<マルクの民話> 前のお話

ヤシの木くじらといるか

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

 
 むかし、ある村にやしの木の液を絞る男がいた。この男の仕事はワインを作るためのやしの液を絞ってくることだった。

 あるとき、このやし液絞りがいつものように夜明け前にやしの液を集めに出かけた。一本のやしの木の上に登って、花の中の花序に傷をつけていると、突然下の畑でふたりの人間が一生けんめい働いているのが見えた。それでこのやし液絞りは心のなかでこう思った「こんなまっ暗な朝のうちに畑で働いているのはいったいどんな人間だろう?」 この奇妙な人間のようすをうかがってよく観察してみたいという気持ちが起きた。それでそのふたりの奇妙な人間が一生けんめい働いている畑のそばへ近寄っていって一本の木に登った。

夜が白みはじめると畑で働いている一方の人間が相手にこう言った「おい、友だちよ! 帰ろうじゃあないか。お日さまがすぐ東に上がってくるから、お日さまに追いつかれないほうがいいぜ」。ふたりの男は仕事をやめた。それでやし液絞りはその奇妙なふたりの男が畑のかきねにかけてあった着物をまた着るのを見ていた。そのうちに、やし液絞りはふたりがすっかり変身してしまったのに気づいて驚いた。一方の男はくじらになり、もう一方はいるかになったのだ。くじらといるかは海へ潜っていき、二度と再び姿を見せなかった。

 やし液絞りの男は目の前で起きたこのふしぎなでき事にすっかりどぎもを抜かれてしまった。彼は木から降りて自分の小屋へ帰っていった。さっき畑で見たそのでき事にすっかり心を奪われて、男はこの奇妙な人びとをつけてやろうと決心した。つぎの日の朝、夜の明けるずっと前にやし液絞りはきのう登ったのと同じ木に登っていった。

今度もまたくじらといるかが来るのが見えた。くじらといるかはその着物を脱いで人間に変身した。ふたりの人間はその着物をかきねにかけ、それから畑を耕しはじめた。日が上ってくるとふたりの男はすばやく元の魚の姿にもどり、海へ潜って姿を消した。こうやってやし液絞りはこの奇妙な人間たちのようすを毎日見ていた。

 ある日のこと、やし液絞りの男はこのふたりの奇妙な男をまた待ち伏せしていたが、この日にはふたりは七人の女たちを連れて現れた。やし液絞りの男はその七人の女を注意深く眺めてみたが、いちばん若い娘がいちばんきれいだった。その姿は美しく、その顔はとてもあいきょうがあった。やし液絞りの男は、ほかの人たちといっしょに畑を耕しているそのいちばん若い娘にすっかり心を奪われてしまった。夜が明けはじめると、そのいちばん若い娘が着物をどこにかけておいたのかを注意深く見ておいた。

夜が明けはじめると、いるかが相棒に向かってこう言っているのが聞こえた「おい、友だちよ、帰ろうじゃないか! 夜が明けはじめたよ。ぐずぐずしていると遅れてしまう」。畑で働いていた人たちは急いでその仕事をやめた。それぞれが急いで着物を手に取って着た。そしてその瞬間に人びとはみな魚に変身してしまった。魚は海へ潜り、また姿を消した。けれども、やし液絞りの男は今や、自分の心を捕らえたあのいちばん若い娘がどこにその着物をかけておくかを知っていた。

 つぎの日には夜が明けるはるか前からやし液絞りの男は仕事に出かけた。まもなくあの魚人間がみな再び畑仕事に来るのが見えた。女たちは畑仕事にすぐに取りかかった。やし液絞りの男には女たちがかけた着物が見えた。そしていちばん若い娘が着物をかけた場所をはっきり見わけることができた。男は登っていた木から降りて、ゆっくり忍び足で、そのいちばん若い娘が着物をかけておいた場所へ近寄っていった。そしてその着物を取って隠した。それからさっきの木へもどってまた上へ登った。

夜が明けはじめると、魚人間の指導者がこう言った「さあ、もうみんな急いで帰らなくちゃならない。ぐずぐずしているとお日さまに追いつかれてしまうぞ」。いるかもくじらも女たちもみな脱ぎ捨てておいた着物を手に取り、急いで着た。その瞬間にみな魚に変身した。

ところがいちばん若い娘だけは自分の着物が見つからなかった。あちこち捜してみたけれども、着物はどこにも見あたらなかった。その娘は姉たちに向かって大声でこう言った「ああ、お姉さまたち、ちょっと来てわたしの着物を捜すのを手伝ってください。いたるところ捜してみたんだけれど、まだ着物が見つからないのよ」。

姉たちが答えた「夜が明けてしまうわ。お日さまに追いつかれる前に急いでもどらなきゃあならないのよ。ご自分で捜しなさい」。魚がみな海の中へ潜って姿を消してしまうと、いちばん若い娘だけがひとり残ってしまった。姉たちや友人たちに取り残されて娘はどんなに悲しかったことだろう。

