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オマス王

〜風になった天女〜

 

昔々、シマルングンの女性達は、子供や赤ん坊の顔に臭いにおいのする薬草を塗りつけるという習慣がありました。大雨が降って、ビュービュー音を立てて強い風が吹いているときに、このようにするのでした。シマルングン語では、雨を吹き飛ばす強い風の音を「サリンゴン」 といいます。それでは、このシマルングンの女性達の習慣についてお話しましょう。
昔々、7人の妻をもつ一人の王がいました。王には6人の妻がいたのですが、6人とも子供ができなかったので、7人目の妻をめとることにしたのです。約1年後、7人目の妻は男の子を出産しました。その子供は、ラジャ・オマスと名づけられました。
王と7人目の妃は王子の誕生をとても喜びました。しかし、一方、子供のできなかった6人の妻たちは、ラジャ・オマスを見ては妬ましく思いました。そのため、6人の妻たちは、ある晩、ラジャ・オマスを誘拐し、大きな空のひょうたんに入れて、川に流してしまいました。
次の日、川で魚釣りをしていた一人のおばあさんが、川の上をぷかぷか浮いて流れてくる大きなひょうたんを見つけました。おばあさんはびっくりして、その大きなひょうたんをつかまえて、家にもって帰りました。家に帰ってひょうたんの中を開けてみると、中には一人の子供がいました。それを見ておばあさんは大喜びでした。おばあさんは、夫が死んでしまうまでずっと子供には恵まれなかったのです。おばあさんはラジャ・オマスを我が子のように愛情たっぷりに育てました。
ラジャ・オマスは成長し青年になると、シュロの木の甘い樹液を採って働きました。その樹液からお酒を作り、家の近くに建てた屋台で売るのです。ラジャ・オマスの売るお酒は味が格別で、その噂はいろいろなところにまで広まりました。いろいろなところから、ラジャ・オマスのお酒を飲みにお客さんが集まってきました。ラジャ・オマスがモンモンガンと呼ばれる小さなドラを持っているという噂が伝わると、ラジャ・オマスの屋台はますますにぎわいました。そのモンモンガンというドラの音は、人間の声で「このモンモンガンの持ち主はとびきりおいしいお酒を売っているラジャ・オマスだ」といっているかのように響くのです。
王様、つまりラジャ・オマスの父親は、もう長いこと病気を患っていました。ある日、王様は、ある村に格別な味のお酒を売っている人がいるということを耳にしました。王様は、使いの者にすぐにそのお酒を買ってくるように言いました。王様はそのお酒を飲みました。すると、たちまち王様の病気は治ってしまいました。そのため、王様はそのお酒売りに会いに行きました。王がラジャ・オマスの屋台に着くと、ちょうとそのときラジャ・オマスはお酒を飲んでいる人たちを楽しませるためにモンモンガンのドラを鳴らしているところでした。いつものように、モンモンガンは人間の声の酔うな音を出しました。その音は「見てごらん。王様がラジャ・オマスのお酒を飲みにきたよ」と響きました。
そのモンモンガンの声を聞いて、王様は、そのお酒を売っている若者が、まだ幼かったころにどこかへ消えてしまった我が子であるということを知りました。そして、王様は喜んで、ラジャ・オマスに、彼が自分の息子であることを言いました。ラジャ・オマスは事実を知るために、王様を家に案内し、自分を実の子のように育ててくれたおばあさんに会わせました。
おばあさんは、ラジャ・オマスに、彼が川をぷかぷかと流れてくる大きなひょうたんの中にいたのを自分が見つけたのだということを話しました。その話しを聞いて、ラジャ・オマスは、自分が本当に王の息子なのだと確信しました。
そのおばあさんの親切に応えるために、王様は、ラジャ・オマスが彼に代わって王位につくまで、ラジャ・オマスとおばあさんが一緒に暮すことを許しました。
ある日、おばあさんは、ラジャ・オマスに森の中の池に水浴びに行くように言いました。ラジャ・オマスが池の近くまで行くと、7人の少女達が水浴びをしているのが見えました。彼女達の服は、池のほとりの小さな木の上にかけてありました。ラジャ・オマスは、静かに近づいて、そこにかけてあった服を1枚取って隠してしまいました。
その7人のかわいい少女達は、神の国から水浴びをしに降りてきた神の娘達だったのです。水浴びがすむと、彼女達はそれぞれ自分の服を着て、神の国へ飛んで行きました。しかし、彼女達のうち、末っ子だけが、飛ぶことができませんでした。ラジャ・オマスが彼女の服を隠してしまったからです。そして、ラジャ・オマスはその神の末っ子の娘と結婚しました。
しかし、ラジャ・オマスと結婚した後も、神の娘は神の国に帰りたくて、自分の服を探しつづけました。1年後、彼らに子供が生まれました。ラジャ・オマスは、子供ができたので、妻はもう神の国に帰ろうなんていうことはしないだろうと思いました。そのため、彼はもう自分の妻を四六時中見張るというようなことはしませんでした。それで、ラジャ・オマスの妻はラジャ・オマスが隠にかくされてしまった自分の服をゆっくり探すことができました。
ある日、やっと妻は自分の服を見つけだしました。彼女はすぐにその服を着て、急いでゆりかごで眠っている子供を奪おうとしました。しかし、ラジャ・オマスがそれに気づき、急いで先に子供を捕まえ、そして妻のことも捕まえようとしました。彼女はすばやく身をかわし、家の上をぐるぐると飛びました。妻がそうしているのを見て、ラジャ・オマスは、急いで臭い薬草を取ってきて、それを子供の顔にぬりつけました。ラジャ・オマスは妻が自分の子供を取りに来られないようにそうしたのです。彼女はその臭い薬草が大嫌いでした。
しばらくして、ラジャ・オマスの妻は空の上に飛んで行きました。しかし、彼女の両親は、彼女が地上にいた時間が長すぎたため、彼女を神の国に入れてくれませんでした。そのため、ラジャ・オマスの妻はサリンゴンに変身したのです。サリンゴンとは、ビュービューと音を立てて豪雨を吹き飛ばす強い風のことです。
それ以来、シマルングンの女性達は、サリンゴンの音を聞くと、自分の子供がサリンゴンさらわれてしまわないように、子供の顔に臭い薬草を塗りつけるようになったのです。サリンゴンに化身した神の娘はその匂いが嫌いだったからです。

 


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