現在、タクシ・ブルースの車種はかなり多様であるが、昔から行われていると共になお有意である区分は、ファミリアール(familial)とスペール(super)の二つであり、両者が同一路線を走っている場合、ファミリアールの方がスペールよりも割高な料金設定となっている。
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ファミリアール:ホテーリで食事停車中(国道7号線アンタナナリヴ州)
ファミリアール:用いられる車種は例外なくフランス・プジョー社の40系・50系・60系のステーションワゴンタイプであり、後席がしつらえられており、前席・中席・後席の三列がある。前席2名、中席5名、後席3名の計10名が、ファミリアールの法定定員数である。しかし、これで車中の詰め込みの苛酷さが終わりと思ってはいけない。これだけでもとりわけ中席の乗客にとっては十分窮屈であるが、これに「5才以上の児童は、一人分の運賃を支払うこと」というタクシ・ブルース各会社共通の運行規定が加わるから、事態はさらに悪くなる。すなわち、マダガスカルの人びとはこの規定を「5才くらいに見える子供までは無料」と読み替え、年率3%に迫る人口増加率を誇るマダガスカルにおけるこの「読み替え」は、上記の定員一人あたりにつき小学生低学年くらいまでの児童2名の合法的定員外乗車の可能性を意味する。これにさらに非合法の定員オーバーが加われば、かねてよりその非人間性が叫ばれて久しい日本国の通勤ラッシュもよほど人間的に感じられる状況が生じる。これについては、後述。
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タマタブ市の発着所:スペール到着
スペール:車種はルノーかベンツのマイクロバス・タイプ、乗車定員は補助椅子使用で25名から30名ほど。前席の椅子との間隔が概して狭く、身長175cmの僕でさえ膝頭が当たり長距離はいささか苦しい。合法的定員外乗車の状況もファミリアールと変わらないものの、天井が高いぶんまだ閉塞感は薄いと言えよう。
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しからば、なぜにファミリアールの料金の方がスペールよりも二割くらい割高なのか?それは、ファミリアールの方が断然平均走行時速が速くまた「楽」なために他ならない。ステーションワゴンとマイクロバスとでは、カーブの多いマダガスカルの道を走行した時、コーナーリングのスピードの差の積み重ねが、また穴や舗装の破損個所がある場合には減速から加速へのスピードの差の繰り返しが、最終的には大きな時間差を生じることは、誰にも容易に納得されよう。それに対し、ファミリアールそのものが「楽」であることを了解するには、豊富なタクシ・ブルース乗車実体験が必要である。乾季に走行する際には、ファミリアールとスペールとの差はせいぜい車高と乗客数の差による乗降の容易さの差として体験されるにすぎない。しかしながら、雨季の走行、それも道路状況の悪い路線の走行では、両者の「楽さ」の差異は最大値を示す。すなわち、雨水の溜まった穴や泥濘でタクシ・ブルースがスタッグした際には、運転手を除く乗客全員が降りた上、男性客は車を押さなければならないからである。かかる事態に遭遇しあるいはそれを繰り返した時、乗降の容易さとそして何よりも車両自体の重量の違いは、料金の差額ほどの有意な意味を持つわけである。泥や砂でスタッグした時のスペールの車体は忌々しいほどにでかく重い。結局、ファミリアールとスペールとの料金の差は、単なる到着時間の差に対する支払いなのではなく、マダガスカル人にとっても等しく不快なすし詰め乗車時間に対する支払いなのである。スペールの方がすし詰めの閉塞感が薄いとは言っても、目くそ鼻くその違い、乗車時間の少なさにすぐる快適はなしである。ちなみに同一車種であっても、雨季の運賃のほうが乾季の何割増しかになる場合が多い。
この他にも、僕の知る限り次のような種別がある。
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タタ:パンク修理中(国道4号線マジュンガ州)
