社会組織
社会および政治組織の基盤は、一人の祖先から男系系統の出自を主張するクランにある。各クランは、一定の領域、首長、墓とその管理者を擁する。首長権は、祖先からの長子の直系出自をひく家族の者に付与され、クランの墓の管理者には、首長の弟または首長の家族の次位にランクされる家族の成員がなる。部族は、隣接する領域を占有するクランのゆるやかな集合体であり、征服または自発的な服従によって合体する。部族内においてクランは、王族・貴族・平民の三段階に位置づけられている。王族の世襲の首長が部族の王となり、貴族クランは供犠執行などの特権をもつが、自耕自作を行い、クラン間に貢納関係はない。王族は戦争能力と政治力によってその地位を獲得し、弱体化したり専政を行った時には、他のクランがこれに代わる。
王 :王は、最高裁判権をもち、その収入は科料より得た。また、必要な労働力を平民の間から徴募することができた。
奴隷:戦争の捕虜およびある種の罪人とその子孫たちから成る。当人は売買されるが、奴隷の家族は次第にクランの成員と見なされ、ある場合には財産をも所有した。
婚姻:クラン外婚制。科料を支払った上、示談にすれば、クラン内婚も可能。結婚は、男女自身によって取り決められる。男方から女の両親に対し、その女性の潜在的な子供の代価として少額の金が贈られる。これによって結婚は合法的となり、子供は全て父のクランに属する。異なるカースト間の婚姻は、奴隷を除き禁止はされず、子供は父のクランに帰属する。
離婚:夫の意思および夫の姦通を理由に妻の側からも離婚が可能。妻に対して、夫の財産は分与されない。
財産と相続:荒れ地はクランの成員の共有。耕地は、その土地を耕作している家族の財産。クランの成員の内部では、耕地の売買が可能。妻の衣服と個人財以外の全家族財産は、夫の所有。夫の死に際し、不妊の妻に対する財産分与はなく、複婚の時には第一妻がその財産の大半を相続し、子供たちの間でも分割されるば、娘に対し牛や土地が与えられることは希である。
宗教
祖先崇拝:祖霊は遍在し、子孫を助け、また怒った際には病気や不幸を送り、その生活に積極的に関与するものと信じられている。人は、自己の祖先だけを崇拝する。
ザナハーリ:そこから祖先が自らの力を引き出す上位の力であり、善悪二つの源である。人格化されることはほとんどなく、単数か複数かも不明。各クラン個人や動物が自己のザナハーリを持つと言われる。祖先の供犠に際して呼びかけがなされるが、単独で供犠や祈願の対象とはならない。
供犠:全ての祈願は、供犠またはその約束を伴う。家庭で行われる供犠は家長が行い、重要な供犠は各クランの世襲的な供犠司祭によって、北部では供犠柱、南部では墓で行われる。北部では司祭職には、女性が就き、その力を男性に委ねる一方、供犠の指導者として呪術師ウンビアシが介在する。南部の供犠は、「墓の長」ラヒ・キブーリによって行われ、ウンビアシは介在しない。
聖地:墓以外にもベツィミサラカ族を除く各部族は、新生児のへその緒を流す河を持っている。それまで子供は部族の成員とは見なされず、墓への埋葬も禁止される。この河の近くに通常墓が造られ、旱魃、洪水の供犠はこの河口で行われ、ワニを用いた神盟裁判も行われる。クランが移住する場合には、その河の水を持って行き、新しい土地の河にその古い土地の聖なる河の名をつける。
ウンビアシ:呪術師を指す。北部では男女いずれの呪術師もおり、しばしば祖霊の支配下にある一方、南部では常に男性であり、祖霊の支配下にはない。呪術師は先任者から暦(ヴィンタナ)、シキーディ占い、お守りの知識を教授され、その力を得る。高位の呪術師は、占星術を行う。人びとの以外に、特に組織化あるいはランクづけされてはいないが、司祭とは明確に区別される。
憑依:祖先または首長の霊による憑依は、北部では普通に見られる。南部にも憑依は見られるが、サカラヴァ族起源の新しいものと言われる。北部には、通常女性の問いかけに答え、病気を治療する正規の霊媒がいる。真のウンビアシは、憑依されない。
