<スマトラの昔話> 前のお話 次のお話

クルバウ・シランギル

〜かいがいしい水牛〜

 

アナックニアジは、家族のために家を建て終えたところでした。その家に住むに、アナックニアジ一家はまず、伝統儀式を行わなければなりませんでした。そして、その儀式では、1頭の水牛をいけにえとして、屠殺しなければなりませんでした。

アナックニアジは息子のアジ・トンガルと話し合い、彼らの飼っているクルバウ・シランギルという名前のメスの水牛をいけにえにすることにしました。そして、儀式を数日後にひかえ、アナックニアジは飼育係のマラスキを呼びました。そして、彼は、マラスキに牧場へ行って、水牛のクルバウ・シランギルに屠殺のことを伝えてくるように言いました。

マラスキは、クルバウ・シランギルにいけにえとして屠殺されるのだということを伝えましたが、クルバウ・シランギルは全く抵抗しませんでした。しかし、クルバウ・シランギルは、自分の子供達のための家を仕上げるための時間をくれるようお願いしました。その願いは受け入れられ、彼女の屠殺は、クルバウ・シランギルの子供達の家が完成したらということになりました。

クルバウ・シランギルは家を建て終わると、子供達を集めました。それから、自分がこのあとすぐにいけにえとして殺されるということを子供達に伝えました。それを聞いて、子供達はすすり泣くように泣き出してしまいました。子供達は母親に屠殺を断るようお願いしました。クルバウ・シランギルは、子供達に、自分も子供達もアナックニアジ一家のものなのだから、アナックニアジの要求を断ることはできないのだと説明しました。アナックニアジ一家の要求にはこたえなければいけないのです。

約束の日がきて、マラスキは儀式の場所に連れていくためにクルバウ・シランギルを迎えにきました。マラスキが来たのを見て、クルバウ・シランギルはすぐに子供達を集めました。子供達が彼女の周りに集まると、彼女は子供達に、ついに別れの時が来たことを伝えました。子供達がすすり泣くのを見て、クルバウ・シランギルは、彼女は神聖な仕事をするために行くのだから、悲しんではいけない、と言いました。そして、クルバウ・シランギルは子供達に言いました。あとで、強い雨が降って、雷鳴とともに稲妻が光ったら、それが屠殺が行われているしるしだと。彼女は子供達1頭1頭にキスをすると、マラスキとともに儀式の場所へ向かいました。子供達は、悲しさで涙を流しながら、母親を見送りました。

儀式の行われるところでは、大勢の人々がクルバウ・シランギルの到着を待っていました。そして、クルバウ・シランギルとマラスキがその場に到着すると、アジ・トンガルがすぐにクルバウ・シランギルのほうへ行き、彼女をすでに準備の整った屠殺の場所へ連れていきました。そして、クルバウ・シランギルは大勢の人の手でそこに横たえられました。クルバウ・シランギルは目を閉じました。そして、一人の体格のよい男がクルバウ・シランギルの首にとても刃の鋭いなたを振り下ろしました。血が吹き出すと、突然、空を割るような雷鳴とともに稲妻が光り、同時に強い雨も降り出しました。

雷鳴とともに光る稲妻と豪雨を見て、クルバウ・シランギルの子供達は、母親が屠殺されたことを知りました。彼らは、何もできず、ただただすすり泣いていました。

その強い雨がやむと、人々はクルバウ・シランギルの肉を切り、それで料理をはじめました。クルバウ・シランギルの頭は、アナックニアジ一家が住むことになる家の台所につるされました。クルバウ・シランギルの肉の調理がすむと、アナックニアジ一家の儀式に集まった人々はにぎやかに食事をはじめました。その伝統儀式が終わると、アナックニアジの家族はその新しい家に住みはじめました。

翌日、いつもどおり、アナックニアジと妻と彼らの子供のアジ・トンガルは村の外にある彼らの畑に仕事をしに出かけました。彼らは家の鍵をかけて出かけました。夜になって、畑から戻り、アジ・トンガルと母親は台所に行きました。すると、驚いたことに、台所にはすでに夕食が用意されていたのです。彼らが畑に出かけたときには台所に食事はありませんでした。それに、ドアも窓もすべてきちんと鍵をかけてあったので、外から人が入るということはありえませんでした。

そのような奇妙な出来事が何度か繰り返されました。そこで、アジ・トンガルは、誰が台所で食事の仕度をしているのか、こっそり調べようと決心しました。早朝、父親と母親が畑に出かけると、アジ・トンガルはこっそりと台所に身を潜めました。すると、昼過ぎ、台所にかけてあるクルバウ・シランガルの首が一人のとても可愛い少女に変身したのでした。それから、その少女は料理をはじめました。少女が料理をもりつけていると、アジ・トンガルは飛び出て、その少女を捕まえました。その少女が逃げようとしたので、しばらくの間、取っ組合いになりました。しかし、少女が何をやってもアジ・トンガルが放してくれないので、ついに、彼女は降参しました。

アジ・トンガルがたずねると、彼女は、自分はクルバウ・シランギの頭の化身で、胴体と切り離されてしまった今でも、自分の飼い主の家族に仕えたいのだと答えました。

アジ・トンガルの両親は畑から戻ると、かわいい少女がアジ・トンガルと一緒に座っているので、驚きました。それから、アジ・トンガルは、どういうことかを両親に説明しました。それから、アジ・トンガルの両親は少女に、またクルバウ・シランギル頭の姿に戻りたいかたずねました。少女は、彼らに仕えるのを許してもらえるのなら、クルバウ・シランギルの姿には戻りたくないと言いました。アジ・トンガルの両親は、これからもその少女が彼らに仕えることができるように、アジ・トンガルとその少女を結婚させることにしました。アジ・トンガルとその少女は結婚すると、二人でクルバウ・シランギルの子供達に会いに行きました。アジ・トンガルが来たのを見て、クルバウ・シランギルの子供達は、また誰かがいけにえにされるのではないかと、恐れました。しかし、アジ・トンガルの妻が自分は彼らの母親の化身であることを伝えると、クルバウ・シランギルの子供達はとても喜びました。

 


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