タクシ・ブルースの走行路線は、本当にマダガスカル全土を網の目のごとくにカバーしており、短いものでは数十キロ、超長距離ではアンタナナリヴ←→ディエゴ・スワレスの1174km、アンタナナリヴ←→フォー・ドーファンの1122km、アンタナナリヴ←→チュレアールの936km、中にはマジュンガ←→ヴァンガインドラヌ(Vangaindrano)の1352km、マジュンガ←→アンパニヒー(Ampanihy)の1620kmなんてものまである。走行距離の絶対値は、大陸ではないマダガスカルのためさほどの数値ではないかもしれないが、概して道路の整備状態が悪いため、上に挙げたタクシ・ブルースの走行時間は、道路状況に問題が無かったとしても二日から四日を要する。また、東部熱帯降雨林帯の未舗装道路を走破するランド・ローバーのヘビーなタクシ・ブルースもあり、各自の目的と興味に応じてタクシ・ブルースを上手に利用すれば、マダガスカルにおける行動範囲と見聞が大いに増大するであろう。ちなみに、マダガスカルでのヒッチハイクは、非常に難しい。なぜなら、トラックが乗客を運ぶことは法律上禁止されているにもかかわらずむしろ乗客を乗せていないトラックの方が珍しいくらいではあるものの、トラックの運ちゃんと顔なじみでもないかぎり、がっちりとお金を取られるからである。それも、タクシ・ブルースの料金と比べて安いは安いものの格安というわけではなく、荷台で固くまた時には異臭を放つ荷物と一緒にガタゴト、ノロノロ旅をするくらいならば、はじめからタクシ・ブルースに乗ってしまったほうが気がきいているというものである。トラックの便乗は、タクシ・ブルースが走っていない道や発着所の無い場所での応急措置、あるいはタクシ・ブルースの正規料金も支払えないほどの所持金の困窮状態の非常対応策と考えるべきであろう。
 
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マジュンガ市の発着所 バッシェ出発準備中
  これで、タクシ・ブルースに乗る手はずは整ったわけで、指定された日の指定された集合時間に発着所の切符を買った会社の発券所に行ってみよう。集合時間は、出発予定時刻の30分前である。確かに、先の旅行ガイド書にあるように、実際の出発時刻は体験体験的に小一時間は遅れるし、首都のアンタナナリヴでさえ4時間待たされたこともある。地方に至っては集合・出発時刻なんぞ、発券所のおやじやタクシ・ブルースの運ちゃんの口から出任せに近いものがある。しかし、「マダガスカル時間は常に遅れるもの」とわかった風になめてはいけない。時には出発予定時刻かっきりに出ることもあるのである。かく言う僕も、アンタナナリヴからの北行便について出発の遅れを見込んで出発予定時刻より5分くらい遅れて発着所に到着したら、当該の便は既に出た後という経験を持つ。発券所のおやじが「今から追いかければ間に合う」とのたまった上、その便は一週間に一回しかない超長距離便であったため、意を決してタクシーを拾い追走。10数キロ先でその車両が捕まったものの、そこまでのタクシー代と付いて来てくれた発券所のおやじへの謝礼の方が、タクシ・ブルースの運賃そのものを遙かに上まわり、貧乏留学生の懐には痛かった。
  タクシ・ブルースへの乗車は、先のよれよれの大学ノートに記された乗客名簿を持って呼ばう会社のあんちゃんやおっさんの点呼兼荷物の積み込みから始まる。各タクシ・ブルース会社とも同一路線は集合・出発時刻ともほぼ同じなので、この頃には入構してきたタクシ・ブルース、乗客を運んできた市内タクシー、荷物を抱えた乗客や見送りの人びとでさして広くもない発着所はごった返す。とりわけ首都アンタナナリヴの発着所には、この混雑を狙ったスリや置き引きが多いので十分に荷物や携行品に注意すること。また点呼の際も、僕らのような見慣れぬ東洋人か中国人の名前なんぞは、発券所のおっさんが適当な綴りをもって書き留めたものゆえ、これが自分の名前であろうとの見当の勘は大切である。この点呼の時に返事をしないと、時として置き去りにされるし、もし名前が呼ばれないようならば予約ミスの可能性が高いので、切符を示して発券所のおっさんにねじこむ必要がある。昔は首都でもそうであったと聞くが、今でも都市によっては、切符を買った時に宿泊先のホテル名を発券所のおやじに告げておくと、そこまでタクシ・ブルースが迎えにきてくれるサービスがある。タクシ・ブルースの荷物は切符に印刷されている運行約款によれば、無料で載せてもらえるのは15kgまでである。しかし、発券所に秤が設置されているわけではないので、いささか大きく重いトランクやバックパックでも一人一個ならば楽勝である。