タタ Tata :インドの誇る自動車会社の名に由来する。1980年代後半から、マダガスカルにはTata社製のバス・トラック・小型貨物自動車が多数輸入され、そのうちのバスが市内用ではなくタクシ・ブルースに投入され、今では白系の地に赤と青のラインがボディ横に入った車体が全土を走り回っている。料金は、スペール並。スペールよりもさらに大きく、車体によっては乗車定員は50名近くにのぼる。このタタ社製のバスで特記すべきことは、ボディが恐ろしく堅牢であること、エンジンの構造がシンプルで低速トルクが高いこと、そして車種によっては車体下部にコンプレッサーを備えており自分でパンク修理ができることで、実にマダガスカルの風土と道路条件にジャストフィットしたベスト車両であると密かに僕などは考えている。弱点はスピードが遅いこと、泣き所はスタッグしたら最後、人力での脱出は難しいことである。
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バッシェ:ホテーリで食事停車中(国道34号線アンタナナリヴ州)
バッシエ bache :車は全て、プジョー社製40系か50系の小型貨物自動車。後ろの幌のかかった荷台を改造して座席をつくってあるので、このバッシェの名がある。中・近距離や田舎のタクシ・ブルースには、このバッシェのタイプが多い。とりわけ404小型貨物車もタタのバス同様、車体堅牢・エンジンシンプルで、マダガスカルで汎用されているのも当然という気がする。ボディはやわ、電子燃料噴射装置やら何やらのハイテク装置満載、モデルチェンジはしょっちゅうのどこぞのアジアの国の車などマダガスカルにははなはだ不向きなのだが、「トヨタ・サイコー」なんてお世辞言うマダガスカル人は後を断たず、この誤解をなんとかしなければと思う。バッシェタイプのマダガスカル製椅子はまた一段と固い上、幌の隙間から吹き込んでくる風と埃は必定。また、定員は17名前後であるが、短距離はまず定員オーバーすることを覚悟したほうが賢明である。料金はスペールと同じか、スピードの出る分ファミリアール並のこともある。
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マジュンガ市の発着所 ミニ・ビュス出発準備中
荷降ろし中のミニビュス Mampikonyにて
ミニ・ビュス mini bus : 使用される車両は、トヨタ・マツダ・日産・ヒュンダイなどのワンボックス・ミニヴァン、定員は18名。車両の大きさも乗車定員数も、ファミリアールとスペールの中間を埋める車種である。ちなみに、この「小型バス」に対し、スペールとタタはオート・カー auto car 「大型バス」に分類される。タクシ・ブルースの発着所では、トヨタ、マツダ、ニッサンとメーカー名で呼ばれることも多い。90年頃から導入が始まり、主要路線では従来のファミリアールを押しのける勢いで普及している。料金はファミリアールと同額、スピードもファミリアールと比べて遜色なし、そして何よりも天井もシートもファミリアールよりもずっと余裕のある点が良い。同一路線で幾つもの車種のタクシ・ブルースが走っている場合、このミニ・ビュスがお勧めである。ただし、泥や砂でスタッグした際は、スペールよりははるかに楽ではあるものの、車体の大きさと重量のある分ファミリアールよりも取り扱いに苦労する。
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オート・カー 疾走中(国道7号線チュレアール州)
ボーイン boeing :この他にも、分類上は、先のオート・カーに入るものの異なる車種としては、ベンツやルノーの大型トラックに荷台部分を改造したやつがある。快適度は、その改造の度合いによりけりで、南部のそれはもろに隙間風の入る固いベンチ型シート、一時マジュンガとアンタナナリヴとの間を走っていたエア・ルート・セルヴィス社のそれは国際航空路線のエコノミー・クラスよりもシートがよかった。また、近年になり、アンタナナリヴ←→タマタヴ線とマジュンガ線では、ヨーロッパの観光バスタイプが導入され、そのつるりとしたタクシ・ブルースらしからぬ形状からジェット旅客機のボーイングに因んで「ボーイン」と呼ばれている。この車両は、乗客の荷物も屋根に設えられた荷台ではなく車台下部の収納庫に積み込まれ、外観もシートも従来のタクシ・ブルースの枠を超えている。料金は、ファミリアールやミニ・ビュスよりも安い。時間に余裕があり、安く快適に旅をしたい人にはお勧めである。かなり良いことづくめのボーインだが、その運行は首都アンタナナリヴとタマタヴしかないしマジュンガ間など一部の路線に限られている上、一日の発着本数も少ない。
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