば行く先々の風景の中にいつも本物の犬がいた。

 初めて行った中国・内蒙古の大草原に面した村では、各戸の獰猛な番犬がたむろしている通りをこわごわと通った。で、仲間内で名付けたのが「ニニヒン街道」(ソロン語で犬の意)。よその家を訪れる際には地元の人でも「ニニヒン・ビシンゲー(犬いるか)!?」とどなって、家人に押さえてもらわないと痛い目に会うと聞かされた。いっぽうアムール河口のニブフの村では橇をあまり引かせなくなった今もたくさん犬を飼っているが、場所によってはこれがロシア人を遠ざける効果をもたらしたという。ロシア人の豚を追い払ってしまうためだ。おかげで、こうした村では比較的ニブフのまとまりが保たれ、結果として言語の保持率も比較的高いのだ、とニブフ出身の民族学者タクサミ氏が話してくれた。かく言うタクサミ氏自身、この調査では故郷に帰った気安さで不用意に近づいたために、しっかり噛まれてしまったから(歯のあとを見せてくれた)、遠ざけるのはロシア人だけとは限らないらしいが。

 さて今回(2000年3月)の沿海州でのウデヘ語調査でも犬に縁があったので、それを紹介しよう。
 日本を発って、強行軍でもその日のうちに村に入れるというのは、有難いことだ。着いた晩、下宿先の家で去年は見かけなかった小犬が出迎えてくれた。白で頭だけ茶色。尻尾を振ってじゃれついて来る。「マグダ!」(というのが名前らしい。ウデヘ語か何かかと思って尋ねると、フランス女?の名前だとか。ああ、マグダレーナとかいうやつか)と、おかみさん(ロシア人)が一喝して太い腕で首根っこをつかまえると、世にもあわれな声を出すが、容赦なく外にほっぽり出される。以後、食事で台所(兼食堂、たいてい母屋と別棟になっている)に入るたびに、同じ光景が繰り返された。

  このおかみさんは早朝5時前ぐらいに勤め(パン焼き)に出てしまう。折から主人もウラジオストク出張とあって、朝は自分で台所の入り口のでかい南京錠を、秘密の場所(といっても、いかにも誰でもわかりそうな場所)に置いてある鍵で開ける。朝はまだマイナス20度にもなって、南京錠の冷え切った鉄が手に張り付きそうだ。開けると待ってましたとばかりに、マグダが飛びついて来る。パンとソーセージ、チーズなど、それにお茶の準備がしてあって、卵だけを自分で焼く。去年はおかみさんの勤めが遅かったらしく、朝も作ってくれたが、いつも卵3つの目玉焼きや特大オムレツその他これでもか、のボリューム。朝あまり食欲のない当方としては勘弁してほしかったので、自分でささやかに済ませるほうが気楽だ。マグダも鬼のいぬ間にじゃれまわる。餌の皿はとっくに空っぽにしているので、ソーセージを一切れ投げてやるとあっというまに飲み込んで、あれ、どこに行ったの?とばかりに、床を嗅ぎまわってる。以後ますますなついてくるようになったのは言うまでもない。あるとき昼飯にボルシチが出されて(おかみさんは昼前には帰って作ってくれる)、食べながらふと見ると犬の皿にもすでに同じものが入っていた。ほう、さすがロシアの犬はボルシチを食うのか、それにしても客と同じものを食うとはぜいたくな。ん?まさか逆じゃないよな?

  もちろんこのおかみさんの料理はたいしたもので、材料も設備も限られた中から、手を変え品を変えて毎食おいしいものを作ってくれた。ガスレンジこそあるが、水は井戸から汲まなきゃいけないし、ひねればお湯が出るわけじゃないし、冷蔵庫はあっても電気は来たり来なかったりであてにならないし(もっともこの時期冷蔵庫はいらないが)、ペチカの火は絶やせないし、おまけに牛の世話まであって、つくづくこのへんの主婦は大変だろうなと思う。まあ、どこの主婦もそれなりに大変でしょうけど。

  着いた翌日、早速インフォーマントの家に出かける。歩いて10分ほどの距離。毎日この家との往復が唯一の運動となった。気温は低いが風もなくいい天気で、固く締まった雪がキュッキュッと靴の下で鳴るのが心地よい。再会の期待を胸に門をくぐると、ここでも犬のお出迎え。といっても、こちらはでかいシェパードが猛然と吠えかかるという手荒いものだが。つなぐなんてことは、このへんではどの家でもしていないので、ドアまでたどり着けない。ちょっとでも進もうとすると、すぐにも跳びかかって来そうな剣幕だ。困っていると、ただならぬ様子を聞きつけて奥さんが出てきてくれた。「この子はあんたのこと忘れたみたいね」。そう言えば去年もいたっけ。この奥さんもロシア人で、手紙では病気がちと聞いていたが、もう元気そうだ。主人は薪を集めに出ていてすぐ戻るという。ほどなく元気な姿を見せた。自家製ワインを開けてくれて、互いに再会を喜んだ。翌日から犬はちゃんとつないであった。こいつに覚えてもらえるころにはまた村を離れることになるのだろうな。

  この家からの帰り道もいろんな犬が見慣れないやつだな、とばかりに険しい視線を投げかける。なるべく目を合わせないようにして、下宿先に帰り着くと、庭先で遊んでいたマグダが目ざとく見つけてすっ飛んで来る。出迎えてくれる者がいるというのはうれしいものだ。犬には言葉で悩まなくてもいいし。でもこいつも、また今度来るころにはすっかり忘れて、大きくなった体で一人前に吠えかかって来るのかもしれない。


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