<スマトラの昔話> 前のお話 次のお話

サンプラガ

〜裕福になった青年〜

 

この物語は昔、北スマトラ、南タパヌリのマンダイリンで実際に起こった話しであると伝えられています。その当時、パダン・ボラックと呼ばれる地域にある、ある村に一人の老婆とその一人息子、サンプラガが住んでいました。サンプラガの父親はだいぶ前に亡くなってしまっていたので、彼らは二人で貧しく暮らしていました。彼らが暮らしている今にも壊れそうな小屋は、他の人が所有する小屋でした。しかし、その小さな小屋の持ち主が、サンプラガと母親に同情し、彼らに家賃なしで住ませてあげていたのです。

サンプラガと母親は、毎朝とても早く起きていました。家にあるもので朝食を済ませると、彼らはすぐに森へ薪を探しに行きます。彼らの一番の収入が薪を売ったお金でした。また、時々彼らは賃金労働者として、他人の水田や畑でも働きました。サンプラガと母親はまじめに一生懸命仕事をするので、人々はよく彼らに水田や畑の仕事をまかせていました。仕事でもらった賃金で余りがあると、サンプラガと母親はそれを貯金しました。

ある日、サンプラガはお金を稼ぐために近所の畑で働きました。昼休みにその畑の所有者はサンプラガとおしゃべりをしていました。そのとき、彼は、土地の肥沃な、マンダイリンという名の国があるそうだ、とサンプラガに話しました。その国は、彼らの住むパダン・ボラックからそれほど遠くないところにありました。彼が言うには、マンダイリンの人々は肥沃で広い水田を持っているので、彼らは豊かな暮らしをしているとのことです。そして、マンダイリンの土地にはたくさんの金が埋まっているので、彼らは川で砂金を採って簡単にお金を稼ぐこともできたのです。

その話を聞いて、サンプラガはマンダイリンに富を求め、出稼ぎに行こうと決心しました。彼は、自分と母親が貧しい生活から抜け出せるようにどこかに出稼ぎに行きたいとだいぶ前から考えていたのでした。

彼がマンダイリンを目指して出発するとき、母親はとても悲しい気持ちでサンプラガを見送りました。すでに年老いた母親は、彼らがもう二度と会えないのではないかと心配していたのです。サンプラガは、出稼ぎに行った土地で成功したら、母親を迎えに来ると約束し、母を説得しました。

何日か歩いて、サンプラガはようやくマンダイリンにあるピドリ王国に到着しました。彼はその国の様子を見て、圧倒されてしまいました。人々はサンプラガの到来を親切に迎えてくれました。彼らは、イジュック葺きの屋根のついたきれいで大きな家を持っていました。ピドリ王国にはレンガ造りの寺院もありました。ピドリ王国に着いてサンプラガが目にしたもの経験したものすべてが、彼にそこの住民の生活の豊かさを印象づけました。

ピドリ王国に着いて数日して、サンプラガは商売の技に長けたある貴族のもとで働かせてもらえることになりました。サンプラガがまじめに誠実に仕事をするため、主人はサンプラガをとても気に入りました。サンプラガが彼の元で働くようになって、その金持ちの主人の商売もさらに繁盛したので、彼はいっそうサンプラガをかわいがりました。

主人は時々サンプラガの誠実さを試しました。そして、サンプラガが誠実で勤勉な青年であることが証明されたので、そのお金持ちの貴族はサンプラガに資本金を与えました。その資本金でサンプラガは自分で商売をはじめました。そして、まもなく、サンプラガの商売は急成長しました。彼は、ピドリ王国で若手の富豪として知られるようになってきました。彼の富は増えつづけたので、彼の名前はしばしば人々に感心をもって噂されるようになりました。

サンプラガが富を増やしつづける様子を見て、サンプラガが将来、彼の元雇い主のかわいい娘と結婚するのではないかと予想する者もいました。その人の予想はついに現実のものとなりました。彼の雇い主だった金持ちの貴族は、サンプラガにピドリ王国中でそのかわいさで有名な彼の娘と結婚してもよいと許可を与えました。彼らの結婚式は盛大にマンダイリンの伝統にのっとって行われることになりました。その知らせはすぐにいろいろなところに伝わりました。サンプラガと結婚する少女が可愛いことでとても有名で、また、彼女の父親がピドリ王国で最も裕福な貴族として名を知られていたからです。

