<フローレスの民話> 前のお話 次のお話

ヤシの木温泉事始め

 

東ヌサトゥンガラ州、フロレス島、ガダ県、マタロコの近くに、ひとつの温泉があります。話として伝えられていることには、その温泉はかつてひとつの村でした。その村はどのようにして温泉の源となったのでしょうか。

むかしむかし、同じ年の同じ時に妊娠していた二人の女性がいました。ある日、村の人たちはみんな、畑仕事のために出かけていました。妊娠中の二人の女性以外はみんな、村には残っていませんでした。

「ねぇ、あんた。私たち二人とも畑に行ける状態じゃないから、行かなくてすんでよかったわね」と片方の妊娠中の女性が言いました。

「そうね、よかったわね! 私たちは綿から糸を紡ぐために家に残っているんですものね」ともう片方の女性が答えました。

こうして、二人の女性は、子どもの誕生を待ちながら、村人たちがみな畑に出かけているときはいつも家に残っていました。

やがて、二人の女性に出産の次期がやってきました。出産後、片方の女性は火をつけようとして火付け石を打ちました。火がおこらないので、右隣にいるもう片方の女性を呼び叫びました。

「ねぇ、あんた! そこに火はある?」

「えぇ、ここに小さい火があるわ」と右隣に住んでいるもう片方の女性は答えました。左隣の家の友人に火をつけるように大声で頼まれたのでした。火をつけ、大きな炎にすると、火を持っているほうの女性は友人を呼びました。

「ねぇ、あんた。ここに火を取りにいらっしゃいよ」と女性は言いました。

「ちょっと、どうやって私はそこに行けるっていうの。まだ体はだるいし、赤ちゃんは離れたがらないのよ」ともう片方の女性は言いました。

「でも、ここには手助けをしてくれる人はひとりもいないから、この火をわたすことができないわ」と火があるほうの女性が言いました。その家には、一匹の犬がいました。そこでその家の女性は一本のひもと、ヤシの布を探しました。ヤシの布をひもでしばり、布の端を燃えるようにいろりに入れました。火のついたヤシの布を犬のしっぽに結んで、隣の家の女性にその犬を呼ぶように言いました。

その犬を隣の家から呼ぶやいなや、犬はその家に向かって走って行きました。走って行くと、犬のしっぽが揺れたので、ヤシの布から火の粉が犬の背中に飛び散りました。

隣の家につくと、火のついたヤシの布を犬のしっぽからいろりの中へ入れかえました。火がいろりで燃えていると、女性は大声で笑いました。彼女は何度も何度も笑いました。その時、その村ではなんの出来事も起きていなかったのでした。

その日の夜、みなが畑から戻ってきてそれぞれの家に集まっている時、二人の女性は昼間の出来事を話しました。村人たちはみんな二人の話を聞くためにやってきました。そのおかしな話を聞くと、女性も男性も大声で笑いました。その笑い声はやがて響きわたり、とてつもない騒ぎとなりました。真夜中にまで彼らは大声で笑いつづけたのでした。

真夜中になると、村人の中には眠りにつく者もいれば、いまだに冗談を言いつづけている人もいました。突然、地下室にいた赤ちゃんがあちこち動いて、泥の中に沈んで閉じ込められてしまいました。土の中から、とても大きな音がしました。そしてそれと同じに非常に鼻をつく匂いがしていました。

もちろん、みながそのような状態で、困って叫びあっていました。まだ寝ていなかった人たちは身を守ろうと逃げました。もう寝ていた人たちは土にのみ込まれてしまいました。土の中に沈んでいったのは人間だけではなく、家もひっくり返ってしまいました。家の屋根も柱も泥の中に埋もれてしまいました。

それと同じに、村のまわりの丘や山も地滑りが起きました。すさまじい噴火の音は身の毛もよだつものでした。鼻をつくにおいに、村人たちはまもなく村を去って行きました。

人々はいろんな所へ逃げていきました。子供を抱いていた人もいれば、鳥小屋を持っていった人もいました。その一方で、何をしなくてはいけないのかわからずに、涙を流しながら叫んでいる人もいました。「我々の村に御慈悲を」と叫んで、災害の被害を受けた村を見つめている人もいました。「我々の村に御慈悲を」と叫んでいる人のなかには石へと変わってしまった人もいました。

 


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