ファミリアールやミニ・ビュスにとんでもない量の荷物を積み込む人はまあいないが、これがスペールやタタともなれば、米の入った袋・籠に入った干し魚や生きた家禽類・牛車の鉄製の車輪・鉄製のベッドの枠・自転車・マットレス・トタン板などが、てんこもり車の屋根に設えられた荷台を賑わすことになる。これすなわち、商品・土産品・買い物品で、こうなると運賃以外に超過荷物料金をしっかりと徴収される。この他に、タクシ・ブルースの荷台に載るいかにもマダガスカル的なものとしては、遺体がある。生の遺体よりは、仮埋葬の後掘り出した遺骨である場合が多い。マダガスカルのほとんどの民族において、遺体ないし遺骨は、その人のしかるべき故郷の墓に埋葬しないと、これは確実に家族や親族に祟る。遺骨を納めた棺は白い布で覆われ、それを載せたタクシ・ブルースにはマダガスカルの三色の国旗が立てられる。田舎であればこのようなタクシ・ブルースと行き会った男性は被っていた帽子をとって、故人ないし祖先に対する礼をあらわす。乾季の風物詩、とでも呼ぶことのできる光景である。
 さて、乗車予定者が全員集まっていることが確認されると、荷物の荷台への積み込みが終わり次第、荷物が道中雨に濡れないように防水シートがかけられ、ロープでしっかりと荷台に固定される。これで一安心、乗車の点呼がかかるまでに自分が乗るはずのタクシ・ブルースの車両をさりげなくチェックしておこう。ポイントは、タイヤである。どの程度の摩耗度か、スペア・タイヤを含めて見ておくと、これから先の道中で予想されるパンクによる立ち往生に対する覚悟が決まる。ま、それでどうなるわけでもないが、もしほとんんどツルツルならもう少しミネラル・ウオーターを買い足したり、ビスケットやフランス・パンを購入して道中の長さに対する準備をしても良いだろう。ただでさえ狭い車内ではあるものの、パンクや車両故障や道路寸断などの万が一を考えて、次のようなものを身の回り品として持ち込んだ方が、タクシ・ブルースの旅が多少は楽に?なる。先ず大事なことは、マダガスカルは昼と夜との温度差が大きいこと、路線によっては2000m以上の高度差を走破すること、ゆえに衣料の防寒対策を忘れないことである。暑ければ着ていたものを脱いでゆけば良いだけであるが、出発時に暑いからといってそれも手ぶらで乗車したりすると、後で死ぬほど後悔することになる。マダガスカルの1500m以上の中央高地の6月から10月にかけての明け方には、霜が降りることさえも珍しいことではない。薄いセーターにジャンパー、それから薄い毛布を持っていると助かる。その他のものとしては、途中エンコ等した場合の事も考えて飲料水とフランスパンなどの軽食、何かと便利なのがタオル、そしてトイレット・ペーパー、万能ナイフも持っていると重宝する。もちろん、小額紙幣も道中での飲食や果物などの購入のために必須である。
  荷物の積み込みが終わってしばらくすると、タクシ・ブルースの会社のおっさんかあんちゃんが乗客名簿を読み上げながら、座るべきシートを指定してゆく。これで、その旅の間のあなたの運命が決まるわけである。この時「前席くれると言ったじゃないか!話が違う!」とシートを指定された乗客が係員相手に食ってかかるなんて光景は、タクシ・ブルースの旅の幕開け興業。ファミリアールなど、仮に乗車定員通りだったとしても、車外から眺めれば、さながら車という饅頭の皮に人間のあんこがはちきれんばかりに詰められているよう。実際、中席のドアなど外からバシッと押してもらわないと閉まらないこともある。また、窓ガラスも上げ下げのクランクの把手がとれていて、これはどうなることかと心配になることもあるが、長距離タクシ・ブルースの場合は、降雨や夜間には運転手がなんとかしてくれる。ぴたりと閉まらず、隙間から雨や夜風が吹き込んでくることはしょっちゅうだし、時には雨季の雷雨の雨にもろ打たれながら走ったことも・・・・。
  タクシ・ブルースが一旦走り出せば後は目的地まで、あなたの運命は運転手の掌中にある。通常、タクシ・ブルースはすぐに出発地の町のガソリン・スタンドでタンクを満タンにする。道中が長い時や、途中ガソリン・スタンドにガソリンが配給されていない時は、予備のポリ缶にまでガソリンを詰め荷台に載せるが、これが車の振動と共に少しずつキャップからしみだし、乗客の嘔吐を誘う。また<禁煙>とマダガスカル語とフランス語と絵で表示してあるにもかかわらず、何も考えてはいないスタンドの従業員がくわえタバコでホースを給油口に突っ込むなんて光景も一度や二度ではなく、タクシ・ブルースの旅のスリリングさは町中から始まっている。
  これで、一路目的地に向かってまっしぐらかと思いきや、偶然と必然で、タクシ・ブルースは道中何回か停車を繰り返す。
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