⇒リントンが、現地調査に基づいてこれらの情報を得ていたことがわかる。
死者の処置
北部では、死者は大きな木製の棺に納められ、村の墓地に置かれる。土葬は、まれである。南部では各クランが単一の共同墓キブーリを持ち、首長を含めた全員がそこに埋葬される。キブーリとは、柵に囲まれた南北に長く真ん中に仕切りのある穴で、男性は北側に、女性と子供は南側に埋葬される。キブーリは、森によって覆い隠されている。
ラヒ・キブーリ:キブーリに関する一切の責任を持つ、世襲的な役職。供犠司祭および慣習に対する違反の裁定者としてふるまい、集めた科料を受け取る。
死者の魂:墓または墓地に住み、地上と同じような村を形成している。再生観はないが、ある人びとの魂が動物に入り込むとする考え方が見られる。
領域2 高原領域 メリナ族、ベツィレウ族、シハナカ族
物質文化 村 :丘の上に造られ、堀、壁、サボテンによって厳重に防御され、メリナ族は丸い巨石を村の入り口の扉に用いる特徴がある。メリナ王国の成立後、多くの村が放棄され、現在人びとは、この地方全体に二三戸の家屋の集団に分かれて住んでいる。
家屋:通常は厚板、貧民は藺草、現在は日干しレンガから造られ、屋根は急勾配で、家は柱の上ではなく、敷石の上に建てられる。メリナ族とベツィレウ族では、大きな木製の寝台を用いる。
農耕:水稲を主作物とし、トウモロコシ、マニオク、キビ、豆、かぼちゃ、落花生、サツマイモ、タロイモ、野菜が栽培されている。水稲は棚田で栽培され、苗代、田植え、根刈りなどの手の込んだ栽培方法がとられている。
家畜:牛、羊、山羊、豚、犬、野生猫、ニワトリ、ガチョウ、アヒルが古来からの家畜である。牛の数は多いが、経済的には重要ではない。牛は儀礼生活の中では大切であり、牛とニワトリだけが供犠に用いられる。闘牛も重要な競技である。
衣裳:服は、男性は褌、女性はくるぶしまでの長さのキルトである。女性用のブラウスや袖のない上着は、最近になって用いられるようになったと思われる。男性も女性もランバを纏う。ランバとは、二枚かそれ以上の布が縫い合わされた大きくて長い布もしくは肩掛けである。男性は、植物を編んだあるいは動物の革や皮のぴったりとした帽子を被る。女性は、帽子などを被らない。衣服は全て、布製である。赤ん坊覆いは、用いられない。ヨーロッパ風の衣裳が、今では普通である。
⇒リントンが通訳を介して調査を行い、マダガスカル語にはあまり精通していなかったことがうかがえる。
社会組織 もともとの社会組織は、文化領域1と大きく異なるものではないが、王権が強化され、クランよりも家族が重要である。王は部族の土地の所有者と見なされ、その土地を兄弟や寵臣に与え、さらにそれらの人びとが小作人に転貸し、古くからの位階制と共に一種の封建制を確立している。後期メリナ王国の複雑な組織は、ヨーロッパの影響によるものである。
⇒メリナ族とシハナカ族を、同じ文化領域に分類することの齟齬が目立っている。
王 :王は、その臣下の生命と財産に対する完全な権力を持つ絶対君主であった。王は、全耕作者の初物の献上の形をとった地代、さまざまな報酬、科料によって財政的な裏付けを得ていた。最高裁判官の役割を果たしたが、戦争には参与しなかった。王はまた、臣下からの強制労働を要求することができた。
貴族:統治行為にはほとんど参与せず、ほとんど全ての役職は平民によって占められていた。これらの平民の役人達は、土地を与えられた人びとと共に、古い制度の外に一種の新貴族階層を形成した。
奴隷:奴隷は二つの種類に分けられ、外国からの奴隷は家畜同様の扱いを受けた一方、奴隷所有者の部族に属する奴隷は特別の名称によって呼ばれ、多くの権利と特典を有していた。後者の奴隷の家族は、財産、自己のの墓、武器を持ち、主人に従い戦争に参加することもできた。
