調査こぼれ話2

 「計画外の別の出来事」こそ

呉人一ノ瀬) 恵 

 シベリアに調査に出かけて苦労することのひとつは、その不安定な飛行機事情である。不安定というのには2つの意味がある。つまり、ひとつは天候の不安定さであり、もうひとつはタイムテーブルの不安定さである。シベリアで飛行機に乗ろうとすると、その両方から挟み撃ちにあう。そうとわかっていながら、今回も10回飛行機を乗り継いでしまった。それは、コリャーク自治管区の中心地パラナを訪問したあと、いつもの自分のフィールドであるエヴェンスクに立ち寄ってくるためだった。カムチャツカ半島の北部にあるパラナと、そのいわば大陸側の対岸にあるエヴェンスクはオホーツク海をひとっ飛びすれば、あっという間の距離である。しかし、残念ながら直行便はない。トナカイ橇なら1ヶ月で行けると言われ心が動いたが、ヘルニアを患った後だったし、帰ったら自分の研究室に知らない人がすわっていたなんてことになったら困るので、飛行機で大回りをしてエヴェンスクに行くことに決めた。

 エヴェンスクに着くまでは、奇跡的ともいうべき見事な飛行状況であった。なにしろ、日本を出てからここまでですでに7回の乗り継ぎをしている。それなのに、すべてタイムテーブルどおりの飛行なのである。そのうえ、その日降り立ったエヴェンスクは雲ひとつない快晴。どうぞ飛んでくださいといわんばかりの理想的な空なのだった。そこで私は「よしよし、今までさんざん苦労したもんなあ。たまにはこんな風に行ってくれないと報われないもんなあ。」などとひとりごちつつ、あまりの運のよさについついニタニタと口元がほころんでくるのを禁じえないのだった。

 本当にいろんなことがあった。マガダンでの調査を終え、帰国のために空港に行ってみると、乗るはずの飛行機が会社倒産のため影も形もなくなっていたということもあった。今年の新年には猛吹雪のためにエヴェンスクの村で4日立ち往生を食った。2年前、初めてツンドラに小型プロペラ飛行機に乗せてもらって行ったときには、飛行機の天井近くまで荷物が山積みになっており、みんなでその荷物の上に寝転がって飛んだ。ふと、天井を見るとあちこちから紐が垂れ下がっている。聞くと、つり革代わりだ、揺れたらつかめという。案の定、よく揺れてくれて、私の横にいたイヌは飛行機酔いして、私のズボンに嘔吐した。おかげで、イヌも吐くときはあんなにも情けない顔をするもんだとわかったのは収穫?だった。

 さて、今回の幸運はエヴェンスク到着までだった。天気はその後どんどん崩れて行き、出発予定日にはまたまた大吹雪が吹き荒れ、欠航となってしまった。翌日もまだ吹雪いていたので観念して仕事を始めようとすると、突然、空港から電話。これから30分後に飛行機が飛ぶけれど、ついては乗るか乗らないか、もう1機飛ぶ予定だから無理にとはいわないが、この天候ではどうなるか保証はできないぞーと脅かされ、慌てて空港に飛んで行った。行くと、10人乗りの小型プロペラ機の翼は大風にあおられてバクバクと波打っている。パイロットは、私の顔を見ると「サンキュー」とか「OK!」とかを連発したがる軽ーい乗りのロシア人のお兄さん。私がどんな面持ちで飛行機に乗りこんだかは想像にかたくないだろう。

 ところが、である。プロペラ機は飛び立つや、微動だにしない実に見事な飛行ぶりを示したのである。その日、風はツンドラからオホーツクの海に向かって吹いていた。よく見ると、プロペラ機はいつもより海よりに航路を取って進み、上手に風をよけながら飛んでいたのである。マガダンに無事着陸し、操縦室から出てきたあのパイロットの背中に後光がさしていたように見えたのは私だけだっただろうか。

 ものの本にこんなことばがあった。「人生とはなにかを計画しているとき起きてしまう別の出来事のこと」シベリアでフィールドワークを初めて7年。今ではこのことばが身にしみてわかる。シベリアという土地の広大さ、自然環境の厳しさは、人々を実に多くの「別の出来事」に遭遇させるのだ。一方、文化人類学にせよ、言語学にせよ、およそ辺境の地を相手にしているフィールドワーカーも、満足のいく成果をあげてくるためには、そういったたくさんの計画外の「別の出来事」に適応対処しなければならない。そのためには、なによりもそれを自分なりに読み解き、時には面白がることのできる柔軟さが必要なのだろう。これからもますますシベリアの飛行機に翻弄され、肉体の衰えを補うに十分なほどに脳みそを揉み解され、いつまでもフィールドワークを楽しんでいきたいと思う今日この頃である。

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