タクシ・ブルースの旅の魅力は、何もその料金の安さや車中から景色を楽しむことができる点だけにあるわけではない。間違いなくタクシ・ブルースは、マダガスカル人によるマダガスカル人のための乗り物である。タクシ・ブルースは、牛車(sarety サレッティ フランス語の「荷車」charrette に由来)と共に、現代マダガスカルの庶民に最も親しまれた乗り物だということである。僕の調査地のマジュンガ州北部の農村でも、首都はおろか州都マジュンガの町を見たことない人は大勢いるものの、タクシ・ブルースそのものに一度も乗ったことのない大人を見つけることは難しい。すなわち、タクシ・ブルースの車内はまた、マダガスカル人が彼ら自身で創り出す日常世界そのものに他ならない。

左:サレッティ(マジュンガ州北部にて)
右:サレッティ(マジュンガ州北部にて)
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先のロンリー・プラネットの著者も述べるように、ことさら違反とはならないのであろう、僕もスピード・メーターなどの計器類がまともに作動するタクシ・ブルースに乗ったことは、数えるほどしかない。ところがそれに対し、カーステレオはほとんど常備されているに等しく、もしかしたら乗客よりも丁寧に扱われているかもしれないのである。で、そのカーステレオから流れるのは、著作権法もへったくれもない勝手にCDやカセットテープからダビングもしくはそのまたダビングをして街頭で売られているカセットからの音楽である。この車内ミュージックの良いところは、古今・東西・洋マの区別やジャンルを問わないアナーキー・オムニバスな点である。ま、その凄まじい音質と共に、音楽ジャンルの趣味について一家言を持つ日本の音楽ファンにとっては、、悪趣味、バッドテイストの洪水たる拷問以外の何ものでもないだろうが。シャンソンもレゲエもロックもリンガラも、時には何処から仕入れてきたのか台湾か香港それに日本の歌謡曲まで流れ、そもそも現在流行のマダガスカル・ミュージックからしてごった煮的と言うべきか・・・・。

乾季の悪路(2000年)(国道6号線マジュンガ州)
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フランス・シャンソンの流れを汲み親が小さな子供にも安心して歌わすことのできる様々な<愛>の歌を情感豊かに唄うマダガスカルの山口百恵ことPoopy、デビュー当時は女性ロッカーを自称し西川峰子みたいな外見からパンチのある歌声を繰り出していたはずが最近は松田聖子みたいな外見にイメチェンしいささかメローな曲調に転向したBodo、日本にもファンが多くサザンオールスターズのごとくにワールドミュージックのアレンジに傑出したメリナ系這い上がり成功者の星Rossy、ミック・ジャガー顔負けディエゴ出身の信念のおやじロッカーMily Clement、タマタヴ夜の世界から登場しその腰降りステージパフォーマンスで魅了2000年にボーカル女性を入れ替えたものの独特ののびのあるハーモニーを保持しているFeon'ala、次のTianjamaと同じマジュンガ同じツィミへティ出身でもメロディーを基調とする曲をボーカルのFanjaが可愛らしくしっとりと歌い上げるEjema、そして僕が十数年通い続けているツィミへティ系の人びとの間から出てきた今や全国区の土着バンドで「妻を娶らない 寂しい思いはいやだから 牛は盗らない 牢屋に入るのはいやだから」「お父さんお母さんすいません 娘さんの胸を触らさせてもらいます まだ少女の乳のように柔らかいかどうか」こんな歌詞どう訳すんだを連発してマダガスカル中の良識と道徳をこけにしつつサレッギ(salegy)・マレッサ(malesa)・バーウェッジ(bawejy)などの踊りをひっさげて多くの人びとを熱狂させたずる剥けおやじ系Liberty Tianjama etc.。そんな中で、アンタナナリヴ大学の学生バンド マハレウ(Mahaleo)を率い、第一次共和制崩壊から第二次共和制の社会主義体制の行き詰まりまでの中での庶民の様々な生活の機微を軽妙に歌い込んで旋風を巻き起こし、現在はソロで活動すると共に一時は国会議員にもなったダーマ(Dama)の「タクスイ・ブルースイ」と題する曲を、暗い夜道をひた走るすし詰めのタクシ・ブルースそのものの中で聴いた時、その少し説教臭い歌詞を超えて、自分がタクシ・ブルースの中に今こうしてあることがとても嬉しくなった。
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タクスイ・ブルースイ |
南からやって来たあなたは、これから北に行く あなたの心は、親戚を訊ねることを忘れはしない 幸い車がある 幸いマダガスカル中を走り回るタクシ・ブルースがあるから、人と人とを会わせてくれる 北からやって来たあなたは、これから南に行く 田舎の恋人を訪ねるため 幸い車がある 走り回るタクシ・ブルースがあるから、恋する同士を会わせてくれる マダガスカルは広い土地 住むところは離れている 行き来はまだたいへん 整備されていない道 工事が必要 補修が必要 それでも、行き来は行き来 西からやって来たあなたは、これから東に行く お土産を携えての友情の旅 幸いに車がある 幸いにマダガスカル中を走り回るタクシ・ブルースがあるから、友人たちを互いに迎えてくれる 東からやって来たあなたは、これから北に行く 見たことの無いものを見るためのまだ知らない土地への旅 幸い車があるマダガスカル中を走り回るタクシ・ブルースがあるから、それぞれの土地の習慣もわかりあえる マダガスカルに住む人は、いろいろ 起源もいろいろ それぞれ異なる舟でやって来て この土地 この祖先の土地で 互いに出会った 周りに広がる海が人びとを一つにまとめた まだ私たちマダガスカル人を会わせるための繋ぐ道は十分ではないけれど 幸い車がある マダガスカル中を走りまわるタクシ・ブルースがある 差別なく人を運んでくれるから、この島は互いに結ばれる |
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