婚姻:メリナ族とシハナカ族ではクラン内婚、ベツィレウ族ではクラン外婚である。とりわけメリナ族では、財産を保持するために近親との通婚を行う。母の異なる半兄弟と姉妹とは結婚可能であり、交叉イトコ同士は結婚が期待される一方、姉妹の子供たちあるいは姉妹の女系の子孫同士の結婚は、厳しく禁じられる。家族は父系であるが、階層間の結婚において子供は母のランクを継承する。ベツィレウ族は、男系および女系出自上の4世代内の先祖を共にする男女の結婚を禁止している。そのような関係の存在が判明した時には、結婚後でも結婚は解消される。婚姻の形態および婚資の意味づけは、文化領域1とほぼ同じ。
離婚:正当な理由なしに夫の意志により離婚された妻は、メリナ族においては、夫の財産の三分の一を得る。
⇒リントンが、質問項目表ないし調査表に頼った、それゆえ網羅的で系統的な民俗資料の収集を心がけた調査を行っていたことがわかる。
財産と相続:全ての土地は、王の財産と見なされている。荒れ地および牧草地も、普通は個人よりも家族によって保有されている。部族内の土地の移譲には王の許可が必要であり、王のみが部族外に土地を売却することができる。家族の財産は夫のものであるが、夫は妻が相続した財産に対する権利を持たず、その財産は直接子供に伝達される。相続の様式は多様であるが、普通不妊の女性は何物も相続することができず、それ以外の人間はそのランクよりも子供の数によって財産の配分を得ることができる。娘は通常息子よりも少量の配分を受けるが、定まった規則はない。
宗教
祖先崇拝:宗教の中で最も強い要素であり、この領域に固有な特徴も幾つか存在する。
アンドゥリアマーニタ:他の全ての存在に優越し、他の全ての存在がそこから自己の力を得る至高神の名称。ザナハーリとも呼ばれ、領域1よりも明瞭に人格化され、単数であるが、単独で祈願や供犠の対象となることはほとんどない。
供犠:祖先や普通のヴァジンバに対する供犠は、家長または祈願を行う人によって、偶像や大事なヴァジンバに対する供犠の場合には、正式の司祭によって供犠が行われる。ベツィレウ族では、クランは司祭を有し、メリナ族でも過去には司祭が存在したが、領域1に比べて職務も限られ、地位的な重要度も低い。祖先に対する供犠は、家または墓で行われ、供犠柱はシハナカ族においてのみ用いられている。
聖地:ヴァジンバと結びついた聖地は多いが、聖なる河の観念は欠如している。
ウンビアシ:重要であり、男女いずれもがなることができる。ベツィレウ族では男性で、その能力を先任者より習得し霊の支配下にはないウンビアシ・アンカズ、多くは女性で、普通訓練を受けることはなく霊によって任命されたウンビアシ・アンドゥルの二つの区分がある。この二つのウンビアシの活動と行為は同一であるが、後者の方が高く評価されている。ヴィンタナとシキーディは用いられているが、占星術師は欠けているように思われる。
憑依:幽霊による憑依であり、かなり多い。メリナ族とシハナカ族には正規の霊媒が居る。ベツィレウ族では、憑依は病気と見なされ、憑依者は託宣を行わない。
死者の処置
昔は、メリナ族とシハナカ族において簡単な土葬が行われていた。ことにメリナ族の首長の遺体は、カヌーに入れられて湖や河に沈められた。現在では全ての部族が、遺体を一目につく場所に建てられた部屋状の墓に納めている。遺体はランバ(絹の布)に巻かれ、墓内の段に置かれる。定期的に墓が開かれて遺体が運び出されて、太陽にあてられ、新しいランバで包み直される。各家族が自分たちの墓を持ち、富者は自己の子孫のために新たな墓を建てる。
死者の魂:死者の魂はアンブンドゥルンベ山に行きそこで地上と同じような生活をおくる一方、墓の近くにも居り、しばしば家の聖なる角を訪れると考えられている。メリナ族とベツィレウ族では、王の魂は天界に行きそこで神になると、ベツィレウ族とシハナカ族ではある人びとの魂は動物に入り込むと信じられている。ベツィレウ族は、王族と貴族の人びとの体内には存命中小さな動物や幼虫が居り、死後それが身体から抜け出して、王族ならヘビに、貴族ならワニになると考えており、そのため王の遺体は一種のミイラ化がほどこされる。
領域3 西部海岸・最南部領域 サカラヴァ族、マハファーリ族、バラ族、
アンタンドゥルイ族
