3.検問
  マダガスカルは、旧宗主国フランスとほぼ同じ国内治安制度をひいているため、一般検問を行うのは憲兵(ジャンダルム gendarme)、交通検問を行うのは警察(ポリスイpolice)であり、一つの町の出入りにご丁寧に憲兵と警察官の双方が検問を行うこともある。昔は、フランス統治時代に導入された人頭税支払いのチェックが一番の理由であったと聞くが、人頭税のなくなった現代では検問の第一は、交通と車両の取り締まりが目的。タクシ・ブルースで言うと、免許証と営業許可証の確認、乗車定員の確認、車両整備状態のチェック、救急箱や消化器やスペアタイヤなど必要備品のチェックである。スピード違反は、取り締まるための方法と手段を向こうが持たないため、これは事実上フリー。この検問でしばしばひっかかるのが、乗車定員オーバー。しかし、タクシ・ブルースの運ちゃんも自分が走行する道の何処が危ないかをよく承知しているから、対向車線からやってくる同じタクシ・ブルースの運ちゃんから情報を仕入れ、検問の手前で一部乗客を降ろして歩かせ、その先でピックアップするなんてことは珍しくもない。なんで、違法な乗車定員オーバーのすし詰めにされた乗客が、ご丁寧にまた歩いて運ちゃんに協力しなければいけないのかはさっぱりわからない。まあ、検問でひっかかれば運ちゃんが30分時には小一時間も憲兵や警察官にねちねちしぼられ、最後に金を巻き上げられることになるから、時間の浪費対策として協力しているのかもしれない。検問の第二の目的は、乗客の確認である。普通は車内を一渡り覗き込んだり懐中電灯で照らして終わりであるが、政情不安や犯罪情報の入った時などは、身分証明書やパスポートの照合を行うこともある。ただ、乗客の中で僕のようなガイジンだけにパスポートの提示を求めてきた時は、明らかな小遣いせびり。しかし、今日は「鴨」のはずのガイジン、相手が悪かった。「あんたさ、英語わかんの?わかんないと意味ないよ!」、「いいから、出せ!」、「ほらよ」。ここで相手のあてが、はずれる。相手は、こっちをおのぼりのガイジン旅行者と見てパスポート不携帯であることをゆすりのネタにして小遣いを稼ごうとしたわけだが、そんなことは百も承知。そして、さらに悪いことに日本のパスポートは日本語と英語の併記だから、中学を卒業すれば試験を受けることのできる憲兵や警察官では、パスポートの縦か横かもわからない。そこからこっちが逆襲。「俺ってさ、何人?」、「こんな中国人のパスポートは、わからねえや!」と捨て台詞と共にポンとパスポートを投げ返す。「何人か、わかんねんだろ?あーあ、おまえみたいな馬鹿にゃわかるもんねえよなあ!おかわいそうによ!」と窓の外に向かって怒鳴れば、当の憲兵隊員は苦虫を噛みつぶし、車内爆笑。検問の第三の目的は、荷物の中身のチェックである。この検問を受けた経験は、二回だけである。一回目は、銃器が流れているとの情報があったことによる。二回目は、1991年8月、首都での大統領警護隊による野党連合のデモ隊に対する銃撃事件の端を発した暴動直後のマジュンガ市内を出る時であった。暴動の際に略奪した店の商品を持ち出していないかとの検査で、この時はかなり執拗であった。検問の第四の目的は、コレラの防疫である。(公式には)ちょっと前までマダガスカルにコレラは、存在しなかった。1997年頃からコモロから入ってきた(と言われている)コレラが猛威をふるい、そのためにコレラの予防接種証明を持たない人間は、空港や街道筋の検問で抗生物質を強制的に服用させられることとなった。しかし、抗生物質の大量服用でかえって体調を崩す人が続出、各国からの抗議も殺到、2000年までにこの検問は消滅。残ったのは、製薬会社と結託して懐を肥やした政治家とコレラを口実に国際援助を引きだそうとした政治家という、「政治的コレラ」の噂話だけ。タクシ・ブルースの壁などには、運転手に話しかけること、窓から顔や手を出すことと並んで、自家製タバコ(パラッキ paraky)・大麻(ルングーニ rongony)・密造蒸留酒(トウアカ toaka)を運ぶことは厳禁と書かれているが、これらの禁制品の摘発目的の検問に出会ったことは今のところない。この種の検問、その表面上の理由と目的は何であれ、やる側の小遣い稼ぎとの声が強い。検問にあった時、運ちゃんが一連の書類の間に5000FMG札(先のホテーリの一食分くらいの価値)を挟んで出すのは現代の大切な社会上のエチケット。想定していなかった場所で検問に出会った運ちゃんが乗客に「誰か、5000FMG札持ってないかあ!」とあわてふためいていたのはむべなるかな。エチケットを心得た乗客の一人が、黙って5000FMGを差し出したことは言うまでもない。
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