 やし液絞りの男は自分の心が捕らえられてしまったあのいちばん若い娘がひとり残ったのを見ると、高い木の隠れ場所から降りてきた。そしてゆっくりそのかわいそうな娘に近づいていってこうたずねた「あなたはいったい何を捜しているんだい?」

 娘が答えた「わたしの着物がなくなってしまったもので、それを捜しているんです。もうだいぶ前から捜しているんですが、まだどこにも見つからないんです」。やし液絞りの男はさらにこう言った「ぼくがその着物のあるところを教えてあげたら、あなたはぼくと結婚してくれるかい?」

 娘が答えた「そんなこと言わないでください! わたしはなくなった着物を捜しているんです。わたしがもし普通の人間だったら、あなたのお申し出をきっと受けるんですけれど。わたしはあなたのように普通の人間ではないんです。あなたが後になって後悔するだろうと思うんです」。「ぼくはあなたと結婚すれば決して後悔なんかしないよ。もしあなたがぼくと結婚してくれるなら、あなたの着物のありかを教えてあげる。ぼくは簡単に教えてあげられるんだ」

 そういうわけでやがてふたりは夫と妻となってその畑で暮らすようになった。ふたりは住むための小屋を建てた。そしてまもなくやし液絞りの女房は男の子を生んだ。この男の子の成長はゆっくりだった。この男の子の出生はまったく奇妙なものだった。その父親はやし液絞りでその母親は魚だったのだ。この子は普通の秩序というものと無関係だとさえ言える。その子はとてもしつけが悪くて、友だちに絶えずさごやしやとうもろこし、山いもなどの食べ物をせがんだ。ほかの子どもたちはその子をいやがり、口汚くののしって食いしん坊と呼んだ。

ある日のこと、その子はまた遊び仲間たちにののしられて、食いしん坊と呼ばれた。するとその子はうちへ駆けて帰っていって、仲間から食いしん坊と呼ばれたことを泣きながら母に訴えた。母親は自分の子どもが仲間から食いしん坊と呼ばれたので、たいへん侮辱を感じた。

自分の名誉が傷つけられたと感じたので、女房はこのことを夫に訴えた。けれども、やし液絞りはだからといってなにかをする気にはなれなかった。すると女房は夫からたいへん悪い仕打ちを受けたように感じた。女房は自分の子どもが仲間から食いしん坊と呼ばれてののしられ、しかも夫がそれを少しも気にとめず、ただ黙っているのを見て、すっかりはずかしめられた。そして自分の故郷の村へ帰りたいと思ったが、自分の着物がどこにあるのか知らなかった。女房はたいへん悲しくなり、すっかりうちしおれてしまった。

 ある日のこと、この不幸な女房は料理しながら大きな水がめの中から水をくもうとしたときに、突然ちょうどそのかめの中の鏡に映ったように自分の着物が見えた。上を見上げてみると、家のむな木に自分の着物がぶらさげてあった。そこで女房は登っていって、長いこと捜し求めていたあの着物をやっとのことで再び手に入れることができた。

それからその着物をよく隠して食事を作った。食事ができると子どもと夫のためにそれぞれお皿を出してきて、子どもの皿の上に宝石をひとつ置き、その上にごはんをよそった。

それから子どもに向かってこう言った「あなたとおとうさんのためのごはんの用意ができたわ。わたしはちょっと畑へ行ってきます。わたしの言うことをよく聞いておいてちょうだい。あなたが後でごはんを食べるとき、お皿の上になにかがあったら、それはあなたがわたしにまた会えるというしるしなのよ。けれども、ごはんの時間がきてもそのごはんの中になにも見つけられなかったら、それはあなたがもうわたしに会えないというしるしなの」。女房はこう言って家を出た。それから長いこと捜し求めていた自分の着物を着て魚に変身した。そしてすばやく海に潜り、故郷の村へ帰っていった。

 一方、子どもとその父親は食事を始めて、作られた料理をおいしく食べた。そしてやし液絞りの子どもは皿の上に母が残していってくれたあの石を見つけた。子どもはその宝石を大事にとっておいた。夜になっても女房がもどってこないので、やし液絞りは子どもにきいた「おかあさんはどこへ行ったんだね?」 「ぼくは知らないよ。ただお母さんはしばらく畑へ行ってくると言っていたけれど。きっと畑に泊まるんじゃない」。

つぎの日の朝になってもやし液絞りの女房はもどってこなかった。三日めになっても女房がまだもどってこないので、やし液絞りはとうとう女房を捜しに畑へ出かけていった。けれども行ってみると畑の小屋はからっぽで、女房はいなかった。夫は大声で女房を呼びながら捜したけれども、女房の姿は見えなかった。やし液絞りの夫は悲しい心でうちへ帰ってきた。

