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ラウ・カワル湖

〜老婆の悲しみ〜

人々は、昔カロの地にあったカワル村が湖の底に沈んでしまうとは、思いもしなかったでしょう。しかし、後に、その村は人々がラウ・カワルと呼ぶ湖に姿をかえてしまったのでした。

湖に沈む前、カワル村は、村に繁栄をもたらすほど村民が勤勉で、お互いによく助け合うということで知られていました。カワル村の村民達は、それぞれが肥沃な畑を持つ農民でした。毎日彼らは、熱心に稲作をし畑仕事をしました。彼らは、みんなで協力してある日は一人の畑を耕し、次の日は別の人の畑を耕すというように助け合って仕事をしました。

あるとき、カワル村の農民の作物は、あふれるほどの大豊作でした。どの米倉も稲でいっぱいになりました。中には、稲が米倉に入りきらないという農民もいました。

あまりの大豊作だったので、カワル村の村民達は、神に感謝するための儀式を行うことに決めました。その祭りのためのあらゆる準備も、助け合って進められました。

祭りの当日、カワル村は大変な盛り上がりでした。人々は着飾りました。女性達は祭りの席でみんなで食べるいろいろな料理を作るので大忙しでした。とても楽しい雰囲気でした。人々の踊りや歌にあわせて、いろいろな楽器が演奏されました。

その日は、村民みんながお祭りをにぎやかに楽しんでいました。ただ一人、年老いて体の弱った老婆だけが、祭りに参加してみんなとともに楽しむことが出来ませんでした。

その老婆は一人で自分の息子の家にいました。彼女はすでに体が弱り、歩くことが出来なかったのです。彼女は、家の床の上に敷いたござの上で一人横たわっていました。朝から、息子と嫁と孫は、彼女を家に残し出かけてしまっていました。彼らは祭りに行っていたのです。老婆は本当は息子達と一緒に祭りに参加したかったのですが、もう歩くことが出来なかったので、息子達も仕方なく、彼女を家において出かけたのです。

老婆は一人寂しく横たわりながら、祭りに出ている人達はどんなに楽しんでいることだろうと想像していました。祭りの会場から、かすかに音楽が聞こえてくると、若い頃のことを思い出しました。彼女がまだ少女だった頃、祭りがあると、彼女はいつも友達と一緒に踊りました。そのときのなんと幸せだったこと。いろいろなことを頭の中で思い描いていましたが、すべてが過ぎ去った過去のことだと思うと、彼女は寂しくなってしまいました。彼女の今の状況は、老いという拷問を受けているようなものでした。話しかけてくれる人もいない、と彼女の悲しみはしだいに増してきました。彼女の周りにあるのはただ寂しさだけでした。彼女はそのとき、彼女のことを思ってくれる人なんてもう誰もいないのだと思ってしまいました。みんな彼女のことなど忘れて、彼女を一人ぼっちにほったらかしているのだと思いました。

お祭りでは、昼食の時間になり、祭りに来ている人たちには料理が分けられました。彼らは、涼しくすがすがしい自然の中で食事を楽しみました。このような環境の中、みんな食がすすみ、料理を楽しみました。人々がにぎわう中、食事の最中も冗談を言う人がいて、ときどき笑い声も聞こえてきました。

楽しく盛り上がってくると、一人で寂しく家で横になっている老婆のことなど思い出す人もいませんでした。そこにいた息子も嫁も孫も彼女のことを忘れていました。

みんなが祭りで食事をしているとき、老婆も、もう昼時なのでお腹がすいてきました。彼女は、息子か孫が彼女に食べ物を運んでくれないか、と待っていました。しかし、彼女に食事を運んでくれるものは一人もいませんでした。時間が経つにつれ、彼女の空腹感は増し、彼女の弱った体は空腹のせいで、がたがたと震えました。彼女はゆっくりと台所の方へ歩いていって、何か食べ物はないかと探しました。しかし、何もありませんでした。その日は祭りで食べ物が用意されるので、嫁は料理をしなかったのでしょう。老婆は、またゆっくりと寝床にもどりました。彼女は自分の悲惨な運命を思い、涙が流れました。きっと、息子も嫁も孫も私のことなど忘れてしまったのだろう、と彼女は心の中で言いました。彼らは向こうでお腹いっぱい食べ、私はここで空腹にもだえるのだ。なんて、彼らは残酷なんだろう。と、このように老婆は心の中で言いました。

祭りでのにぎやかな食事が終わると、老婆の息子は突然自分の母親のことを思い出しました。彼は妻に、母親に昼食を届けたかと聞きました。妻は、まだ届けていない、と答えました。すると、彼は、急いで子供を捜し、一包みの食べ物をおばあさんに届けるよう言いました。

子供が家につくと、おばあさんは床に一人で横になっていました。子供は、食べ物を老婆のほうへやると、すぐにまた外へ行ってしまいました。老婆は喜んで、震える手で、孫が持ってきた包みを開けました。しかし、包みを開けてみると、中にはわずかなご飯の食べ残しとほとんど身のついていない魚の骨があるだけでした。彼女は驚き、また、がっかりしました。食べ物の包みを老婆に渡す前に、孫が中身を大部分食べてしまっていたのでした。老婆は、食べ物を持ってきてくれた孫が中身を食べたとは知りませんでした。彼女は、自分の息子と嫁が、わざと食べ物の残りとくずを彼女によこしたのだと考えました。彼女は、息子達はなんて卑しい行為するのだ、彼らはなんて親不孝者なのだ、と思いました。泣きながら彼女は息子達をののしりました。それからしばらくすると、突然、大地が揺れ、雷鳴と稲妻とともに、強い雨が降りだしました。祭りで集まっていたカワル村の人々は、驚いて大騒ぎになりました。彼らは、走り回り、恐怖で叫びました。みんな避難しようとしました。しばらくすると、とても強い地震がきて、カワルの村とすべてのものを地に沈めました。その後、その村は、水をたくさんためた大きな穴になりました。昔カワル村のあった、その水がたくさんたまった大きな穴は、のちに、ラウ・カワルと呼ばれるようになりました。

 


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