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アトゥ・ベラの伝説

〜人を飲み込む石〜

 

この物語は、何百年もの昔、ガヨの地のプヌルン村で起こった話です。昔々、父と母と7歳になる一人の息子と乳飲み子の4人暮らしの貧しい一家がありました。父親は農民で、暇な時間があると、森に鹿狩りに行きました。また、鹿を捕まえられなかったときには、田んぼで食用のバッタをたくさんつかまえてきました。そして、そのバッタを少しづつ、不作で空っぽになっていた米倉に蓄えました。

ある日、父は森へ鹿狩りに出かけました。家には、妻と子供達がいました。食事の時、上の子がご飯のおかずがないと文句を言いました。家にはおかずになるものが何もなかったのです。母親にとっては、つらい出来事でした。

母親は息子に米倉に行ってバッタをとってきなさい、と言いました。子供は米倉の扉を開けて中に入ると、うっかりその扉を閉め忘れてしまいました。すると、中にいたバッタが全部表に逃げてしまいました。

それからしばらくして、父親が狩りから帰りました。父親は疲れ果て、不機嫌そうな顔をしていました。鹿を捕まえることができなかったのです。そこへ米倉のバッタが全部逃げてしまったということを聞かされて、父はカンカンに怒りました。そのバッタを集めるのにどれほど苦労したか、と思うとますます不機嫌になりました。一瞬のうちに頭が真っ白になり、我を忘れて、父は妻を傷だらけになるまで殴りました。そして妻を家の外に引きずり出しました。

痛みにもだえ、母親は家を立ち去りました。彼女は、アトゥ・ベラに行こうと決心していました。アトゥ・ベラとは、飲みこまれることを望む人がいれば、誰でも飲みこんでしまう大きな石です。ガヨ語で、歌を歌うと、その望みは受け入れられるのです。その歌とは、このような歌です。

「アトゥ・ベラ、アトゥ・ブルタンクップ・ンゲ・サワ・プジャイン・テ・まさ・ダフル。(意味:石よ開け、石よ閉じろ、かつての約束のときがきた)」

その不幸な母は、何度も何度もその歌をやさしい声で歌いました。母親がアトゥ・ベラの方へ向かって歩いていると、二人の子供達が泣きながら、遠くから後を追ってついてきました。上の子がまだ小さい下の子を腰にだいていました。

一方、アトゥ・ベラでは、ゆっくりゆっくりと石の割れ目が開いていきました。母親は迷いもせず、その石の割れ目から中へと入っていきました。そして、彼女が繰り返し歌を歌いつづけると、石は少しづつ彼女を飲み込んでいったのでした。

二人の子供がその場に着くと、空が暗くなってきました。大雨が降り、強い風が吹きました。アトゥ・ベラが人間を飲みこむのを見て、地球が戦慄したのです。まもなく、すべてがおさまりました。そのとき、心が粉々に傷ついた二人の兄弟が見たものは、アトゥ・ベラに飲み込まれずに残った母親の髪の毛でした。上の子は、その髪の毛を7本引きぬ きました。そして、それを兄弟のお守りにしました。

 


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