 父親がもどってくると子どもがこう言った「おとうさん、おかあさんが出かける前にぼくに言った言いつけのことを今思い出したよ。おかあさんはぼくたちのごはんの用意ができあがると、ぼくにこう言い残していったんだ『あなたが後でごはんを食べるときに、お皿の上になにかが見つかったら、それはあなたがまたわたしに会えるというしるしです。けれども、食事の時間が来てもごはんの中になにも見つけなかったら、それはあなたが二度とわたしに会えないだろうというしるしです』と。そしておとうさん、おとうさんも知っているだろうけど、ぼくはごはんの中に宝石がひとつあるのを見つけたんだよ」。

これを聞いてやし液絞りの夫は女房の着物を隠しておいたはりの方を見上げた。そして女房の着物がもう元の場所にないことがわかった。それで女房が自分の故郷の村へ帰っていったことを悟った。

 やし液絞りとその子どもは急いでボートを海へおろし、いなくなった女房を捜しにふたりで急いでこぎ出した。食糧を入れた袋以外にはより抜きのよいびんろう樹の実ときんまの葉と普通のびんろう樹の実と普通のきんまの葉を持った。そうやってやし液絞りとその子どもは海を横切ってこいでいった。

まもなくこの地方にたくさん生えているマングローブのあいだをゆったり泳いでいる魚に出会った。やし液絞りの子どもが悲しそうにたずねた「ああ、魚さん! 君はぼくのおかあさんを見かけなかったかい?」 

すると魚が答えた「わたしはごらんのとおりマングローブのあいだに身を隠しているんですもの。どうしてあなたのおかあさんなんかに会えるはずがありますか? あなたのおかあさんがどこへ行ったのか、わたしは全然知らないんですよ」。やし液絞りの子どもはこの魚に普通のびんろう樹の実ときんまの葉をあげた。この魚は母親がどこへ行ったか知らなかったからだ。父と子はまた旅を続けていった。

 まもなく父と子は岩の裂けめをゆったり泳いでいる魚に出会った。やし液絞りの子どもがまた悲しさいっぱいでたずねた「ああ、魚さん! あなたはぼくのおかあさんを見なかったかい?」

 すると魚が答えた「わたしはごらんのとおりいつも岩の裂けめのあいだに住んでいるんですもの。どうしてあなたのおかあさんがどこへ行ったか知ってるはずがありますか。あなたのおかあさんがどこへいらしたか、全然知らないんですよ」。やし液絞りの子どもはこの魚にまた普通のびんろう樹の実ときんまの葉をあげた。なにしろこの魚は満足な答えをくれなかったからだ。やし液絞りの男とその子どもはまた旅を続けた。

 まもなくふたりは別な魚に出会った。やし液絞りの子どもはとても悲しそうにこうたずねた「ああ、賢い魚さん! あなたはぼくのおかあさんを見なかったかい?」

 するとその魚が答えた「もちろんわたしはあんたのおかあさんを見かけましたよ。あなたが旅していく方向は間違っていませんよ。その旅をまっすぐ続けていきなさい。そうすれば必ずおかあさんに会えるから」。この魚の言葉は悲しさいっぱいの子どもの心をたいへん喜ばせた。それで子どもは魚により抜きのびんろう樹の実とより抜きのきんまの葉とかみたばこをあげた。やし液絞りの男とその子どもはまた旅を続けていった。

 ふたりはまたしばらく船をこいでいった。するとまた別の魚に出会った。やし液絞りの子どもは悲しい声で再びこう尋ねた「ああ、賢い魚よ! 君はぼくのおかあさんを見なかったかい?」

 魚が答えた「もちろんぼくはあんたのおかあさんに会ったよ。そして今どこにいるかも知っているんだ。あそこのあの村におかあさんは住んでいる。そこで仲間の人たちと笑ったり楽しくおしゃべりをしているよ。船をまっすぐこいで行きなさい。その村はそれほど遠くはないんだ。すぐに着くからね」。やし液絞りの子どもは魚にいちばんいいびんろう樹の実ときんまの葉とかみたばこを全部あげた。なにしろ子どもはこんな正確な親切な知らせをもらえたことがうれしくてならなかったのだ。

 やっとふたりはその村に着き、捜している母がどこに住んでいるのかをきき出した。けれどもふたりはくじらといるかの村へ入っていくことはしなかった。ふたりはあるおじいさんをうまく説得してお金をあげて、妻に再び夫のところへもどってくるように伝えてくれと頼んだ。このお使いのじいさんはその村へ行って、やし液絞りの夫と子どもの願いを伝えた。

やし液絞りの女房はもちろんすでに子どもが懐かしくてたまらず、再び夫のもとに帰ることを承知した。夫と妻はまた仲直りした。その魚の王女は夫のボートに乗り込んだ。それから魚の着物を脱ぎ、その着物を投げ捨てたので、親せきの者も喜び、家族も幸せに思った。その瞬間から妻は永遠に人間になり、もはや魚の世界にもどることはできなかった。

 三人はボートをこいでそこをたち去り、前に三人が住んでいたあの村へもどってきた。やし液絞りの父親は、自分の子どもをはずかしめ、そして食いしん坊とののしった村の子どもたちのことをおこり、妻の感情を害し、心を傷つけたその子どもたちに仕返しをした。

 


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