サンプラガの結婚式を1ヶ月後にひかえ、数日間にわたって行われる結婚式のために人々はいろいろと準備をするのに大忙しでした。人々は、最高のゴルダン・サンビランとゴルダン・ボル、を用意しました。これらは、式をにぎやかにしてくれるマンダイリンの楽器です。

その結婚式の日が間近になって、サンプラガの結婚式の盛大さは、ますますいろいろなところで噂になりました。誰がその噂を仕入れてきたのか、その噂はサンプラガの故郷の国、パダン・ボラックにも伝えられました。わが子からまだその知らせを受けていないサンプラガの母は、その噂を聞くととても驚きました。彼女は、貧しい彼女の息子サンプラガが、マンダイリンで貴族の娘と結婚するということなど信じられませんでした。

おそらくその結婚する青年は自分の息子ではないのだろう、とサンプラガの母は思いました。きっと、名前が私の子供と同じなだけだろう、と思いました。しかし、サンプラガの母は事実を突き止めたいと思いました。彼女は突然、不思議な力を得て、体が丈夫になったような気がしました。その力でその富豪の娘と結婚するサンプラガが実際に誰なのかを直接確かめようと、歩いてマンダイリンへ向かいました。

ピドリ王国に着くと、サンプラガの母は、人々が一ヶ所にざわざわと集まっているのを見ました。同時にその場所からは、ゴルダン・サンビランが鳴りつづけるのが聞こえました。歩きつかれて足を引きずりながら、すでに年老いたサンプラガの母は急いでその人ごみのほうへ行きました。近くまで来ると、彼女は、花嫁の座る所に並んで座っている新郎新婦を見てとても驚きました。驚きで血の流れが止まってしまうほどでした。彼女はかすむ目を何度もこすりました。花嫁の座席のところに座っている新郎が確かに自分の息子サンプラガであることを確信すると、彼女は思わずサンプラガの名前を大声で叫びました。人々は驚きました。花嫁の座席に並んでいるサンプラガも妻も驚きました。サンプラガの名前をずっと叫びつづけながら、彼女はいままでずっと会いたがっていた自分の息子のもとへと走りました。彼女はサンプラガに近づくと、感激して「私の子…私の子、サンプラガ…ああ、私の子」と言いました。彼女はサンプラガを抱きしめようとして震える両手をさし伸ばしました。しかし、怒りに満ちたサンプラガは突然、「いまいましい老婆め。お前は私の母親ではない。私はお前など知らぬ。向こうへ行け。私達の邪魔をするな。」と母をののしりました。その言葉は、サンプラガの母親には耳に落ちた雷のように感じられました。しかし、彼女は心を落ち着かせ、サンプラガの顔をじっと見ながら言いました。「そんなことを言わないで、私の子。この私はおまえの母だよ。」サンプラガは荒々しく答えました。「違う!違う!お前は私の母親ではない。私の母はだいぶ前に死んだのだ。」もう裕福で有名になっていたので、サンプラガは、そのみすぼらしい老婆が自分の母親であることを人に知られるのが恥ずかしかったのです。

涙を流しながら、サンプラガの母親はまた言いました。「私はもう年老いて、醜く、そして貧しいから、お前はこの私が自分の母親であることを認めるのが恥ずかしいのだろう、サンプラガ。」サンプラガの母親は、しわくちゃの乳房を出し、さわりながら、言葉を続けました。「でも、分かっているだろう、お前を育てたのは、私のこのお乳なんだよ。」サンプラガの母がこのように言うと、突然、彼女のしわだらけの胸からお乳が流れ出しました。それと同時にとても強い暴風雨とともに稲妻が光り、雷鳴がとどろきました。そして、サンプラガの母の姿は突然消えました。人々は、慌てふためき、恐れおののき、叫び声をあげながら、あちこち走り回りました。一瞬のうちに彼らは全員洪水にのまれて沈んで消えてしましました。

数日後、その出来事のあった場所は、とても暑い湯の池になりました。その池の周りには、水牛の形をしたいくつかの大きな石灰岩がありました。その他にも、食べ物の材料の形と色をした土、砂、泥が堆積していました。人々は、それらはすべて、のろいを受けたサンプラガの結婚式の残り物の変わり果てた姿だと言っていました。

 


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