<スマトラの昔話> 前のお話 次のお話

化け物トラ

昔々、シマルングンにベグ・サリサリハンと呼ばれる人間の姿に化けることのできるトラがいたそうです。その化け物のトラは、いつも人間を捕まえて食べていました。一番の好物は肉の柔らかい人間の子供でした。ベグ・サリサリハンは、自分が食べた人間が身に着けていた装飾品を集めるのも好きでした。ベグ・サリサリハンは人間を捕まえるときには、人間の姿に化けて、人々の中に紛れ込みました。
ある日の夕方、もう日が暮れる頃、一人の物乞いの女性が小さな子供を抱いて森の脇を歩いていました。すると、人間の姿に化けたトラが、その女性を待ち伏せし、彼女に家に泊まるよう声をかけました。とてもやさしい言い方だったので、物乞いの女性はその人の家に泊めてもらうことにしました。家に着くと、その人は物乞いの女性とその子供に食事を与え、彼らのために寝室を用意しました。
食事が終わると、物乞いの女性は子供と一緒に、その人が用意してくれた部屋に入りました。その女性が部屋に入ったのを見て、ベグ・サリサリハンは喜びました。彼は、彼らが眠ったら、彼らに襲いかかろうと計画していたのです。しかし、物乞いの女性が目をつむろうとしたとき、かすかにトラの唸り声のような声が聞こえてきました。その化け物のトラは喜びのあまり、声を出してしまったのです。物乞いの女性は、自分達が化け物のトラに捕まってしまったのだということに気づきました。そのため、彼女は、どうやってここから逃げ出そうかと考えました。子供がうとうとしてきたのを見て、彼女は子供の目を覚まそうとつねりました。隙があったら、いつでもすぐに逃げられるようにするためです。しかし、母親につねられて、子供は泣き出してしまいました。
「どうしてその子は泣いているんだい?」と、化け物のトラは聞きました。
物乞いの女性は答えました。「この子は私に金のブレスレットをねだったのだけれど、私がそんなものは持っていないと言うと、泣きだしてしまったんです。」
それを聞いて、化け物のトラは、早く彼らを寝かしつけようと、すぐに金のブレスレットをもってきました。
しばらくすると、その子はまた泣き出しました。また母親につねられたのです。化け物のトラはまたどうして鳴いているのかと聞きました。母親は「今度は金のネックレスが欲しいといいだして、泣いているのです。」と言いました。化け物のトラは、母親と子供を早く寝かしつけるために、金のネックレスをその子にあげました。
本当は、子供は金のブレスレットやネックレスなどをねだってはいませんでした。ただ母親が高価なアクセサリーを手に入れようと思い、そう言っていただけです。母親は、トラの家の中にたくさんの金や宝石のアクセサリーが置いてあるのを見つけていたのです。
眠ってしまったら、トラの餌食にされてしまうと思い、朝になるまで母親も子供も一睡もできませんでした。彼らが眠るのを待っていたトラも、ごちそうにありつけないまま、朝になってしまいました。それから、物乞いの女性は、化け物のトラに「ビンロウジの実を採る道具を家の下に落としてしまったようなので、ちょっと外に行ってさがしてきます。」と言いました。
トラは「どうぞ、行ってきなさい。」と言いました。
トラは、母親が外に行っている間に子供を食べてしまおうとたくらんでいました。しかし、母親は子供を連れて行きました。彼女は、ベッドの上に枕を毛布にくるんでおいて、子供に見せかけておきました。
外に出ると、物乞いの女性は、子供を連れて走り出しました。彼らはトラの家から近いところにある川に向かって走りました。彼らは、その川にかかっている竹の橋を渡りました。そして、向こう岸に渡ると、彼女は橋の先がほんの少しだけ地面にかかるように、橋の位置をずらして、誰かがその橋の上に乗ったら、すぐに川に落ちるようにしました。
母親が外に出て、しばらく待ってから、トラは静かに物乞いの女性と子供の部屋に入りました。部屋のランプの薄暗い明かりの中で、ベッドの上には子供が寝ているように見えました。トラは、ベッドの上の子供に勢いよく襲いかかりました。しかし、それが子供ではなく、毛布でくるんだ枕であることに気づくと、トラはくやしがりました。
そして、カンカンに怒ってたトラは、家から飛び出し、物乞いの女性とその子供を追いかけました。トラは、母親はまだ家の下でビンロウジの実を割る道具を探しているだろうと思いました。しかし、行ってみると、彼女はもうそこにはいませんでした。母親と子供はもう橋を渡って逃げて行ってしまっていたのです。
化け物のトラは、その母親と子供を探し回りました。しばらくして、トラは川の向こう岸に子供を抱えた物乞いの女性がいるのを見つけました。すると、トラは向こう岸へわたろうと橋の方へ走っていきました。そして、化け物のトラがその橋を走って渡ろうとしたとき、橋はトラと一緒に川の中へ落ちました。そして、そのトラは川で溺れ死んでしまいました。
そのトラが死んだことを知って、物乞いの女性は喜びました。やっと、彼女と子供は、命を狙われていた一夜の恐怖から解放されたのです。それに、これで安心してトラの家から金や宝石の宝飾品を自由に持ち出せるのです。
まもなく、太陽が昇り、辺りが明るくなりました。物乞いの女性は、子供を連れて、ほかの橋を渡って急いでトラの家に向かいました。彼女は、トラの家にあった宝飾品を全部かき集めると、それを売りに行きました。そして、彼女はそれらの宝飾品を売って、お金持ちになりました。そして、物乞いをするのをやめました。

 


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