<スマトラの昔話> 前のお話 次のお話

みどり姫

 

アチェのスルタン、ムハヤット・シャが王宮広間で休んでいると、突然、東の方にこうこうと輝く緑色の光が目に入ってきました。スルタンはすぐに首相を呼び、その光が何なのか尋ねました。首相も驚くだけで、その光が何なのかは分かりませんでした。翌朝、スルタンは彼の家来に、その光の正体を突き止めてくるよう言いました。そして、調べた結果、その光がデリ・トゥアのみどり姫の体が発した光だということが分かりました。

スルタンのムハヤット・シャは、そのみどり姫の顔すら見たことがないのに、彼女に恋をしてしまいました。彼は彼女にプロポーズしようと思いました。そして、護衛の者達を従えて、彼はデリを目指して出発しました。

アチェのスルタンの心を射止めたみどり姫とは一体どのような人なのでしょう。歴史物語によると、15世紀ごろのデリ地域には、ガシップという名の王国があったそうです。この王国は、アル湾からロカン川辺りまで続く長い国境をもっていました。この王国はいつも、当時繁栄していたアチェ王国からの侵略を受けていました。これ以上の被害を避けるため、この王国は、都をマラッカ海峡から遠いところに移しました。その新しい都の名前がデリ・トゥアです。

当時デリ王国を支配していたのはスルタンのスライマンです。彼は、三人の子供を残してこの世を去りました。上の子の名前はマンバン・ジャジッド、真ん中の子はみどり姫、そして下の子はマンバン・ハヤリという名前でした。

みどり姫は、顔立ちの整った女性でした。みどり姫は、体からいつも緑の光を発していたので、その名前がつけられたのでした。満月の夜、庭で遊んでいると、そのみどりの光は強さを増します。この三人のスルタン・スライマンの子供達は、人々から魔法の力を持つ神の化身であるとしてあがめられていました。

さて、デリに向けて出発したスルタン・ムハヤットは、ラブハンに到着すると、すぐにプロポーズするための使節を送りました。そして、マンバン・ジャジッドがそのプロポーズを妹のみどり姫に伝えました。しかし、みどり姫はそのスルタン・ムハヤット・シャのプロポーズを断りました。アチェのスルタンであるスルタン・ムハヤットは、侮辱されたと思い、怒りました。

そして、ついに戦争が起こりました。多くのアチェ兵が犠牲になりました。アチェの首相は、デリ兵をやっつけるための悪計を考えつきました。

その悪計とは、デリ・トゥアの町を隙間なく囲うとげのある竹の株で作られた敵陣の砦めがけて硬貨を投げ込むというものでした。硬貨を見たら、デリの人々は、うっかり、その砦の竹株を切り倒してしまうだろうというのです。その作戦は成功し、デリの町の防衛は乱れ、スルタン・ムハヤット・シャ軍の攻撃をおさえるのが困難になってきました。

これ以上の攻撃はくいとめなければならないと、マンバン・ハヤリは、敵を撃つための大砲に変身しました。しかし、戦闘が激しくなってきた中、彼はとてものどが乾いてしまいました。彼はみどり姫に飲み物を持ってきてくれるよう頼みましたが、みどり姫は断りました。みどり姫が言うには、そのことは災難をもたらすというのです。したがって、彼はちょうつがいが弱くなってきたような気がしていましたが、そのまましばらく大砲を吐き出しつづけました。突然、彼の体は真っ二つに折れました。大砲の頭の部分がアチェまで飛んでいって、後ろの部分だけがデリに残りました。

マンバン・ジャジッドは、自分達は戦争に負けてしまうだろうと悟りました。彼はみどり姫に、彼女があとでアチェのスルタンに捕まってしまったら、ガラスでできた棺に入れてもらえるよう頼みなさい、と言いました。そして、「アチェに着く前に、体をアチェのスルタンに触られてはいけない。そしてアチェに着いたら、スルタンに、鶏の卵1つと一握りの炒り米を国民に献納させるよう頼みなさい。その貢物はすべて海辺に積み上げておき、儀式が終わったら、その貢物を海へ捨てなさい。それから、お前は棺から出て、マンバン・ジャジッドの名前を呼びながら安息香をたきなさい。」と言いました。そのように言い終わると、マンバン・ジャジッドは姿を消しました。

みどり姫は捕らえられ、アチェ王国へ連れていかれることになりました。みどり姫はすぐにマンバン・ジャジッドから言われていた条件を言いました。スルタン・ムハヤット・シャはその条件を受け入れました。そして、みどり姫はアチェへ移されました。

スルタンの船がアチェのジャンブ・アイル岬に到着しました。スルタンは、国民にみどり姫への貢物の儀式をするように命令しました。国民達はスルタンの命令に従いました。

儀式が済むと、みどり姫はガラスの棺の中から辺りを見わたしました。もくもくと出る安息香の煙の中、みどり姫は兄の名前を呼びました。すると突然、強風とともに強い雨が降り、稲妻も光りました。そして、とても大きな波がうねりながら押し寄せました。

まるでこの世の終わりのような光景でした。突然、波の中から巨大な竜が現れ、アチェのスルタンの船をめがけて襲ってきました。竜が尻尾で船を猛烈な勢いで打つと、船は真っ二つに折れ、海に沈みました。

その大混乱の中、みどり姫はいそいでガラスの棺の中に戻り、船が大波に打ちつけられている間、ガラスの棺の中で水面をぷかぷか浮いていました。竜はすぐに水中を泳いで棺の方へ行き、その棺を頭の上にのせ、マラッカ海峡の方へ運んで行きました。

あっという間の出来事だったので、アチェのスルタンはどうすることもできませんでした。彼はただ物思いにふけり、一度は彼のものになったが、今はもう戻ってこないみどり姫のことを懐かしんだり、思い出したりしていました。

 


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