<スマトラの昔話> 前のお話 次のお話

カンタン

〜裕福になった青年・2〜

 

北スマトラのラブハン・バトゥ県にドゥルハカ川という小さな川がありました。何世紀も昔、その川から遠くないところに、おんぼろの小さな小屋がありました。その小屋には、一人の青年とその年老いた母親が住んでいました。その青年は名前をカンタンといいました。彼の父親はだいぶ前に亡くなりました。また、カンタンには兄弟もいませんでした。カンタンと彼の年老いた母親は、森で薪を拾ってきてそれを売るぐらいしか収入がなかったので、とても貧しい暮らしをしていました。

ある日、カンタンはマラカへ向けて、荷舟でバルムン川を海の方へ下っていました。宝石がちりばめられた金の杖をマラカへ売りにいくためでした。その美しい金の杖は、カンタンの母親の夢に出てきた教えに従ってカンタンが森で見つけたものでした。

マラカに着くと、カンタンはあちこち歩き回って、その金の杖を売ろうとしましたが、その杖があまりに特別なものだったので、その杖を買えるような人は誰もいませんでした。ついに、その特別な金の杖の噂は王宮にまで伝わりました。そして、王は指揮官にカンタンを探して王宮へ連れてくるよう命令しました。その金の杖のおかげで、カンタンは王に宮廷の一員として登用されました。そして、まもなく、カンタンは王の娘と結婚させられました。

家庭をもって、宮廷できらびやかな暮らしをはじめて数年後、カンタンの妻はカンタンの生まれ故郷を見に行こうといいました。

豪華で大きなカンタンの船に乗って、彼らはバルムン川河口の小さな町、ラブハン・ビリックを目指しました。カンタンの生まれ故郷の村は、その小さな町から遠くないところにありました。しばらくマラカ海峡を進むと、彼らはバルムン川の河口に着きました。バルムン川の河口に、そのように大きく美しい船が停泊することはとても珍しかったので、カンタンの豪華な船がそこに現れたことは、すぐにいろいろなところに伝わりました。

カンタンが母親のところに来たという知らせを聞いて、老婆はとても喜びました。彼女はもう何年も何年もその自分の一人息子に会いたくて仕方がなかったのです。しかし、いくら待っても、カンタンは全く現れませんでした。

一体どうしたことか、ラブハン・ビリック近くのバルムン川の河口まで来ると、カンタンは妻を自分の母親に会わせるのが嫌になってしまったのです。妻は王の娘なので、彼女に自分の年老いた貧しい母親を紹介するのが恥ずかしくなってしまったのです。妻が彼の母親に会いに行こうというと、カンタンは、いろいろなでまかせの言い訳を持ち出しました。妻が何度も何度も要求しても、カンタンはいつもいろいろな理由でその要求をかわしました。

カンタンの母親は、自分の子供が来るのを待ちきれなくなっていました。しかし、カンタンは母親の住むおんぼろの小屋には現れません。カンタンの母親はもう待ちきれなくなって、港まで我が子に会いに行こうと決心しました。彼女はもう長いこと便りもないカンタンの為に、お土産の食べ物をこしらえました。

カンタンの船が沖に停泊していたので、母親は小舟に乗ってその船のところまでいかなけれななりませんでした。期待と心配の入り混じる気持ちで、母親はその大きくきれいな船に向かって小舟を進めました。彼女は、早くカンタンに会って、何年も心の中にしまっていた息子に対する愛情を一気に吐き出すかのように息子をぎゅっと抱きしめたい気持ちでした。

小舟がカンタンの船に近づくと、カンタンの母親はもう感情を押さえることができませんでした。彼女はわが子の名前を何度も何度も呼びました。「カンタン、カンタン、カンタン、私の子よ…。」彼女の声は哀愁に満ちていました。

カンタンはその声を聞いてとても驚きましたが、その驚きを顔にはあらわしませんでした。一方、彼の妻は、そのカンタンの名を呼んでいる人が誰なのか見ようと体を動かしました。カンタンはあわてて、「おまえ、どこへ行くんだ?」と言って、邪魔をしました。妻は、「あなたの名前を呼んでいる人が誰なのかを見に行きたいの。その人は、あなたのことを自分の子だと言っていたわ。私は、その人が誰なのかを見たいの。」

「見る必要はないよ。きっと、その人は気違いなのさ。」カンタンはうんざりしたように、そう言いました。その間も、カンタンの母親の呼び声は次第に近くなってきました。カンタンはもうその声を聞くのにうんざりしてきていました。彼は、自分の母親の声はよく知っているので、その自分の名前を呼んでいるのが自分の母親だということは知っていました。しかし、彼は、妻に彼女が自分の母親だと知られるのが嫌だったのです。彼は、自分の母親が貧乏であることを知られるのが恥ずかしかったのです。一方、彼の妻は本当にカンタンの母親を知りたがっていたので、急いで、その自分の夫の名前を呼ぶ人を見に行きました。カンタンの妻は、彼らの船の近くに、彼らの船に向かって小舟に乗ってこいでくる一人の老婆を見ました。その老婆は彼らの船のほうに向かって叫びました。「カンタン、カンタン、お母さんが来たよ、おまえ。おまえはどこにいるんだい、カンタン?」カンタンの妻は、それを聞いて感激しました。しかし、彼女の感激は突然、恐怖の気持ちに変わりました。カンタンが怒りに満ちた真っ赤な顔で彼女の隣に現れたのです。

かわいい女性に付き添われてしっかりと船の上で立っているカンタンを見て、小舟に乗った母親はとても嬉しい気分でした。「カンタン、お母さんが来たよ。…お母さんが来たよ、カンタン。」その言葉を聞いて、カンタンは怒りに満ちて、叫びました。「こんちくしょう、お前など私の母ではない。私の船に近寄るな。向こうへ行け!」

カンタンの母親は失望して、そのいきり立った一人息子のカンタンの顔を見つめました。そして、彼女は言いました。「お前、神様がお怒りになるよ。母親に無礼な態度をとるなんて。」カンタンはその母親の言葉を聞いて、怒りが増しました。激怒して、彼は叫びました。「口を閉じろ、このくそばばあ!お前は、私の母親などではない。向こうへ行け!」涙を流しながら、年老いたカンタンの母親は、小舟の向きをかえました。彼女は心に深い傷を負って、小舟を漕いで帰路に着きました。まもなく、カンタンは船員にマラカ海峡に向けて進路をかえるよう命じました。しかし、カンタンのその大きく美しい船がバルムン川を出ようとすると、突然、稲妻とともに暴風雨の嵐がきました。しばらくして、暴風はカンタンの船を沈めました。

後に、カンタンの船の残骸は小さな島となりました。人々はその島をカンタン島と名づけました。その小さな島は、バルムン川の中のちょうどラブハン・ビリックの小さな町に面したところにあります。

 


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