<マルクの民話> 次のお話

ヤシの木王さまと王女

テキスト提供:渡辺(岡崎)紀子さん

 

  
イリアン・ジャヤの近くにあるカイ島。そこにむかし王さまがおりました。そのおきさき様はワトワリといいました。

ある日王様は船で遠くの国へ行くことになり、出発する前に「妻をよろしく頼むぞ」と全国民に告げました。「妻が王子を生んだら王子を大事にせよ。だが、もし生まれた子が女であったなら、殺してしまわなければならぬ。たとえ美しい姫であってもだ。」

こうして王様は旅立ちました。六ヶ月後、おきさきは女の子を生みました。その姫はたいそう美しく、赤い口びる黒い目、皮フはなめらかな小麦色でした。

おきさきは悲しみました。美しい姫を王の命令で殺さなければならないのですから。おきさきは罪のない姫に同情して泣きました。「いや。いや。できない。私の姫を殺させるものですか!」と心のなかで叫びました。そしておきさきは宮殿をあとにしました。王女は絹のスレンダンでおぶいました。道はけわしく、危険がいたるところにありました。時には流れのはやい川をわたったり、暗い森の中を通ったりもしなくてはなりませんでした。道連れといえば一ぴきのネコと二人の召使だけでした。

さて、旅にでていた王様が長い航海を終えて宮殿に着くとおきさきがいないので驚きました。すぐに王様はおきさきをさがすよう使いを出しました。しばらくさがしていると、使者は森の中でおきさきに会ったのです。おきさきは宮殿へ戻ろうとはしませんでした。王様は大そう悲しみました。甘いことばでおきさきのごきげんをとろうとしましたがだめでした。ある日、とうとうおきさき自身が王様のところへやって来てこういいました。

「王様。私の姫をごらんになってください。それから王様の好きなようになさってください。」それで王様は姫に近ずいてごらんになりました。姫のその美しさを認めると、王様は殺そうとしたことなどすぐ忘れてしまいました。ところがおきさきは「いつか王様はこの姫を殺すようにお命じになりました。これからそのご命令に従います。」といいました。王様は驚いて引き止めましたがむだでした。

おきさきは大きな箱を作りました。小さな姫をその箱の中に入れ、ネコと食物もいっしょに入れました。海の中へその箱を沈めるつもりなのです。おきさきはいいました。「お前が庶民の血を引いているのなら箱は浮くのです。貴族の血統なら沈みなさい。」

おきさきは泣きくずれました。やがて箱は海に流されやがて沈みました。

一方、王様は海に沈んだ王女をいとおしく思っていましたからそれはそれは悲しみました。そして王様は宮殿を去り、遠い国へと船で旅立ったのです。ところが王様の船は姫が以前沈んだ場所までくると動かなくなってしまいました。いったいどうしたことなのでしょう。その場所は風が少しもないのでした。むかしの船はみな帆を張っていたので風がないと進みません。どうしたらよいものかと、みんな当惑してしまいました。やがて彼らはみななぜかねむくなって、ぐっすり寝入ってしまいました。

召使いのスキウィとスカウィはちがっていました。二人とも一度はおきさきに従いましたが、再び王様の召使いにもどって、この航海についてきたのでした。みんなが眠っている間、二人は船の見張りをしていました。するとふいに海の中から若い女の声を聞いたのです。まもなく海の底から姫が現れたではありませんか。

スキウィとスカウィはびっくりして逃げようとしましたが、姫はやさしくよびかけました。「こわがらないで。私をもう忘れてしまったの。」

二人の召使いは逃げ出すどころか愛する姫に会えたことを喜びました。姫はいいました。「あなたがたにたべものを持ってきました。お腹いっぱいおたべなさい。」二人はその通りにしました。すると姫がまたいいました。「さあ、あなたがたはもうお腹いっぱいですね。こんどは私にお願いがあります。あとで船が出たら、このたべものの入ったビンを持っていきなさい。もし家の玄関先に坐っている男を見たら、このビンを彼に売るのです。」

スキウィとスカウィは約束しました。でもどうやって姫のいう男のところへ行けるでしょう。船が進まないのですから。それで二人は姫にたずねました。「姫、私たちは喜んでお約束いたしますが、ここからどうやって行けばよいのでしょう。風がなくて船が動きませんが。」

「それはたやすいこと。北風と南風をよびなさい。風はすぐに吹いてきます。」

こうして強い風が吹きはじめ、王様一行を乗せた船は再び進みました。何日も何ヶ月も船は航海をつづけ、ついに美しい港に着きました。そこで船の人々は疲れをいやしました。その国には姫がいった男がいるはずなのでした。スキウィとスカウィはあちこちさがし歩き、とうとう会うことができました。二人はその男にたべものの入ったビンを売りました。男は買いましたが、お金でなく、金の鎖で支払いました。二人は船に戻りました。

しばらく停泊した後、出航して、やがてまた姫のところへきました。すると同じようなでき事がおこりました。突然、風がやみ、船は動かなくなってしまったのです。はじめの時のように人々はみな寝入ってしまい、スキウィとスカウィだけがおきていました。すると、そこへ姫が現われ、二人は事情をお話して、金の鎖を手渡しました。姫は美しい品を手にしてとてもうれしそうでした。まもなく王様の船は姫をのこして航海を続け、自分の国へ帰って行きました。

さて、それなら、あの男はどうなったでしょうか。ある日、彼は海辺へ行きました。そこに長いこと立ちどまっていましたが、彼はおもむろにいいました。「もし姫が庶民の子なら、この海は満潮になるだろう。その反対に貴族の子なら干潮になるだろう。」そういい終ると、海は干潮になりました。やがて海の水はなくなりました。男は干あがった海を歩きだしました。いく日も飲まず食わずで歩きました。見わたすかぎり砂だけでした。ついに姫のところへたどり着きました。そこに一軒の家を見てふしぎに思いました。「誰の家だろう。こんなさみしい海底にぽつんと一軒建っているなんて。」

彼はおそるおそる近づいていきました。彼はまだ誰がそこに住んでいるのか知りません。良い人間か、悪い人間か。だが姫を見つけると心配はふきとんでしまいました。姫はすっかり大きくなっていて、天女のように美しくなっていました。男はすっかり姫に魅せられてしまいました。心のやさしい姫ははるばる遠いところからやってきた男に同情し飲みものや食べものでたっぷりもてなしました。それを心ゆくまでごちそうになると男はゆったりと話しかけました。「やさしい姫、私は偶然ここへまいりました。ここに人間の家があるなどとは思いもかけませんでした。それから姫がつけている鎖は私が以前見知らぬものに与えたものとそっくりなのにはもっと驚きました。そのひとは私がかって味わったことのないおいしいたべもののはいったビンを売りに来たのです。私はたいそう気に入ってそのビンを買い、金の鎖で支払ったのです。」

姫はその男の話を聞いて、思いあたりました。

その後、姫と男は新しくできた国で夫婦としてともに暮らした、ということです。

 


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