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ティンギ・ラジャ

〜怒りの皇太后〜

 

シマルングン地域には、ティンギ・ラジャという名前の一つの山があります。ティンギ・ラジャ山の周辺には深い森が広がり、様々な花が咲いていてとても美しい景色のところです。
昔々、ティンギ・ラジャ山のある地域に、プルバ・シランギット王が統治する小さな王国があったそうです。プルバ・シランギット王は、妃や妾達から、数人のかわいい娘を授かってました。その中の一人、妃の娘は、並外れて顔つきの良い娘でした。そのため彼女はプルバ・シランギット王や妃から特に可愛がられました。
ある年、プルバ・シランギット王の畑で行われる田植えの儀式の日のことでした。王と妃と妾達、そして娘達は王国の国民達と一緒に田植えの儀式に参列しました。しかし、顔立ちのとてもよい王の娘だけはその儀式に参列することが許されませんでした。妃とプルバ・シランギット王が、とても可愛い娘の肌が太陽の日差しを浴びて痛んでしまうのを心配したからです。娘は、儀式に参列させて欲しいと王と妃にお願いしたのですが、許してもらえませんでした。
みんなが田植えの儀式に出かけてしまった後、その王の娘は一人ルマ・ボロンという名前の宮殿に残されてしまいました。みんなに置いて行かれてしまったのが悲しくて、彼女はずっと泣いていました。彼女がすすり泣くのを聞いて、彼女のおばあさん、つまりプルバ・シランギット王の母が彼女の所にやってきました。おばあさんは、彼女にどうして泣いているのかと聞きました。
「田植えの儀式に参列したかったのに、父と母が許してくれなかったのです。」と、姫は言いました。
可愛い孫がそういうのを聞いて、おばあさんは可愛そうになってしまいました。
「姫は、まだ、向こうの畑でみんなが田植えの儀式をやっているのを見に行きたいかい?」おばあさんは聞きました。
「ええ、その儀式を見に行きたいです。私の姉妹達はどこへ行くのも自由なのに、私はいままでずっとどこへ出かけるのも許されなかったのだもの。」と、姫は言いました。
姫の希望をかなえてあげようと、おばあさんは姫にとても大きい土鍋でお湯を沸かして、その中に肉も入れるように、と言いました。姫はおばあさんの言うとおりにしました。
水が煮立って、肉が柔らかくなると、おばあさんは姫にその煮立ったお湯の中に入るように言いました。姫はおばあさんのことを信じていたので、そのお湯の煮立った土鍋の中に入りました。
彼女が煮立ったお湯の中につかってしばらくすると、彼女はとてもかわいらしい1羽の鳩に変りました。そして、その鳩はプルバ・シランギット王の畑の方へと飛んでいきました。まもなく、畑で田植えの儀式をしている人たちの頭の上を鳩がぐるぐる回って飛んでいるのが見えました。空をぐるぐる回って飛びながら、その鳩は歌いました。人々は、その鳩の歌声が人間の声にそっくりだったので、驚いて空を見上げました。プルバ・シランギット王と妃もその鳩の歌声を聞いて驚きました。その鳩の歌声が姫の声に似ていたので、王と王妃は自分達が宮殿に残してきた姫のことを思い出しました。そして、彼らは、彼らが宮殿にいる姫と王の母親に食べ物を届けさせるのを忘れていたのに気づきました。
プルバ・シランギット王はすぐに宮殿にいる王の母親と姫に食べ物を届けるよう、ある人に命令しました。田植えの儀式では、その儀式に参列した人のために食事が用意されていたのです。王に食べ物を届けるよう命令された人は、わざわざそこにあった食べ物の中で一番おいしいものを選びました。しかし、その人は食べ物を宮殿に届ける途中でその食べ物のほとんどを平らげてしまったのです。その人は、食べ物が届けられるのをお腹を空かせて待っていた王の母に、その食べ残しを渡しました。
プルバ・シランギット王の母は、自分に届けられたのが食べ残しだと知ると、とても腹を立てました。そのため彼女は猫を1匹捕まえてきて、女性が慣習の踊りを踊るときに頭に巻く布をその猫の頭に結わきつけ、数人の子供を呼んで彼らと一緒に宮殿近くの集会所に行きました。
集会所につくと彼女は子供達にそこにある太鼓をたたくように言いました。その子供達のたたく太鼓のリズムに合わせて、彼女は猫に踊るように言いました。そして、猫は子供達の演奏する太鼓のリズムに合わせて踊りました。するとまもなく、暗い雲が空を覆い、雷鳴が轟きました。それと同時に大地が大きく揺れました。地面が真っ二つに裂け、そこにできた大きなくぼみから熱いお湯が噴き出しました。次第に地震が強くなり、地面もあちこちで裂けて崩れました。地面から噴き出す熱いお湯は四方に流れて行きました。
プルバ・シランギット王の畑で田植えの儀式を行っていた人々は、恐怖のあまり走って逃げ回りました。しかし、助かった者は一人もいませんでした。すべてが地に沈み、消えてしまいました。地震が起きて、プルバ・シランギット王国は、その王国にあった全てのものとともに消えてしまったのでした。のちに、その王国の跡地には一つの山ができました。後、その山はティンギ・ラジャ山と名づけられました。

その地震が起きて、何十年も後、その山の周辺には木が生い茂り、森になりました。その森の中には色とりどりの花がたくさん咲きました。その花は、プルバ・シランギット王の妃と妾達の化身でした。その地域にはルマ・ボロン宮殿の形に浮き上がった丘もありました。そのほかに、大昔プルバ・シランッギト王国にあった大きな臼の形の土の塊もありました。

 


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