物質文化 村 :村は、棘のあるサボテンによって南側を防御されているが、北側は開かれており、バラ族を除き、領域2ほどには防御化が進んでいない。砂漠状の土地のため、村は水の近くあるいは水から数マイル離れた場所に設置される。
家屋:木の骨組みと葦から成り、地面の上に直接建てられる。最南部では、非常に小さな木製の家屋が見られる。
農耕:主要作物は、サツマイモ、現在ではマニオクであり、米はわずかしか栽培されていない。キビ、トウモロコシ、タロイモも作られてはいるが、重要ではない。この地方の大半は農耕に不向きな土地であり、農耕の技術も未発達である。
家畜:牛、犬、ニワトリ、羊が飼育されている。羊は山羊よりも約100年前に北部にもたらされている。豚は、禁忌となっている。牛は、人びとの生活の中心であり、牛乳は重要な食料となっている。牛とニワトリだけが、供犠される。犬は狩猟と牛の見張りに用いられ、高い価値を与えられている。
衣裳:海岸部では男性が腰巻き布よりも筒状の布を纏うこと、最南部ではランバを着ることがほとんどないことを除けば、かつて衣裳は領域2とほぼ同じである。最南部では、男は日常、動物の皮もしくは編み物の帽子を被る一方、その他の地域では男女とも帽子を被らない。
社会組織
クランは社会組織の基盤であるが、他の二領域よりも集団が大きくまた結合も固い。王の土地はクランよりもその家族に与えられているように思われ、貴族クランは存在しない。
王 :王は絶対君主であり、特別の敬意をもって扱われる。王は最高裁判官として得る科料の一部と臣民からの貢租をその収入としている。王は森と牧草地の所有者であり、全部族が地代を払わずにその土地を使用することができる。王は自分の耕地を持ち、平民の土地を没収することはできない。王族の成員は、牛と銀を除いた平民の持つ何物をも獲ることができる。王は戦争の指導者としても振る舞うことがあり、ヴェズ族では王の力は刀に付与されており、その刀を持つ者が王となる。王の使者などから成る宮廷集団が存在し、それらは特定のクランに限定されない平民である。
⇒ここでもサカラヴァ族とそのほかの民族を同一領域に入れることの齟齬が、浮かび上がっている。そのために、<王>と<クランの長>とを同一視して記述する結果を生じている。
奴隷:数は多く、社会的な地位は領域2と同じ。
婚姻:普通はクラン内婚であるが、定まった規則はない。姉妹の子供同士および半兄弟と姉妹同士は結婚できないが、兄弟の子供同士および交叉イトコの結婚は、是認されている。家族は厳格な父系であり、階層間婚姻ではたとえ母が奴隷であったとしても、子供は父のクランに属する。結婚の儀式は、領域1,領域2と同じ。
離婚:男女双方の同意によって行われる。財産は分割され、妻も牛の半分を受け取る。妻の側の過失による離婚では、財産の分与はなく、逆に夫の側の過失による離婚ならば妻は全財産を得る。離婚した妻は、その再婚について前夫の同意が必要であり、離婚の理由によって、前夫は妻と再婚男性との間に生まれる子供3人までを養取し、実子とする権利を持つ。
財産と相続:耕地は各自によって保有されるが、休耕のままに置かれた場合には村会が没収し、再配分を行うことができる。集団内でも土地が売却されることは、希である。あらゆる種類の財産が、性別と母の序列に関係無く、子供たちの間で均分され、母親は子供の管財人としてその財産を保有し、運営する。
宗教
祖先崇拝:著しい。各クランは、世襲的な儀礼司祭とその補佐役を有する。供犠司祭は、クラン成員とクランの祖先との媒介的な役割を果たす。
アンドゥリアマナナーリ:至高の存在で、比較的明瞭に人格化されている。空の上に居まし、祖先はアンドゥリアマナナーリと共に大半の時を過ごし、そこからその力を得ている。単独の祈願の対象とはならない。南部の部族は、アンドゥリアマナナーリに対し多大の敬意を払うと同時に、第二の霊的存在を崇めている。
アンドゥリアマンドゥレシ:この神は、地上あるいは地中に居まし、嵐、病気などのあらゆる種類の悪を送ってよこす。人に憑依する幽霊は、何らかの形でこの神からその力を得ていると言う漠然とした考え方がある。タマリンドの樹の下で、この神に対する供犠が行われる。
