マダガスカルのことわざいろいろ 第2回
『マダガスカル研究懇談会会報 Serasera』第18号 pp.22-23. 所収
Mangetaheta ambony lakana, noana manatrika ny sompitra.

直訳:「舟の上でのどが渇き、米倉の前でお腹が空く」


出典[W.E.Cousins et J.Parret, Ohabolan'ny Ntaolo, Mémoires de L'Academie Malgache Fascicule XLIV, Tananarive:Imprimerie Nationale, 1972:p.527]

意訳「舟の上でのどが渇いても、海の水は飲めません。米倉の側でお腹が空いても、籾米は食べられません」

ことわざの意味「日常生活の中でありふれているように見える物も、いざとなると役に立たない場合があるように、常日頃から備えを怠らず用心深く行動することが大切です」


Mangetaheta ambony lakana, noana ambody sompitra.

直訳:「舟の上でのどが渇き、米倉の脇でお腹が空く」


出典[Regis RAJEMISA-RAOLISON, Rakibolana malagasy, Fianarantsoa:Ambozontany, 1985:p.894]

意訳「舟の上でのどが渇いても、海の水は飲めません。米倉の側でお腹が空いても、籾米は食べられません」

ことわざの意味「日常生活の中でありふれているように見える物も、いざとなると役に立たない場合があるように、常日頃から備えを怠らず用心深く行動することが大切です」


 Mangetahetaはhetahetaを語根とする形容詞で、「のどが渇く」と言う意味で日常頻繁に用いられると共に、そこから転じて何か物をひどく入手したい状態、すなわち「渇望する」をも意味します。Ambonyは、「〜の上で」を表す前置詞ないし形容詞です。このambonyを語根として、manambonyと言う他動詞が作られます。「上げる」、「高くする」の意味ですが、これに「自分」を表すtenaを組合せmanambony tenaと言うと、「自分を高くする」、「自分を上げる」から派生して、「威張る」、「偉そうにする」を意味するよく用いられる熟語となります。Lakanaは、<舟>一般を表します。ヴェズのカヌーなどは、まさしくlakanaと呼ばれます(ただし、南部方言では最後の-naが欠落しますので、lakaになります)。マダガスカル語にはもう一つ船舶関係の単語があり、それがsamboです。漢字を充てれば、こちらは<船>になるでしょうか。薄い布を表すlayと言う単語と組み合わせたsambo layは、<帆船>の意味になります。Noanaは、「お腹が空く」を意味する形容詞です。ちなみに日本語の「腹が減って死にそう!」を表す際にはこのnoanaを用いず、いささか誇張された表現になりますが、mosary「飢餓状態」ないしmaty mosary「飢饉で死ぬ」と言い表します。Manatrikaは、「〜と相対する」、「〜と面と向かう」を表す他動詞です。この他動詞manatrikaの語根はatrikaで、「正面」と言う意味の名詞ですが、1975年からの社会主義時代には政治的な「前衛」の意味でよく用いられた単語です。一方、もう一つのバージョンでは、ambodyの単語が使われています。Ambodyは、「お尻」を表す名詞vodyに前置詞のan-が付いた単語で、「〜の元で」、「〜の端で」を意味します。Sompitraは「米倉」と訳さざるをえませんが、中央高地で用いられるこの「米倉」は、明かな独立の構造物である東海岸や西海岸の「米倉」とは、かなり形態が異なります。メリナ(Merina)やベツィレウ(Betsileo)など中央高地に居住する人々の家屋の多くは二階建てになっており、農村の場合二階が住居部分であるのに対し、一階は農具や籾米の貯蔵所として使われる事が多いようです。その時sompitraとは、籾米を入れておく植物で編んだ大きな籠の事を指します。人の背丈近い大きさのsompitraもあります。あるいは、地面に穴を掘り、その内側に砂と牛糞を混ぜて塗り、籾米を入れて、上に石を置いたタイプのsompitraも見られます。
 海に出たカヌーの周りにいくらでもある<水>は、いざそれを飲もうとした時に役に立たないと、日常生活における油断を戒める巧みさがこのことわざを良く用いられる有名なものにしているだけではなく、その昔マダガスカル人の祖先たちがインド洋を渡って来た時、その航海の苦難を今に語り伝えていることわざではないかとして、歴史や文化人類学の研究者からも注目を集めているものです。そして籾米と米倉に言及する後半部分はいかにも稲作民らしいフレーズで、このことわざ全体はいわば海と陸とが一体になったマダガスカルの人々を特徴づけるような雰囲気を醸し出しているのではないでしょうか。
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