<ティモールの民話> 前のお話

ヤシの木ドン・ユアンと魔女 

テキスト提供:小島恵子さん

ドン・ユアンという若い王子がいました。この王子はある日両親にこう申し出ました。

「地平線がどこにあるのか見に行きたいのです」

「体も大きく、力も強く、経験もある、そんな人でも見て来ることはできませんでした。ましておまえなどは」

「見て来ることができてもできなくても、おおぜいの人が見に出かけています。私が見に出かけないということは、恥ずべきことではないでしょうか」

「それほどまでに地平線を探しに行きたいのですか。しかたがありません。探しに行ってごらんなさい」

こうしてドン・ユアンは馬に鞍をつけさせ、弁当と水の仕度がすむと、剣と銃をもって夜のあける前に出かけて行きました。ある村に着くと、一ぴきの犬をとりまいてぞろぞろ歩いている人びとの一団を見かけたのでついて行くことにしました。立ち寄る村むらでその犬は必ずこう叫ぶのです。

「この村の大きい犬も小さい犬もボクのいうことを聞いておくれ。ごはんをたいている人のそばに行くものじゃない。ましてごはんをとったりするなんてことはしてはいけない。おなかがすいていたらていねいに頼むんだ。子ブタや子ヤギを見たら引きかえすんだよ。とびかかりでもしたら、ボクのようにこらしめられるからね」

ドン・ユアンはとうとう犬がかわいそうになってしまいました。

「なぜその犬を引っぱって歩くのですか。かわいそうではありませんか」

「こいつに同情なんてしてもらいたくないね。間違いをしでかしさえしなけりゃ、こんなことするものか。こいつはブタやヤギを何匹もかみ殺したんだ。子ブタもだ。飯はしょっちゅうとるし。あわれむ必要はないね」

「その犬を私にゆずってくださいませんか。その損害は私がお支払いいたします」

「こんな悪党をゆずってもらいたいやつってのはどこのどいつだい」

「私です。君たち金がいいですか。家畜の方がいいですか」

「金がいいな」

「こいつをゆずっちゃだめだ。苦労してつかまえたのににがすようなもんだ。また悪さをしでかされた日にゃ、金には代えられないぞ。毎日ブタやヤギがケガして帰って来たじゃないか。見はってみるとこんちくしょうがいたじゃないか。こいつはオレたちの敵だ。これ以上こいつを生かしておかんほうがいいだ」

「私はこれを決して放しません。それにたった今ここから去ります」

「絶対に放さんと約束してだ。200ルピア出すなら、こいつをゆずろう。約束を破ったらこいつを殺すからな」

「承知しました。ちょっとお金をとって来ますから待っていてください。後から来る召使いが持っていますので」

「ああ、ここで待っているから、早くしてくれよ」

ドン・ユアンは近くの森に行くと、不思議の指輪をとり出し「不思議の指輪よ、生まれる前からの友よ。犬を友だちにするのに500ルピアが必要なのです」とささやくと、ドン・ユアンはお金でいっぱいになりました。その足でさっきの人びとのところにもどり、「200ルピアのお約束でしたが、500ルピアあげましょう」と500ルピアと犬を交換し、馬にのって村を後に夜まで歩きつづけました。

次の日、ドン・ユアンが旅を続けていると、ネコを引いてあるいている人びとに出会いました。そのネコの首には歩くと音が出るようにしてあるヤシの実のカラがぶらさがっていました。

「どうしてネコを引いて歩いているのですか」

「悪さするだで。おまえさん、ついて来なされ、こいつがなにしたかわかるだでよ」

曲り角まで来るとそのひとたちは立ち止まりました。するとそのネコがこう話すのです。

「この村のネコたちよ。よくあたしのいうことをきくのです。ヒヨコに会ったら、とびかかってはいけません。乾し肉を見てもとってはいけません。ほしかったらご主人さまにお願いするのです。くださらなかったとしても盗んではなりません。あたしのようになってしまいますから」

ドン・ユアンはネコを引いている人びとにたずねました。

「この猫を殺すのですか、オリに閉じ込めるのですか」

「人間さまだって盗みをすれば殺されるだ。こいつは猫だで。鶏だの肉だの盗んでばかりおった。オリさ閉じ込めておくくらいじゃ、ききめはないだで、殺さにゃね。許せないだよ」

「殺すのでしたら、私がその猫を買いましょう」

「何のためにだね。あんたが困るだけだに。………………こうせんかな。決してこいつを離さん、悪いことがおこってもオレたちのせいにささん、というのじゃったら、ゆずってやるだ」