供犠:祖先に対する供犠は、聖なる杭の下で行われる。
聖地:聖地、とりわけ聖なる樹木の数が多いが、司祭を有さず、そこで崇拝される存在の性格もアンドゥリアマンドゥレシを別にすれば、元々は曖昧である。マハファーリ族の中の少なくとも一つのクランは、そこに全成員のへその緒を埋める聖なる樹を持っている。
ウンビアシ:極めて重要であり、常に男性がつとめる。彼らは、お守りを作り、ヴィンタナとシキーディを操作し、中には占星術を習得している専門家もいる。またある者は憑依を行い、またある者はそこから自分の力を引き出し供犠の対象とする強力な呪物を自分の家に保管している。ウンビアシと司祭との区別は明確であり、ウンビアシが司祭職を継承する際には、ウンビアシを辞めなければならない。さもなければ、邪術師の疑いをかけられる。ウンビアシは、祖先への直接の供犠を行わない。
憑依:たいへんに発達しており、多くの場合死んだ王の霊によるものであるように思われる。
死者の処置
北部ではあちらこちらに分散した墓地に、遺体は単独で地中に埋葬されるのが原則であり、南部では死者は石造りの墓の大きな区画に埋葬される。後者の場合、夫と妻、あるいは両親と子供は同じ区画に埋葬してもかまわないが、単独葬が原則である。南部の墓は、目立つ場所にある。北部の集団は、死んだ首長からその頭蓋骨、歯、爪の一部から成る遺物を取り出し、墓の家に保管し、定期的に取り出して包み直す。
死者の魂:空に行き、そこでアンドゥリアマナナーリと共に暮らしている。邪悪な魂は、アンドゥリアマナナーリに近づくことが許されないため、地上を彷徨うことを余儀なくされる。ある集団は、領域2と同じように、死者の魂の動物への変身を信じている。
⇒リントンの文化領域論が、民族学および文化人類学的な訓練を積んだ専門家がマダガスカルを広域的に探査し、体系的に収集した資料に基づいて構築した初めてのマダガスカル文化・社会の下位区分の試みである点については、評価されねばならない。Alfred Grandidier(1836−1921) や Raymond Decary(1891−1973) や Hubert Deschamps たちは、マダガスカルにおける滞在年月、踏破距離と地域、マダガスカル語の能力など、いずれの点をとってもリントンを凌駕するが、全員民族学や文化人類学についての<素人>であり(Decary とDeschampsの二人は植民地行政官でもあった)、マダガスカルの文化や社会の民族以外の下位区分について、資料に基づいた論議を行ってはいない。
※ リントンによる文化領域論設定の意義と問題点
a.)大雑把な生活感覚や日常経験ではなく、詳細な質問項目表や調査表に基づいた細目の比較検討に立脚し、領域区分がなされた初めての試みであること。
b.)文献資料の情報よりもリントン自身の当時の広域的な調査経験が反映されていること。
c.)a)とb)によって、マダガスカルの文化的・社会的な多様性が、系統的に提示されていること。
d.)文化領域と名付けていても、その地図上における区分は、マダガスカル島の生態環境の区分ないし気候帯の区分と多くが一致すること。
e.)リントンがマダガスカル語を習得せず、質問項目表や調査表に依存した調査を行った結果、細目の具体的な記述にはしばしば疑問が付せられること。
f.)フランス植民地支配が地方にまで確立してゆく当時のマダガスカルの人びとの生活が、リントンの文化領域の設定と記述にはほとんど反映されておらず、静態的な印象を強く与えること。
g.)マダガスカルの文化が単一や同質ではないことを提示するための文化領域の設定と言うリントンの当初の意図とは反対に、同じ文化領域に囲い込まれたがゆえに、異質なものがあたかも等質であるように記述される結果にしばしば陥っていること。 |
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