ブータンにおけるゾンカ資料調査報告
星泉 hoshi@aa.tufs.ac.jp last updated 2002/11/18
本報告は,科学研究費補助金特定領域研究(A)(2)「古典学のための多言語文書処理システムの開発」(研究代表者:高島淳)に基づいて行ったブータンで使用されるチベット文字に関する調査報告である。
調査報告詳細
1. ゾンカについて
ゾンカはブータン王国の公用語を指す名称である。「ゾン」とは,17世紀にブータンを統一したシャプドゥン・ンガワンナムゲルによって各地に建設された城塞の意,「カ」は言語の意,「ゾンカ」とは「ゾンの言語」,「ゾンで使用される言語」という意味である。ただし,ゾンカという名称が用いられるようになるのは,1971年にブータンの公用語が制定されてから,という新しいものである。
"An Introduction to Bhutanese Languages"(pp.2-3)によれば,
「ブータンは1961年に鎖国を解き,近代化政策に取り組み,自動車道路の建設とともに,教育の近代化を進めた。1961年から1965年の第一次五カ年計画において,ブータン人の教育水準を向上させるために,教育言語として英語を取り入れることが決定された。」
「ゾンカの基礎となった言語は,17世紀のブータン西部,特にウォンディポタン,ティンプー,パロの方言であり,それは公的な場で通用する言語zhungkhaとして知られていた。これにゾンカという名が与えられ,かつ文字で表記されるようになるのは,1971年になってからのことである。この年,ブータン王国の教育省のもとにゾンカ開発委員会(Dzongkha Language Development Committee)が設けられ,この委員会によってzhungkhaが国の公用語として認められ,ゾンカという名称が付けられ,さらにlho-yigまたは'brug-yigとして知られていた文字をゾンカ表記用の文字として用いることが決定された。」
「その後,教育言語としてゾンカが用いられるようになり,1996年の時点で識字率が54%に達するまでになった。」
<メモ>
・ブータンの切手 1960〜1970年代にはブータン式の文字が用いられていた(タゾンにて確認)
・週刊新聞クンセル 1970年代から? 表記はチベット文字の有頭体である。
・テレビ放送 2000年より放送開始? BBS (Buthan Broadcasting Service)
2. ブータンの文字
2.1 文字と正書法
ブータンで書籍,新聞,雑誌,公文書,看板等で現在用いられている文字は,形の上ではチベット文字と全く同じものである。ブータンの公用語であるゾンカは,言語学的にはチベット語の方言として位置づけられるものであり,語彙の面ではかなり共通点が見られる。正書法もチベット語とほぼ同じと考えて良い。
◎インターネットカフェの看板(パロ市街)

◎テレビの天気予報(ブータン放送BBS)

ただし,チベット語とゾンカの間で発音の相違があるため,その場合には,ゾンカの発音に合わせた独自の綴りが用いられている。次の2.2で,ゾンカの正書法の特徴について述べる。
2.2 チベット語正書法との相違点
ゾンカの正書法がチベット語の正書法と異なる点として,下記の特徴が挙げられる。
- 接尾辞の表記の際に,音節区切り点(tsheg)を使用しないケースがある
- フレーズごとにスペースを空ける
◎接尾辞が閉音節で現れる場合の正書法

de 'badw da

'ongm las

ang gnyis pa thon thonm 'ong zer
◎フレーズごとにスペースを空ける

★接尾辞の表記について
2.3 ブータン文字,ブータン書体
ブータンでは,昔から固有の文字を持っていたとされている。
"An Introduction to Bhutanese Languages"(pp.5-6)によれば,
「ブータンの文字は,パドマサンババの弟子,翻訳官のデンマツェマン*が,チベットの有頭体を基に,8世紀に伝えた文字,Lho-yigまたはDrug-yigとして知られている。」
*デンマツェマン体なる文字が国立博物館(タゾン)で掲示されていた。写真撮影禁止のため,資料は得られなかった。
"Dzongkha-English Dictionary"(p.xi)によれば,
「ブータンでは,八世紀からlho yigという独自の国の文字,'brug yig,mgyogs yig,またはrgyug yigというものが広く用いられていた」という。
筆者はティンプーの図書館,美術工芸学校等を訪問し,その文字を見ることができた。
観察したところでは,その文字はチベット文字を基にして作られた,ブータン独自の書体と考えられる。そこで仮にこの文字をブータン書体と呼ぶことにする。
◎ブータンの書体見本(国立図書館にて)
ka kha ga nga
ca cha ja nya
◎美術学校生のノート(ティンプーの美術工芸学校にて)
◎色の塗り方の解説(ティンプーの美術工芸学校にて)
→
lom bda' 葉
◎ブータンの暦

2002年暦の表紙(チベット文字の有頭体)

ブータン暦7月の解説部分(ブータン書体)

ブータン暦7月1日から始まる日毎の解説のページ(ブータン書体)
ブータン書体の特徴
- 音節区切り点がチベットの無頭体(ウメー)のようにやや長い棒状である
- 文字がチベットの無頭体(ウメー)のように画数が少なく,曲線的である
- 縦線の払いがチベットの有頭体のように直線でなく,鍵型に曲げる
3. ブータンにおける出版
ゾンカによる唯一の新聞クンセル(クエンセル)
→ブータンの新聞 クンセルのページへ
ゾンカに関する記述のあるホームページ
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