「ええ、どんなことが起っても私が責任をもちます。私はこの猫を育てたいのです。どのくらいお支払いすればよろしいのでしょう」

「百ルピアほどでいかがです」

「承知しました。お金をすぐとって来ますからちょっとお待ち下さい」

ドン・ユアンはお金を取りに行くふりをしてヤブに隠れると不思議の指輪をとりだして400ルピアお願いしました。こうしてお金をネコを取りかえるとまた旅を続けました。

 夕方、祭りの支度でにぎわっている国に着きました。ドン・ユアンはその人たちに声をかけてみました。

「この祭りは何の祭りですか?」

「はい。人を集めるためのものです。王さまの三人の王子さまと、三千人の家来が魔女につかまりまして、鉄の部屋に閉じ込められているのです。王さまはたいへんなお悲しみようで。人が集まりますと、王さまは、その悪い魔女を殺したものに王位 をおゆずりになるとおっしゃるらしいのです。以前、王子さまたちを助け出したものには、この国を譲るとおふれを出されておりましたが」

「私でもかまわないのでしょうか。魔女をしとめるのはかんたんなものです」

「なんてお人です。いうのはやさしい。しかしです。王さまは一番強いものを選んで、十二の軍にし、魔女にさし向けたのです。ところが一人だって生きて帰ってくるものがいません。みんなつかまっているのですよ。ましてあんたさんなんて」

「私をみくびらないでください。何十、何千の軍が魔女にかなわなかったと聞かされても、私は魔女をしとめてみたいのです。結果 は問題ではありません。やってみることなのです。王さまにことのとと、いつ魔女に会ったらよいか、とりついできいてみてはいただけないでしょうか」

そこに居あわせた人たちは「どうしたものだろう」「王さまにすぐ知らせるほうがいいのでは」ということになり、王さまに会いに行きました。

「王さま。ドン・ユアンという青年がやって来て、私どもになんの祭りをするのかとたずねますので、王子さまたちのことや、おふれのことなどを話しましたところ、横柄にも、魔女と戦いたい、魔女を負かすのはたやすい、というのです。王さま、この件にどうぞご指示をお与えください」

王さまはドン・ユアンに恥ずかしめられたように感じました。

「ドン・ユアンに申せ。私どもは王さまにおめどうりして来た。王さまはこうおっしゃった。やってみるがよい。出発は翌朝。いったことがウソだったらただでは済まさない。出発して逃げるようなことをしたら、必ず殺す。とな」

ドン・ユアンは真夜中におきだすと、支度にかかりました。犬と猫におなかいっぱい食べさせると、馬を洗って草をやり、それから自分の体を洗って食事にしました。日の出る前に、馬に鞍をおき、その上に猫をのせ、武器をもつと、犬を連れて出発しました。やがて高い石べいで囲ってある魔女のやかたに着きました。ドン・ユアンがその門を叩くと、ぶあつい服を着てオノをもった魔女が、中に入るようにドン・ユアンをうながしました。

ドン・ユアンがよく注意をして庭を見ていると、ブルブルふるえる体で魔女がまきを割っています。人を殺そうとする時にはそうなるものです。

「ねえ。おばあちゃん。どうしてそんなにふるえているのですか?」と、ドン・ユアンはきのどくでたまらないといったようすで魔女にたずねました。

「おばあちゃんはね。病気だから。あんたさんは何の用があって、ここに来なさっただね」と、魔女はいかにも苦しそうに答えました。

「おばあちゃんは熱病にかかっているのですよ。それなのにこんなにむりをして」

「お手伝いさんがいないのだもの。さむ気がしてね、体を暖めようと思って」

「お気のどくなおばあちゃん。さあ、オノをかしてください。私が割ってあげますよ」

「そうしてくださるかね。ありがとさん。おお疲れた。ちょっと休ませておくれね。でも、おばあちゃん、嫌いなんだがね。あの犬と猫、つないでおいてくださらんか」

「ドン・ユアンが犬と猫をつなぐヒモを探すふりをして魔女の動きに気をつけていると、魔女は自分の髪の毛を二本抜いて、それを魔法で二本の太い紐にし、ドン・ユアンに手渡してくれました。でもドン・ユアンは自分のポケットからヒモを一本出して、かたほうを猫の首に、もうかたほうを犬の首にしばりつけると、まき割りを始めました。もちろん目は魔女から離しません。一回、二回目、三回目にオノをふりおろした時です。魔女がおそいかかってきました。しばらく上になったり、下になったりして戦っているうちに、ドン・ユアンのほうが疲れてしまいました。大声で犬と猫を呼びました。すると犬は魔女の首にかみつき、猫は魔女の顔にツメをたてました。魔女が痛さのあまり気を失ったところを、ドン・ユアンは剣で一突きにしました。犬と猫にお礼をいうと、牢の戸をあけました。

こうして三人の王子を先頭に、それから家来たち、一番最後に馬にまたがったドン・ユアンという行列で城に向かいました。この報告を村びとから受けた王夫妻は楽隊をひきいて一行を迎えに出ました。

国をあげてのお祭りとなりました。王さまは、「この祭りを王子たちのために催しました。王子たちは子供の時魔女にとらえられましたが、こうしてりっぱな大人になってぶじ帰って来ました。これをもってドン・ユアンをこの国の王とします王子たちも、国の人びとも困ったことができたら、ドン・ユアン王に相談しなさい」と告げました。

 


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